スロヴェニアは、旧ユーゴスラヴィアが分裂してできた国の一つである。その中で一番に安定・発展し、いちはやくEU入りを果たした。小さくて地味な国だとは思うが、意外と面白い。
スロヴェニアに詳しい方はそんなに多くないと思うので、改めてこの国の地図を眺めていただきたいのだが、そもそも地図を見る以前に、スロヴェニアには海があるかどうか、という質問に即座に答えられるであろうか。地図を見れば、一応あることがわかる。しかし海岸線の距離は極めて短い。イタリアとクロアチアが海岸線を沢山取ってしまって、スロヴェニアは僅かしかもらえなかった、とでも言いたくなるような恰好になっている。 その貴重なスロヴェニアの海岸線沿いには、町が3つほどある。中でも一番大きく、唯一鉄道もあるのが、Koper(コペル)で、スロヴェニアにとっての重要な貿易港になっている。EUになってEU内の物の移動には通関も必要なくなったのだから、自国に海がなければ隣のイタリアの港でも借りれば特に支障ないのでは、なんて考えたくなるが、無論そう単純には行かないだろう。スロヴェニアにとってコペルへの陸路は、道路であれ鉄道であれ、物資の輸送路として重要な生命線なのではないだろうか。 というのは、実は私も後から気づいたことで、私がKoperに行きたいと思った理由は、もっとずっと単純である。それは、途中区間の細かな鉄道路線図を見たからである。そこには行って戻るようにぐるりと大回りする大カーヴがある。地図で見つけた時は、釜石線の陸中大橋をさらに大規模にしたような感じだなと思った。こういう線路の敷き方は、決して稀とは言えないし、勾配緩和目的であることも想像はつく。だが例えば磐越西線にしても狩勝峠にしても、もっと左へ右へとカーヴを何度も繰り返しながら標高差を稼いでいっている。その点ここは、まっすぐ行って、まっすぐ戻る、それだけである。地図以外の情報もほとんどなく、絶景路線を紹介するような書物にも出てこない。そうなると、どんな所か想像がつかないので、余計に行きたくなる。 首都Ljubljana(リュブリャーナ)から南西へ、イタリアへとつながる幹線を104キロほど行くと、Divača(ディヴァーチャ)という駅がある。そのまままっすぐ行くと、スロヴェニアの最後の駅はSežana(セジャーナ)で、Sežanaを出ると線路はすぐイタリアに入り、トリエステ方面へと至る。Divačaから南へ分岐する支線は、さらに少し先で二つにわかれ、一つは南へ、国境を越えてクロアチアのPula(プラ)まで行く。もう一つは西へ分かれる。これがKoperへ行く線である。この分岐点とKoperの間に「スロヴェニアの陸中大橋」の大カーヴがある。 先にSežanaを訪問してから、戻りのLjubljana行きに乗り、Divačaで下車した。Divačaは大きな駅舎を持った駅だ(写真左下)。その割と町は小さそうである。それでも一応の町であり、ちょっと高台にある駅前から眺めると、そこそこ住宅がある。駅前には保存蒸気機関車が展示してあるので、鉄道の町だったのかもしれない。 少し待った後、Ljubljana方面からやってきたIC503列車は、日本の旧国鉄なら急行ぐらいに相当するインターシティーの長距離列車で、嬉しいことに、機関車が牽く5輛編成の客車列車であった(写真右上)。一等車はもちろん、食堂車までついている。二等車は普通の座席車とコンパートメントが混在している。空いたコンパートメントもいくつかあったので、その一つに入り、座った。 この列車は、オーストリア国境に近いMaribor(マリボール)を朝の6時50分に出て、首都Ljubljanaを通ってさらに南下してきたという、国内南北貫通列車である。Ljubljanaで運転系統を分けず、所要5時間の直通列車として運転されている。Divača発は11時01分で、終着Koperまで49キロを49分で走るから、表定速度60キロで、わかりやすい。途中停車駅1つ、通過駅4つ。 Divačaを出ると、Sežanaを経てイタリアへと西へ向かう本線と分かれ。ほぼ90度のカーヴを描き、南へと針路を取る。電化はされているが、単線になった。するとこれまでより景色が荒涼としてきた。小駅を1つ通過し、次に停まるのが、Hrpelje-Kozinaという駅で、大きな駅舎があり、駅員がいる(写真左下)。しかし、下車した人は僅かのようであった。 Hrpelje-Kozinaの次が、Prešnicaという駅で、ここが、このまま南下してクロアチアへと向かう線と、西へ分かれてKoperへ向かう線との分岐駅である。しかしここは小さな単線の無人駅で、この列車も停車しない。駅周辺も人家は散在しているものの、まとまった町など無さそうな所であった。 分岐後も、カーヴを繰り返しながら荒涼とした山の中を走る。ブドウ畑が多い。スロヴェニアのこのあたりは隠れたワインの産地だそうだ。次のCrnotičeは、交換設備はあるが、小さなホームと待合所があるだけの駅であった(写真右下)。通過駅だが停車して貨物列車と行き違う。時刻表によれば、この駅に停車する列車は、下りKoper行きは、朝6時41分の1本だけで、上りは14時02分と19時39分の2本だけである。その14時02分の方は、私がこれから帰りに乗る予定の列車である。こんな駅の乗降客がいるのだろうか。そんなことが今から楽しみになってくる。 Crnotičeを出ると、いよいよ大迂回区間に入る。地図によれば、CrnotičeからRižaraという信号場と思われる所まで、直線距離では3キロぐらいしかない。そこを鉄道は、約17キロほど大迂回して走るのである。 まずはぐるりと左へほぼ180度、向きを変える。すると右手に谷の風景が広がる。その向こうに、これから先に通る線路だろうと思われるものが見える。そこまでの高低差もなく、そんなに大迂回しないといけないほどの地形とも思えないが、線路はその昔、蒸気機関車が難なく登れるようにと考えて敷かれたのであろう。 そんな所を時に森の中を、時に荒地を、時に小さな集落を、そして時にブドウ畑を見ながら快適に進む。勾配はゆるいが、それでも徐々に下っていっているのがわかる。Hrastovljeの手前では、この後通過する線路が本当にすぐ真下に見える所がある。それを過ぎるとまた少し下の線路が離れていき、向こうに小さな駅が見える(写真左下)。Hrastovljeである。その先で線路はぐるりと180度回り、列車はHrastovljeを通過、ここもCrnotičeと同様、下り1本、上り2本しか停車しない駅である。 今度は右手上方に、今通ってきたばかりの線路を見ながら、列車はさらに高度を下げていく。そしてようやく左へゆるやかなカーヴを描き、通ってきた線路が見える風景も終わる。その先に信号場があり、列車は停まった。反対には貨物列車が停車している。ここがRižaraであろう。来る前にグーグルマップで調べてきたところ、ここも駅として描かれているが、現地の駅でもらった列車時刻表には掲載されていないし、実際に来てみると、ホームもないので、列車行き違いのための信号場に違いない。 貨物列車とすれ違うだけですぐ発車するのかと思ったら、機関士が降りてきて、客車の下を点検している。ブレーキの具合でも悪いのだろうか。それで5分ほど停まった。このまま動かなくなったら困るなと思っていたが、何とかなったらしく、発車。そこから先は徐々に平地が広がり、いかにも山から町に下りてきたという風景になり、人家も増えてきて、終着Koperに定刻より5分ほど遅れて到着した。 Koperは、ホーム2面の行き止まりの終着駅であった。空いているとは思っていたが、5輛の列車からはそれなりの数の乗客が降りてきた。大きな荷物を持った人も多い。建設中なのか、ガラス張りのモダンな新駅舎が一部だけで営業中で、駅周辺も新開発地のような雰囲気で、格別の風情はない。 ここはスロヴェニア唯一の、海に面した駅である。駅自体から海は見えないが、西へ歩けばすぐ港で、その雰囲気が駅付近でも感じられる。はるばるたどりついた終着駅、という感慨もあるが、実はイタリアのトリエステまで、直線距離では12キロしかない。旧市街は駅から北へ数分歩いたあたりから始まる。大きな道路を1本渡って旧市街へ入ると、それまでと雰囲気は一変した。 イタリアっぽいと言えばそんな感じの、細い路地の続く古い家並み。教会があり、小さな広場があり、昔から営業していると思われる小さな家族経営のお店が並んでいる。特に著名な観光施設はなさそうだが、旧市街全体がいい雰囲気で歩き回れる。列車に乗っている間は今ひとつパッとしないどんよりした天候だったが、歩いているうちに薄日が差してきて暖かくなってきた。春が来た、そんな言葉がピッタリのひとときであった。1時間半という滞在時間も、長すぎず短すぎず、ちょうど良かった。 駅へ戻り、13時29分発Divača行きの客となる。さきほど降りた時に、隣のホームに2輛の古びた気動車が停まっていたのを確認しているが、やはりその列車であった。行きと帰りで全く違う雰囲気の車輛に乗れるのが、これまた嬉しい。このDivača行きは、Divačaまでの途中5駅の全てに停車する。中途半端な時間帯の鈍行だからか、乗客は少ないが、Divačaで、Sežana始発のLjubljana行きに接続しているので、大きな荷物を持った長距離客っぽい人も多少乗っている。発車時に数えてみると、乗客は私を含め8名で、全員が一人客であった。意外にも若い人が多い。 気動車らしい重々しい唸りをあげて定刻に発車。今通ってきた所をエンジンをふかして上っていく。坂を下る往路が客車で、坂を上る復路が気動車というのも、鉄道らしい旅を味わうのに最高の組み合わせだったなと思う。偶然組めたスケジュールだが、良かったと思わずにいられない。 町並みが途絶え、山へと分け入っていき、左手奥にこれから上って行く線路らしいものが見えてくると、最初の停車駅、Hrastovljeである。案の定、誰も乗降しない。もはや駅としての機能は終えているとしか思えないが、朝夕は利用者がいるのだろうか。この駅を定期的に使う人がいるとすれば、朝は6時49分発でKoperへ行き、帰りはKoper発19時12分発で帰ってくる。たまに早く帰れる日はこの列車で帰る。そんな風になるわけだが、普通の通勤通学の時間帯としてはKoperでの滞在時間が長すぎるように思う。恐らく定期的な利用者はおらず、たまにHrastovljeの住人が思いついたように利用する程度なのではないか。信号場としての機能は必要だから、信号場に降格させるほどのこともなく、何となく温存している、そんな気がする。駅間距離も長いので、一部が不通になった時のバス代行機能のためにも、駅として残す必要があるのかもしれない。 そんな事を考えながら発車を待っていると、谷の向こうの線路に機関車の警笛が聞こえ、何と赤い電気機関車の三重連がこちらへ向かって下ってくるではないか。貨車はつながっておらず、機関車だけの回送列車である。臨時なのか、遅れているのか、それとの行き違いを待って発車したので、こちらの発車も時刻表より3分ほど遅れた。 そしてぐるりとカーヴを回り、Hrastovljeの駅を左下へ見下ろしながら、気動車はエンジン全開で、今通ってきた線路を左へと見ながら坂を登っていく。次のCrnotičeも乗降ゼロ。ここでもKoper行きの三重連機関車に牽かれた貨物列車と交換する。Koperへのこの路線が貨物のためにあることは、乗ってみて良くわかったし、だからこそ勾配緩和が優先で、線路がここまで大回りして敷かれているというのも、納得はできた。しかしそれも蒸気機関車時代の設計には違いなく、今なら強力な電気機関車があるから、もう少し路線を短縮したいところではないか、なんて思える。無論、今さらお金をかけて線路を敷き直してまで短縮する必要もないのだろう。この路線はこれからも、スロヴェニアの貨物の動脈として、旅客列車ともども、生き残っていくであろうと思われる。
by railwaytrip
| 2011-03-18 11:01
| スロヴェニア
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