三江線・江津~粕淵

e0028292_1302841.jpg 江津15時07分発の三次行は、長大ローカル線・三江線でも数少ない全線走破列車の一本だ。もっとも全線走破しようがしまいが、今の三江線は、一部の鉄道ファン以外、全線乗車などしない、細々とした地域輸送に徹したローカル線である。山陰線の普通列車と同じく小さな1輛の気動車だが、山陰線はまだそれなりに客が乗っていた。乗り換えてみると、乗客は全部で10名。山陰線からの乗り換え客は3名ぐらいいたようである。全線走破列車、それも夏至に近いこの季節、終点三次まで明るいうちに着ける唯一の列車だから、鉄道マニアの一人ぐらいいるかと思ったが、6月の平日とあっては、それっぽい乗客も見かけない。地元のローカル利用者ばかりである。

e0028292_1305894.jpg 江津を出ると山陰線とあっさり分かれて内陸に向かい、すぐに江の川が寄り添ってくると、すぐ最初の駅、江津本町に停車する。駅名からすれば、ここが江津の市街地に近く、ここでかなりの乗客を乗せて、となりそうだが、乗降ゼロ。駅周辺は人家もまばらで閑散としており、始発駅近くからしてこれでは、この先線路は一体どんな所へつながっているのだろうと思ってしまう。

 今日乗車するこの三江線の北側区間は、全線開通するまで、三江北線と呼んでいた区間だ。江津側から徐々に延伸され、浜原まで開通したのが戦前の1937年と、古い。そのためか、軽便鉄道規格に近いようである。ひたすら江の川に沿って走る眺めの良い線区であるが、スピードは遅く、今日、完全に時代遅れの交通機関となっているようである。しかもやたらと30キロ程度の速度制限区間がある。「偉大なるローカル線」と呼ばれる山陰本線の単行気動車から乗り継いでも、遅さが際立っていると感じる、そんな遅さである。

e0028292_1321044.jpg 江津本町に続く千金も乗降はなし。その次の川平は、交換設備が撤去されて単線の停留所になった駅で、ここで1名下車、続く川戸(写真左)はもう少し大きなまとまった集落があり、やはり元交換駅。木造の駅舎が残っている。ここで4名が下車し、江津発車時の乗客の半分が既に降りてしまった。これは思った以上に寂れたローカル線である。けれども沿線の眺めは素晴らしい。江の川は下流でも川原を作らず、水量豊かに滔々と流れている、日本では珍しい川だ。古い線路だけに、その川の流れに忠実に沿って走っているのだが、それが裏目に出て今日では時代遅れの乗り物になってしまっているのだ。もっともトンネルと鉄橋で短絡して高速で走ったとして、この沿線人口の少なさでは、やはり需要は知れているだろうが。

e0028292_1334976.jpg この先どうなるかと思っていると、次の田津では男子中学生が4名乗ってきた。そのうち1名は、次の石見川越で降り、残る3名はその次の鹿賀で降りた。その次の因原(写真左)はちょっと大きな集落で、古い木造の駅舎も残る立派な駅だが、乗降はない。その次の石見川本(写真左下)は、江津から1時間も乗ってやっと最初の交換駅である。かつてはもっと多くの駅に交換設備があったが、極限までの合理化の結果、こうなってしまったのだ。跨線橋もある立派な駅らしい駅で、乗っていた客は、ここで私ともう一人を除き全員が下車した。駅舎は反対ホーム側だが、降りた客は跨線橋を渡らずに線路を平気で横切っているあたり、やはりかなりのローカル線である。けれどもここでは下車より乗車の方が多く、高校生など10名ほどが乗ってきて、少し活気が出てきた。三江線の北半分は、江津や山陰線と内陸を結ぶ足というよりは、内陸の相互でのローカル利用がかろうじて残っている線なのかもしれない。

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 線路は相変わらずカーヴが多く、極端な速度制限区間も多い。なのでスピードも出ず、遡ってもさほど細くならない雄大な江の川を堪能しながら、小さな駅に停車していく。木路原、竹、乙原、石見簗瀬と、いずれも単線に簡易なホームだけの無人駅で、各駅とも1名下車、乗車なしで、石見簗瀬発車時点では乗客は6名。写真右上は、木路原~竹間である。写真左下は、石見簗瀬駅で、小さな停留所だが、ここも木造駅舎が残る。


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 次の明塚は水田の中にある駅で、ここは乗降ゼロ。だいぶ遡ったようでも、まだまだ川幅も広く滔々と流れる江の川を左手に眺めながら列車はゆっくりと行く。写真右上は、明塚~粕淵間から見る江の川。そして粕淵の手前で初めて鉄橋で江の川を渡る。対岸に小さな町が見えてきた。

e0028292_1412182.jpg 渡り終わった所にある、それなりにまとまった集落は、合併前は邑智町、現在は美郷町の中心地・役場所在地で、粕淵駅はそこにある。三江線の中では主要駅だ。ただ、ここと2キロしか離れていない次の浜原が、三江北線時代の終着駅であり、運転上の拠点駅となっている。そのためか、ここ粕淵は運転上は単なる停留所の扱いだ。それでも新しくて立派な駅舎がある点、これまでの駅とは違っている。ここでは数名が下車するのと引き換えに、大勢の高校生が乗車。これまでで一番多い乗客数となり、発車していった。

 三江線は、JRで残され、廃止を免れた地方交通線の中でも屈指のローカル線である。加えて島根県というのは、いわば「過疎先進県」とでもいおうか、最も早い時代から過疎化が進んだ県である。そんな中で、新たな少子化・高齢化社会を迎え、この先どうなっていくのか。JR西日本も、当面廃止予定はないと言っているらしいが、しかしこの実情を見るに、不安で仕方がないというのが偽らざる感想である。粕淵の駅にしても、モダンな駅舎こそ立派だが、駅前も閑散としており、やはり基本的に人口希薄な地域なのが実感できる。交通需要は皆無ではないものの、三江線の古さが災いしてか、時代離れしたような遅さは現代において致命的だ。ローカル線の情緒を味わいにくる観光客や鉄道マニアには受けるかもしれないが、それだけで鉄道経営が成り立つような場所ではない。地元の日常利用を確保することが第一で、それにしてはこのスピードでは、他の交通機関に歯が立たないのではないか。しかも起点の江津は、浜田や大田といった山陰線沿いの都市と比べても規模が小さい。そういった多くの要因で、三江線の将来は、やはり不安に満ちていると実感した次第である。せめて、ある意味、日本離れしたこの江の川の雄大な流れが、観光需要を生み出してくれないものか。これといってとらえどころのない風景ではあるが、都会の人が時にのんびりするには、こういった風景をゆったり眺められる三江線ローカル列車の旅など、最適だと思う。

※ この旅行からほどなくして、三江線は水害のため長期に渡り全線不通になってしまいました。

※ 三江線に関しては、石見川本鉄道研究会という素晴らしいサイトがありますので、ご一読をお勧めします。
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by railwaytrip | 2006-06-27 15:07 | 中国・四国地方


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