特急「はまかぜ」は、阪神地方と、蟹の名産地、日本海側の北但地方とを結ぶ特急の一つだ。京阪神からこの地方へのメインルートは山陰本線か福知山線であろうが、はまかぜは、姫路から播但線というローカル線を経由する特急だ。播但線の北半分が非電化ということもあり、キハ181という一昔前の国鉄型のディーゼル特急が未だに活躍している。同じく関西と山陰地方を結ぶディーゼル特急としては、第三セクターの智頭急行経由もある。あちらはモダンな新型特急が活躍している。このような一時代前の車輛による特急列車が今も頑張って走っていると、乗ってみたくなる。いつまで持つか、という気持ちもあり、早く乗っておかねばと、気も焦る。
福知山線や智頭急行の特急は、新幹線連絡等の理由でか、京都や新大阪が始発だが、このはまかぜは、大阪始発である。姫路まで在来線を山陽新幹線と並行して走るので、新幹線からの乗り継ぎ客は姫路で拾えばいいという考えなのだろうか。ともあれ大阪始発の特急というのが、新幹線以前の時代を連想させてくれる。 大阪駅の発車は、環状線の隣の3・4番ホームである。昔はここが1・2番ホームで、環状線には番線がなかった。発車20分前に行ってみると、4番線には大阪始発の篠山口行き快速が発車を待っていた。はまかぜはこの列車が出た後に入る。自由席の乗車位置にはごく短い列ができているものの、混雑とは程遠いと思われる。これなら並ぶ必要もないかなと思っていると、3番線に京都始発の特急「スーパーはくと」が入ってきて、僅かな停車時間で慌しく発車していった。あの列車ははまかぜが浜坂に着くよりもずっと早く、それより遠い倉吉に着く。続いて篠山口行も発車。 それからほどなく、4番線に、気動車独特の重いうなりとともに、181系気動車5輛の特急「はまかぜ1号」が入線。始発駅なので、発車10分前には乗車できる。今や新幹線の東京駅など、始発でも3分前ぐらいにならないと乗車できない列車も多いので、10分も前から乗り込んで発車を待つ機会は案外珍しい。こういう始発駅での発車待ちは、段々混んでくるのが落ち着かない気分にさせるものだが、今日のはまかぜは空いていて、この10分に乗り込んでくる客も僅か。定刻9時36分に発車した時点で自由席の乗車率は2割にも満たない。閑散期の平日ではあるが、蟹の季節だし、もう少しお客がいるかと思ったが、思いのほか寂しい。 発車するとすぐ、これまた昔懐かしい国鉄時代のオルゴールが鳴り、車掌が停車駅などの案内放送を始めた。しかし少ししゃべったかと思うと「鉄橋を渡りますので、案内を一時中断させていただきます」と放送があり、列車は淀川鉄橋を渡る。この気動車は騒音が大きいので、鉄橋を渡る時は放送をしても聞こえないから中断するということらしいが、こんな経験は初めてだ。国鉄時代はもっとうるさい列車が山ほど走っていたが、こんなことはなかった。 鉄橋を渡り終わると車内放送が再開され、塚本を通過するあたりでそれも終わり、またオルゴールが鳴る。次に神崎川を渡る。大阪からここまで、5分程度だが、この川を渡ると早くも兵庫県に入る。そしてこの特急はまかぜ1号は、ここから先、終着までの3時間半、ずっと兵庫県内を走るのである。そうか、大阪発車時の乗車率が低いことは、問題ではないのかもしれない、と思い直す。蟹を食べに行くグルメ大阪人だけがこの列車の乗客ではない。これは兵庫県内のビジネス特急でもあり、兵庫県北部の人にとっては、県庁所在地神戸と乗り換えなしに行き来できる貴重な列車でもあるのだ。 この列車は、大阪から姫路まで、三ノ宮、神戸、明石、加古川に停車して、1時間4分かかる。同じ区間を新快速は、加えて尼崎、芦屋、西明石にも停車して、日中は1時間1分で走る。さきほどのスーパーはくとは、同じ気動車ながら、三ノ宮と明石だけの停車で59分と、かろうじて特急の面目躍如だが、国鉄型気動車のはまかぜは、残念ながらそれらに負けている。新快速が頻繁に走っているのだから、この列車も神戸や加古川に停車する必要はないように思うが、もしかするとここが、兵庫県内ビジネス特急としての役割が濃いはまかぜならではの、「スーパーはくと」と異なる需要を押さえているのかもしれない。 そんな事を考えながら、乗り慣れた阪神間の景色をぼんやり眺める。同じ区間でも、新快速とは気分が違い、車窓の景色まで違ってみえる。列車の走りっぷりは思ったよりも軽快だ。この区間は他の新型の車輛と競うべく、全速力で走らないといけないので、老兵キハ181は、もっと必死でうなりながら走ってくれるかと思ったが、さほどでもない。加速時以外は案外静かだし、乗り心地も悪くない。 三ノ宮である程度の乗客があり、神戸、明石でも少しずつ乗車する人がいるが、明石では早くも降りる人がいる。この時間、新快速は混んでいるので、所要時間のメリットがなくても、特急料金を払ってガラガラの特急で楽をする人がいるのだろう。加古川は殆ど動きなし、そして高架化工事の進む姫路に着く。姫路は山陽線は既に高架化が完了しているが、播但線ホームはまだ地平である。この列車は一旦山陽線の高架に上がったあと、姫路の手前でガタガタとポイントを渡って、地平の播但線用31番ホームに下りていって停まる。 姫路では列車の進行方向が変わることもあって、8分も停車する。ここでの乗車が案外多く、姫路発車時点での自由席の乗車率は7割ぐらいになった。 姫路を出ると、単線の播但線に入り、スピードが落ちたのに揺れは激しくなる。けれども沿線は住宅などが建て込んでおり、なかなか田舎の景色にならない。その昔、このはまかぜは、播但線内はノンストップだったと思うが、今はいくつもの駅に停まる。けれども線内の乗降客は少ない。乗客層は、観光客と用務客が半々といったところだろうか。若いグループも、多くはないが、散見される。 電化区間が終わる寺前を過ぎると、住宅が途絶え、山深くなる。路線図だけを見ていると、和田山まであとわずかの駅数なのに、何故全線電化しなかったのかと思ってしまうが、乗ってみると、寺前を境に姫路寄りは都市近郊路線、和田山寄りはローカル線であることが、車窓風景に感じられる。けれども、寺前以北の沿線には、全線電化を請願する看板が目立つようになる。「複線電化」「播但線高速化」「全線電化は但馬の願い」などに混じって、「播但線を乗って守ろう」というのもあり、驚かされる。電化区間から漏れた北半分の区間では廃止の危惧があるのだろうか。 銀山で知られる生野を過ぎ、竹田城址を見ながら山峡を進むと、土地が開け、右から山陰線が合流してきて和田山に着き、多少の下車客がある。煉瓦造りの古い扇形機関庫が見える。大阪からここまで、153.6キロ。これが福知山線経由だと、144.7キロなので、若干遠回りだが、極端な差ではない。ここから山陰線に入り、八鹿、江原(写真左)と、中小の町に停まるたびに用務客が少しずつ下車していく。神戸や姫路からの客と思われ、まさに兵庫県内ビジネス特急である。そして但馬最大の町、豊岡では、まとまった数の下車客があり、車内は再び寂しくなった。自動改札などなく、列車到着に合わせて改札口に駅員が立ち、下車客を迎える。地方にも自動改札が広がりつつある今日、一昔前までどこでも見られたこの光景も、新鮮に見えてくる。 右手に円山川の豊かな流れを見ながら、列車は続いて城崎温泉に停まる。今度は観光客を中心に、また多くの下車客がある。この駅はつい最近まで、ただの「城崎」であった。駅名に温泉をつける改称は、ブームの如く全国で見られるが、あくまで知名度の低い二流の温泉地がやることと思っていた。有名な温泉地、例えば登別、熱海、別府などは、決してこういう改称をしない。城崎も著名な温泉だから、まさかと思っていたが、最近改称されてしまった。 山陰本線の東側の電化区間はここまでである。そのため、京都や大阪からの電車特急は、ここが終点で、この先は一部のディーゼル特急のみとなり、本数が減り、ローカル線らしくなる。竹野停車に続いて、日本海が見えてきた次の佐津という小駅にも、今の時期のみ停車して、指定席車から蟹ツアーの団体客らしき人々を下ろす。 晩秋の日本海側らしく、今にも降り出しそうな厚い雲の下、荒々しい日本海の海岸美を見ながら、はまかぜは終着を目指し、ゆっくり走る。山陽本線を快走したのと同じ列車とは思えない。時折現れる家々は、黒い瓦をどっしりと載せた、重厚な純日本家屋も多い。香住でまた客を降ろすと、次が終着駅、浜坂である。残っている乗客は僅かだが、ここにこの列車最大のハイライトである余部鉄橋が現れる。架け替えが決まってから、毎日大勢の人がカメラを持って餘部駅に降りるという。そのため、時期と列車によっては、単線の無人駅である餘部に、特急はまかぜも一部停車する。この列車は停車しないが、鉄橋の袂である餘部駅には、カメラを構えた人がいた。流石に11月下旬の平日だけあって、1人だけだったようである。 そして、最後の通過駅、山峡の寂しい久谷を通過すると、列車は終着浜坂だ。兵庫県内を3時間半も走ってきたのだから、兵庫県も広い。事実広い県であり、両端の青森と山口を別にすると、本州で唯一、二つの海を持っている。浜坂まで乗ってきた客は、大部分が地下道をくぐって改札口へ向かい、一部が反対ホームに1輛っきりで停まっていた、鳥取行の普通列車に乗り換える。姫路以東から鳥取へ行く客は、「スーパーはくと」を選ぶ筈なので、乗り継ぐ客は少ない。そして改札口を出れば、そこには同じ兵庫県でも、神戸とは全く異なる田舎町の鄙びた駅前風景が広がっている。
by railwaytrip
| 2007-11-27 09:36
| 近畿地方
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