特急いなほ・青森~新潟

 新幹線が続々と開通し、在来線の長距離特急がどんどん減ってきた。気がつけば、新潟と青森を結ぶ「特急いなほ」が、在来線最長距離を走る定期昼行列車となっている。一昔前を思えば随分短くなったものである。しかも、この区間を通して走るのは「いなほ」7往復のうち1往復だけで、その他の「いなほ」は、新潟~秋田、または新潟~酒田が運転区間である。そして、秋田~青森間には、それを補完する役割の「かもしか」という、昔はなかった特急がある。

 この最長距離列車にしても、いつまで残るかわからない。早いうちに一度乗っておきたいと思い、今回、全区間を乗ることにした。新潟発の下りだと後半のかなりの部分が日没後になるので、青森を早朝6時04分に出る上り列車に乗ることにする。11月下旬という日の短い季節ゆえ、青森はまだ真っ暗である。


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 半室グリーン車付き6輛という、一応特急らしい編成である。前3輛が自由席なので、私は3輛目の4号車に乗った。ホームを歩いて見てみても、どの車輛もガラガラだ。札幌発「はまなす」からの乗り継ぎ客が殆どのようで、あとは、早起きの青森の人だろうか。途中で混むかもしれないので、一応、海の見える右側を選んで座る。閑散としているが、ホームの売店は開いていたので、朝食を仕入れておく。発車して数えてみると、この4号車の乗客は5名であった。隣の指定席3号車をドア越しに覗いてみるが、誰もいないようである。

 奥羽本線の青森寄りは、市街地が狭い。東北新幹線の終着駅となるため、工事が進行中の新青森を通過し、津軽新城を過ぎると、早くも山にかかり、山峡の寂しい鶴ヶ坂を通過、このあたりは昔から変わっていない。そして大釈迦を過ぎると峠を越えて、弘前盆地へと下りていく。そのあたりから外が薄明るくなる。大半の特急が停まる浪岡を通過。長距離特急の貫禄というところか。右手にうっすらと岩木山が見えてくる。その次の北常盤は弘前から3駅目だが、駅周辺に新興住宅が多く、都会風に栄えてきている。県庁青森から3駅目の鶴ヶ坂とは大違いで、これだけを見ると、青森より弘前がずっと大都市なのかと思う。下り青森行を待つ通勤通学客が下りホームにいる。五能線が合流する川部は昔のままだが、その次の、難読駅として名高い撫牛子も、駅周辺は新興住宅地として開けており、下りホームにはやはり通勤通学客が列車を待っている。

e0028292_564668.jpg 最初の停車駅、弘前で、客が結構乗ってきた。といっても、ここから先は険しい山越えで、交流の多そうなところではない。発車メロディーが津軽三味線なのには苦笑してしまう。ちょっとやりすぎではないかと思う。

 弘前から大館の間は、人家も少ない矢立峠越えの険しい山中を走る。しかし弘前寄りはある程度の人家や町があり、同じ区間を走る「特急かもしか」は、大鰐温泉と碇ヶ関にも停車する。しかしこの「いなほ」はこれらを通過し、大館までノンストップで走る。長距離特急の面目躍如といったところか。もっとも時間帯からして秋田へのビジネス特急の性格が強いから、浪岡ともども、青森県内の小駅は通過して良いという判断かもしれない。

 人家もない所にポツンとある無人駅、津軽湯の沢を過ぎ、国境の隧道を抜けると秋田県に入る。最初の駅、陣場も寂しい所だが、人家はパラパラとある。陣場と白沢の間は、お互いが見えないところまで上下線が大きく離れて走る。秋田県に入ってうっすらと太陽も出てきた。そして人家が増えてくると大館に着く。

 県庁秋田への日帰り出張に便利な朝の列車だけあって、大館では大勢乗ってきた。といっても、まだ席の3分の1が埋まった程度である。ここからは米代川沿いをゆるいカーヴを繰り返しながら、徐々に下っていく。一人の男性客が多く、新聞を読んだりパソコンを広げたりしている。進むに連れ、霧が深くなってきた。米代川から立ち上る朝霧らしい。

 霧の鷹ノ巣に停車。ここからの乗車は僅かだ。その先、列車はスピードを出さなくなった。車掌が「霧のため徐行しています」と放送する。次の二ツ井を6分遅れで発車。二ツ井も乗車は少ない。二ツ井を出るとあっという間に霧が晴れ、スピードを取り戻す。しかし、通過する鶴形の手前の場内信号機で停まってしまった。2分ぐらい停まると、下り線を「特急あけぼの」が行き違う。そしてこちらもゆっくりと動き出し、鶴形通過。鶴形の先が単線のため、こうなったようだ。本来なら「あけぼの」とは東能代で行き違うダイヤである。

 東能代着は12分遅れ、8時03分に着いた。隣のホームには、7時55分発の五能線が、学生をいっぱい乗せて、この列車との接続待ちをしている。しかし4号車に関しては東能代で降りる客はない。秋田もだいぶ近いからか、乗車も少なく、すぐ発車。

 東能代からは、日本海が見えるほどではないが、海と遠くない平野部を走るので、スピードも出る。遅れ回復ということもあり、特急らしく快走する。鯉川のあたりでは右手に八郎潟を間近に眺めることができる。昔は全部が湖だったのだろうが、もう干拓されて何十年も経ち、今の風景が定着している。つまり湖と言っても川のような水路が残っているだけである。昔からここを通るたびに、鯉川で降りて、あの湖畔まで行ってみたいと思っているのだが、未だに果たせていない。

 秋田までで最後の停車駅、八郎潟も、乗車は少ない。このあたりから秋田なら普通列車でも十分なのだろう。車掌が「八郎潟の次は終点秋田です」と何度も言い、訂正もしない。

 男鹿線が合流する追分あたりから、秋田郊外っぽい風景になってくる。そして秋田の外港がある土崎は、それ自体、一つの町である。しかし土崎と次の秋田は7.1キロもあり、今の時代なら間に駅が2つぐらいできても良さそうな気がする。

 車掌が「間もなく終点、秋田です」と言ってから、やっと気がついたのか「失礼しました。間もなく秋田です」と言い直し、東京行き「こまち」などの連絡列車案内を始める。多くの客がそわそわと降りる支度を始める。といっても殆どの客は軽装で、大きな荷物をかかえた人は少ない。

 秋田へは僅か2分遅れで着いた。随分と回復力があるものだと思うが、単線区間の多い奥羽本線では、それぐらいのダイヤ設定にしておかないと、ひとたび遅れると収拾がつかなくなるのかもしれない。殆どの客が降りるなあ、と思ってみていると、本当に殆ど降りた。しかし通路の向かい側の席の、パソコンや書類を開きながら携帯電話で通話をしている若い男性は降りないらしく、電話とパソコンの両方に夢中である。やれやれ、どこまで行くんだろうと思っていると、周囲の様子に気がついて、あわててパソコンを閉じ、鞄に書類ともども無造作に突っ込むと、駆け足で下車していった。何と、4号車の客は私以外、全員秋田で降りてしまった。代わってこれまでとは雰囲気の違う、旅行者風の中年グループなどがパラパラと乗ってきた。

 車掌も交代し、車内販売も乗ってきて、全く雰囲気が変わり、秋田を定刻に発車。それにしても、車掌が秋田を「終点」と勘違いするのは、自分の乗務が秋田までだから、という以上に、何となくわかるような気がした。それほど、別の列車でも問題ないぐらいに乗客が殆ど総入れ替えになるのだ。長距離特急が減っていく理由もわかる気がする。そもそもこの「いなほ8号」は、以前は大阪行きの「白鳥」だった列車だ。今回の私も、折角全区間乗るのだから、新潟で乗り継いで大阪まで、かつての「白鳥」のスジをたどろうかとも思ったのだが、それはさすがに馬鹿らしいのでやめにした。しかし、こうして途中で分断されていく理由は、JR側の合理化という以上に、乗客の流れに沿ったものであることを実感してしまう。残念だがこれが現実だ。この「いなほ8号」も、いずれは秋田までの「かもしか」とに分断されてしまうかもしれない。そう思うと、今回乗っておいて良かったと思う。実は「白鳥」にも全区間通しで乗ってみたかったのだが、果たせぬうちになくなってしまった。「白鳥」とでは、乗りでが丸で違うが、せめてもの慰みだと思うことにしよう。

 秋田から新潟までは、延々と日本海岸を行く。距離も長いが、その間、県庁所在都市もない。県庁秋田への朝のビジネス特急だった前半区間とは色々な意味で違う。まだ8時代だが、ビジネス客が降りた後の空いた列車の中は、昼下がりのようにけだるい。だが、秋田までは乗っていなかった車内販売が乗ってくる。あまり商売っ気がなさそうで、さっさと通り過ぎる。私は青森駅で、秋田まで車内販売が無いという駅のアナウンスを聞いていたので、青森のホーム売店で買った朝食を済ませており、車内販売には用がない。秋田までの方が商売になりそうなのに、と思う。

 秋田から羽後本荘までは、35分かかる。特急なのだから30分以上の無停車など当然で、というのは、一昔前の話で、この列車で30分以上の無停車は、青森~弘前、弘前~大館と、ここと府屋~村上の4ヶ所だけで、それもいずれも40分以内である。雄物川を渡った先の、秋田から2つ目の新屋あたりで秋田郊外の風情は果て、海辺に出ると、松林の多い日本海岸を、時に海を遠く近くに見ながら、しかし大半はその間の国道を見ながら、列車は快走する。


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 ローカル幹線の主要駅という風情の羽後本荘は、晴天のため明るい雰囲気だが、時間帯のせいか乗降は殆どなし(写真上)。続いて停まる仁賀保は、駅の裏がTDKの大工場で、東京と出張のビジネスマンの行き来も多い駅だとの話だが、やはり時間帯のせいか、乗降客は殆どいない。ここでは下り貨物列車が向かいに停まっていた(写真右下)。委託駅員のおばさんが手持ち無沙汰に列車を見送っている。


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 「陸の松島」の異名を持つ象潟が近づくと、特に左手の田んぼの中に、隆起した松島がいくつも見られる(写真左下)。羽越本線の車窓の珍景を代表する一つだと思うが、昔に比べると周辺に住宅が増えたような気がする。その象潟も、乗降客は殆ど見られない。


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 象潟の先は、有耶無耶の関があったとされる国境で、人家も途絶え、青い海が美しい。そして県境を越えて最初の、信号場あがりの駅、女鹿に運転停車した。羽越本線屈指の閑散駅であり、普通列車でも通過が多い。ゆえにこれまで駅をじっくり眺める機会に恵まれなかったが、思いがけぬ停車なので、窓越しに様子をじっくり観察する(写真右上)。やがて下り普通列車が通過する。酒田方面へ通う通学生のために朝夕だけ停車する駅らしく、この時間帯は普通列車も通過してしまうのである。特急を待たせておいて通過する普通は珍しい。確かに駅のあたりは人家もなく、鬱蒼としており、降りるのを躊躇うような駅だが、ちょっと歩けばそれなりの集落があることがわかる。このあたりの集落は、屋根が黒瓦に統一されているので、朝日を浴びて輝く集落全体が美しく、一枚の絵になっている。


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 そのあたりから左手に鳥海山が見えてくる。今日は雲もなく、名山がくっきりと眺められる。山形県最初の停車駅である遊佐は、羽越本線の特急停車駅の中でも影が薄い小駅だと思っていたが、ここから数名が乗ってきた。県が変わったことで動きが出てきたのかもしれない。遊佐をすぎると海が離れ、米どころの庄内平野を快走する。そして羽越本線の中間地点の要衝、酒田に定刻に着いた。パラパラと列車を待っている客がホームに立っている。


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 4分の停車時間があるので、ホームに下りてみる。もう11月下旬で、雪の季節も間近だが、今日は暖かい。荒れ狂う冬の日本海も味わい深いが、日が短い今の季節だけに、昼間こうして晴れてくれて、青い海が堪能できるのも良いものである。

e0028292_5122446.jpg 数は少ないものの、新幹線乗り継ぎで東京方面までという雰囲気の客が乗り出したのも、このあたりからである。続く余目は、町自体は小さいが、そこでも、そしてその次の鶴岡(写真左)でも、そんな感じの客が乗ってくる。少しずつ客が増えてきたので、車内販売がもう一度回ってくるが、この販売員、あまりやる気がないのか、回る頻度が少ない気がする。青森を出て既に5時間も経つし、天気も良いので昼すぎの気分だが、まだ11時で、昼食を買うには早い。

 鶴岡から3つ目の三瀬を通過すると、列車はまた日本海岸に出る。ここから村上の手前までは、大部分が日本海沿いを走る、羽越本線屈指の絶景区間だ。大きな町もなく、特急停車駅としては、あつみ温泉と府屋の2駅がある。そのあつみ温泉では、温泉帰りの行楽客とおぼしき中年女性のグループなどが乗ってきた。新潟へ向けて少しずつ客が増えてきた。そして、山形・新潟県境にあり、奥州三大関所の一つである鼠ヶ関を通過。江戸時代には念珠関とも言ったらしい。通過後、駅構内のはずれで山形県から新潟県へと入るのは、まさに関所から発展した町ならではか。

e0028292_5125426.jpg 次の府屋でも若干の乗車があり、ここから村上まで30分が、笹川流れの景勝など、海の眺めが素晴らしい区間となる。確かに海岸美は素晴らしいが、間を国道が通っているし、それにこうしてずっと走ってきた後に見ると、人家が結構多く感じる。それでも汽車旅の良さを感じさせる、いい区間だと思う。通過する駅も桑川を除けば小さくて風情がある。桑川だけは、駅舎もモダンで立派になり、駅付近に民宿が多く、道の駅もあって、ちょっと賑やかな印象があった。
 
 間島を過ぎ、ゆるやかに海から離れると、いよいよ越後平野で、旅も終盤だと思う。今日は明るいからあまり影響ないものの、ここに交直流の電源切り替えのための、デッドセクションがあり、車掌も「電源切り替えのため、一時車内が暗くなります」と放送をする。そういえばそういうものがあったか、と思う。最近の新しい車輛は、デッドセクションでも電気が消えないで済むものが増えている。夜などは結構面白くて、これも旅の味わいのうちだと思うが、こういった情緒も鉄道技術の進歩とともに消えてゆく。

 村上は、そんな直流区間に入った所にある市で、県庁新潟までは特急を使いたくなるぐらいの距離はある。しかし、時間帯のせいか、僅かしか乗ってこなかった。ここからはほぼひたすら、米どころ新潟の田園地帯を快走するが、人家も増えるし、工場なども見られるようになる。終点まで1時間を切って、12時も回ったので、最後の車内販売から昼食を買おうと思っていたのだが、前寄りの通路でじっとしているのが見えるのに、一向に回りに来る気配がない。こちらから買いに行こうかとも思ったが、それも面倒臭くなり、結局昼食は新潟に着いてからになってしまったのだが、それにしても、ここまでやる気のない車内販売は珍しい。

 中条、新発田と、わずかな乗車がある。新発田は降車もあったが、基本的には秋田以来、圧倒的に新潟志向の客が中心の列車であった。新潟のベッドタウンとなった豊栄が最後の停車駅で、ここも動きはなく、そのあたりからは人家も増えて、久々に都市が近づいたと思う。何しろ新潟は本州の日本海側では最大の都市で、秋田より大きい。


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 車掌が新幹線などの乗換列車の案内を始めた。秋田でも「東京行きこまち」という案内はあったが、軽装の県内ビジネス客っぽい人ばかりで、あまり実感がなかった。その点こちらは、乗り継いで東京へ向かう客がそれなりにいるような雰囲気がある。新潟が近づいたこと、イコール東京が近づいたことになっている。新幹線が増えて、日本が狭くなり、どこにいても東京が近くなった。その新幹線との連絡も2度あるものの、新幹線が走らない区間だからこそ、延々と6時間43分、在来線最長の特急昼行列車はこうして何とか今も走り続けている。途中最大12分遅れたが、新潟には定刻、12時47分に着いた。ローカル長距離鈍行を乗り通したような達成感もなく、長いとも思わなかったが、昼間の列車にこんなに長く乗ったのは久しぶりではあった。

※ この区間は、東北地方(青森・秋田・山形県)と中部地方(新潟県)とにまたがりますが、東北側の方が距離が長いため、便宜上、東北地方のカテゴリーに分類しました。
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by railwaytrip | 2009-11-25 12:47 | 東北地方


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