所用で松江に1泊した翌日は、予定を入れず、その日のうちに東京へ戻れば良いようにした。忙しい人なら朝一番の飛行機で東京へ戻るのだろうが。
それで今回は、木次線から芸備線を抜けるルートを選んだ。このルートのうち、木次線の出雲横田~備後落合と、芸備線の備後落合~東城は、乗客減と減便のいたちごっこで、今や1輛の気動車列車が一日3往復するだけの、究極のローカル区間になっている。それも、その昔あった白糠線や日中線のような短い盲腸線の3往復と違い、かつてはグリーン車付の急行列車が行き交った、準幹線とも言えるような区間である。中長距離輸送が完全に自動車と高速バスにシフトした結果、急行が廃止されて久しい。もうどのぐらいになるのだろう。私もその昔、1980年代に、この地域の急行列車に乗ったことがある。ローカルな急行だなとは思ったものの、乗客もそれなりにいて、まだ鉄道が鉄道としての役割を果たしていた時代だった。 最初に乗るのは、宍道11時21分発の備後落合行。というよりも、一日3往復の両線をうまくつなぎ、今日中に東京へ戻るには、この列車以外に選択肢はない。山陰本線が強風で遅れた影響で、この列車も5分ほど遅れての発車となった。宍道は小さな町なので、松江や出雲市などの山陰本線からの乗り継ぎ客がなければ、木次線も機能しないであろう。車輛はキハ120という小型のディーゼルカー2輛だが、後ろの車輛は回送車で乗車できないとのこと。乗客はざっと見渡したところ、15名ぐらいである。この人数なら1輛でも余裕である。やはりお年寄りが多いが、スーツ姿のビジネスマンも数名いる。出張に木次線を使うように命じられている沿線自治体の公務員かもしれない。 山陰本線は、本線としては十分に鄙びているが、それでもここ、米子~出雲市間は、電化もされており、それなりに開けた印象もある。それとの比較で言うと、木次線に入った途端に風景が鄙びる。特に最初の南宍道の前後は、日本の原風景とでもいうべき農山村の眺めが続く。最初からこんな素晴らしい風景が出現すると、この奥は一体どんな所だろうと期待が湧くが、次の加茂中は、モダンな建物も見られる現代の田舎の景色になった。後で地図を見てわかったのだが、南宍道前後は主要道路が全く並行していない。だから昔のままの風景が残っているのだろう。今は鉄道ではなく道路がある所から開ける時代なのだと、改めて思う。 加茂中の先は、南宍道ほどの原風景ではないものの、長閑な農村地帯を走り、幡屋という小駅に停まり、その次は大東町の中心、出雲大東である。ここはモダンな建物もあり、まあまあ開けている。ここで意外にも、10名あまりの乗車があった。以前の三江線などでも同じ経験があるが、今やこのタイプのローカル線は、沿線から主要都市への足というよりも、線内ローカル輸送の比率の方が高いのかもしれない。 南大東に停まり、次が線名にもなっている木次。下車する人が多いが、まだ結構残っている。それなりの町で、駅舎も大きい。多分このあたりまでは、松江や出雲への通勤通学客もそれなりにいるのだろう。 木次を出ると、右に古びたたどん工場が見える。たどんとは何だったかな、などと考えているうちに、次第に山間部に入り、レンガ造りの古びた隧道などもある。車輛は新しく、ロングシートも多くて雰囲気が今一つだが、やはりローカル線の旅はいいなあと思えるひとときである。日登、下久野と、乗降客もない小駅に停まった後、次の出雲三成は、結構な下車客がある。異彩を放っていたスーツ姿のビジネスマン3名も、ここで下車。木次や横田に比べて影が薄い主要駅で、こんなに降りるのかと思うが、駅舎もモダンで近代的な建築である。後で調べれば奥出雲町の町役場所在地である。もともとは仁多町の役場がある駅だったが、横田町と合併した結果、こちらが役場所在駅になり、横田は役場所在駅の地位を失ったのであった。であるから、スーツ姿のビジネスマンは、役場関係者ではないかと思う。 ここでの乗車客はなく、だいぶ客が減って寂しくなった列車は、さらに奥出雲の山に分け入る感じで進む。次の亀嵩は、松本清張「砂の器」の舞台の一つであり、駅舎に蕎麦屋が入っていることでも知られているが、乗降ゼロ。そしてその次が出雲横田。ここで残っていた数名が下車し、車内はすっかり寂しくなった。そして後ろについていた回送車がここで切り離される。その作業もあり、停車時間がかなりあるので、駅前に出てみる。小綺麗な駅前ではあるが、人の気配は乏しい。雑貨屋は開いており、ここで昼食のパンを仕入れておく。 出雲横田発車時点での乗客は、私の他、2名だけであった。いずれも中年男性で、一人はさっきから車内で本を読んでいたし、旅行者風でもなく、地元の利用者なのかなと思う。もう一人はおとなしく座っているだけで、カメラを出すでもないので、地元客か旅行者か不明であったが、どうやら旅行者のようである。いずれにしても、ここから先は一日3往復だというのに、この乗客数では、もはや大量輸送機関としての使命は完全に失っていると言って過言ではないだろう。寂しいが仕方ない。乗客3名に対して、運転手の他、ワンマン運転ではあるが、車掌とおぼしきJR職員も乗っている。 出雲横田から先、備後落合までは、途中4駅。最初が八川という影の薄い駅で、その次が三段スイッチバックと延命水で有名な、出雲坂根である。八川方面からの列車は、まっすぐそのまま出雲坂根駅に突っ込んで停車する。この駅が近づくと、驚いたことに、車掌のような社員が、マイクで車内に向かって出雲坂根駅の解説を始めた。といっても乗客は私を含め僅か3名である。この駅に着くと、鉄道マニアっぽく見えなかった他の2名の乗客も、ホームに降りてきた。まあ何というか、積極的な鉄道マニアではなく、移動のついでに興味半分でこのルートを選んでみたという程度の人達だろうか。私もそうだといえばそうなのであるが。 数分の停車時間を、駅前に出たり、駅構内の写真を撮ったり、延命水(写真左下)を飲んだりして過ごす。発車時刻となり、運転手はこれまでの後部に移動している。発車すると、これまで走ってきた線路を進行左下に見ながら、山を登っていく。 つい今しがた走ってきた八川方面の線路が、左下すぐそばに見える。大した距離ではなく、道さえあれば、普通に歩けそうである。鉄道が勾配に弱いことを如実に知らされるところではある。こんなローカル線ではあるが、冬季は雪も結構降るのであろう、ポイントの部分はシェルターで覆われている。 行き止まって、運転手が再度移動し、また逆方向に走り出す。さらに勾配を登っていく。しばらくの間、進行右側に、これまで通ってきた2本の線路が両方見える(写真右上)。そして出雲坂根駅をはるか下方に見下ろすのであるが、間には木々が深く生い茂っており、ずっと眺望良好というわけではない。それもしばらくすると見えなくなり、列車は隧道に入る。出ると、今度の見ものは、国道のループ、通称おろちループである。鉄道より道路の方が設備も規模も大きいから、正直、鉄道のループより見ごたえがある(写真左下)。もう一つ隧道があり、ぐるりと回ると、中国地方で一番標高の高い駅、三井野原に着く。出雲坂根からの営業キロは、6.4キロだが、直線距離なら2キロちょっとと思われる。鉄道がそれだけスウィッチバックと遠回りで山を上ってきたのである。 三井野原を出るとほどなく県境を越え、島根県から広島県に入り、斐伊川水系から江の川水系へと移る。県境に隧道はなく、あとは山を徐々に下る感じで、もう一つ、油木という小さな駅に停まると、その次が終着の備後落合である。出雲横田から備後落合までは、途中駅での乗降客もなく、私を含め3人の乗客と2人のJR社員を運んできたことになる。その社員の方と少し話をしたが、今はこの区間は定期利用者もなく、何とか観光客誘致でつないでいるとのことであった。 右手から広島方面からの芸備線が合流してくると、列車はゆっくりと終着の備後落合の構内へと入っていく。かつて急行列車が行き交った頃は、駅は山峡なりに活気があり、そば屋などもあったという。その頃にも私は通っているのだが、格別の記憶がない。しかし今の備後落合は、分岐駅なのに無人駅で、駅前もすっかり寂れてしまっているのが、むしろ特徴的であり、印象的である。この時間は3方向から列車が着き、相互に接続をして3方向に発車していくという、この駅が一日で一番賑わう時間であるが、この列車にしても乗客はこの通り3名だけだし、他も似たようなものであろう。だから、殆ど人のいないひっそりとした終着駅を期待していたのだが、何とホームが人でそれなりに賑わっている。殆ど年寄りの中に、制服のようなものを着た女性が立っているのを見て、わかった。団体客なのである。こんな観光地でもない所で列車を使っての団体とは、期待していた雰囲気を味わうには興ざめだが、ローカル線の活性化に多少でも役に立っていると思えば、悪くは言えない。 備後落合では、三次からの列車が一番最初に着いており、次がこの木次線、そして新見からの列車が最後に着く。私は駅を出て駅付近をしばらく散歩してみた。かつては駅前旅館などもあったらしいが、今はひっそりとした山間の集落である。しかし駅からすぐ国道に出られ、そこは車もそこそこ通るし、バス停もある。特に秘境というわけではなく、普通にどこにでもある日本の山間集落と言ってしまえばそれまでだ。しかし、それがかつての急行停車駅であり、鉄道路線のジャンクションの駅前だということは、やはり特筆すべきことであろう。 駅に戻る。さきほどの年寄りの団体は、何と私の乗る新見行に乗っていた。十数名であろうか。その大半が、前方に4区画あるボックスシートとその回りに座っている。女性のガイドが「この線は一日3本しかないので、乗り遅れたら大変ですよ~」などと解説している。悪いが近くには行きたくないので、私は一番後ろのロングシートの端に座る。向かいには一人、お婆さんが座っている。それ以外には乗客がいない。木次線から乗り継いだ男性2名は、どちらも三次行に乗ったようで、その他、三次行には、新見から乗り継ぎの客もいたのか、数名の客がいる。絶対数ではこちらが多いが、団体を除くと、私と目の前のお婆さんの2人だけみたいである。 発車してほどなく、その目の前のお婆さんの所にガイドがやってきて、何やら話しかけた。何とこのお婆さんも団体客の一人だったのである。つまり、この団体客がいなければ、この列車の客は私だけだったのだ。ということは、乗客ゼロで走る日も珍しくないに違いない。これには改めて愕然としてしまった。 一日3往復にまで減らされて、もはや鉄道としての存在意義を失ったかのような、元準幹線とも言うべき芸備線の枯れた雰囲気は、団体客が乗っていても、侘しい。線路の保守整備にも金がかけられないからであろう、あちこちに超徐行区間がある。景色は素晴らしいが、列車本数の少なさに比例して他線区よりも素晴らしいというわけではなく、基本的には地味な中国山地の中を、左右にカーヴを繰り返しながら、小型1輛のディーゼルカーは、淡々と進む。最初の停車駅道後山は、スキー場で知られ、かつては広島から臨時列車も走ったぐらいだが、今は廃墟ばかりが目立つ寂しい集落である。その次の小奴可は、それよりは大きな集落があり、ここでおばさんが一人乗ってきた。そして、人家も殆ど見られない内名、少し里に下りた感じで古い駅舎も残る備後八幡(写真右上)と停まり、その次が東城。ここから先は本数が倍増するので、備後落合からここ東城までが、一日3往復という究極のローカル区間であった。その間の乗降客は、小奴可で乗ってきたおばさん1名だけであった。 東城は、帝釈峡という観光地の最寄り駅である。お年寄りの団体は、ここで下車した。駅前に迎えのマイクロバスが停まっていたから、これで帝釈峡に向かうに違いない。東城から新見までは、一日6往復と、本数が倍増する。東城はそういう意味があるぐらいの、中規模な町である。しかし、その東城からも乗車はおばあさん1名だけであった。そもそも東城は県境の町であり、ここは広島県、そして列車はこの先で岡山県に入る。列車の本数からしても、沿線風景からしても、県境は東城と備後落合の間にあった方が実感があるのだが、そうではない点にも、この芸備線というローカル線の利用者減の原因があるかもしれない。 東城を出ると、これまでに比べれば風景もだいぶ開け、長閑な山里という感じになる。その次の野馳では、小奴可からのおばさんが下車。一日3往復の芸備線を使いこなしている数少ない沿線住民のようだ。その次の矢神で、東城からのおばあさんが下車し、私一人になるかと思ったら、若い女性が一人乗ってきた。その後は、モダンな駅舎のある市岡も、新しい簡易待合室がある坂根も乗降客はない。左から幹線である伯備線が合流してきて、乗換駅の備中神代、ここも乗降ゼロ。備中神代を出ると、再び山峡に入り、蒸気機関車時代の末期に三重連の撮影地として知られた布原に停まる。この布原は、昔は時刻表にない駅というか、信号場だったのだが、今も伯備線の駅でありながら、伯備線の電車は停まらず、芸備線の気動車だけが停車する、ホームの短い駅である。しかし乗降客はいない。そして最後の疾走という感じで、伯備線を快走して、人家が増えてくると、終着駅、新見である。 かつては鉄道の要衝として栄えた新見も、今はひっそりとしており、実質的には伯備線の途中駅と言っても過言ではない程度になってしまった。それでも山間を走る芸備線から着いてみれば、それなりの町であり、駅前にビルもある。けれども人の姿は少ない。鉄道が寂れてしまった典型例をいやというほど見せつけられた旅ではあったが、楽しかった。けれども今後のこれらの路線の存続については、予断を許さないのではないかと強く感じた旅でもあった。
by railwaytrip
| 2009-04-21 11:21
| 中国・四国地方
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