特急くろしお・新大阪~太地

 紀伊半島は大きく、南紀は遠い。紀勢本線を全線乗ると、特急でもほぼ丸一日かかるので、例えば名古屋と大阪の移動の間にちょっと時間が余ったとしても、ちょっと程度では乗る時間が取れない。今日の私は夕方4時に和歌山に用事があるが、それまでは空いている。そこで、新大阪7時35分発の特急くろしお1号に乗り、ひとまず太地まで行ってみることにする。ちなみにこの時間に新幹線で名古屋へ行って紀勢本線を一回りして和歌山に行くのは、もう私の場合、無理である。

e0028292_7382155.jpg 平日だし、始発の新大阪からなら空いているだろうと思って指定券は取っていない。空いている時は、自由席で景色の見やすい席を選んだ方がいい。結果的にそれで問題なかったが、ただ自由席は2輛しかなく、しかもそのうち1輛は喫煙車であった。つまり禁煙の自由席は1輛しかないわけで、今の時代、これはいくら何でもと思うが、そこはやはり喫煙に寛容な関西だ。実際、喫煙車はガラガラで殆ど客がいない。禁煙車でも3割程度であろうか。いずれにしても、今日は空いているので問題ないが、混む時は要注意だろう。とにかく、海の見える進行右側の窓の広い席を確保した。

 列車は国鉄時代からの381系6輛編成で、これは確か振子電車のかなり初期のタイプではないかと思う。とにかく国鉄特急の面影を残す車輛はだいぶ少数派になってきた。発車すると、汽笛一斉のチャイムが鳴る。これを聞く機会もめっきり減ってきた。

 新大阪を出ると、普通に東海道本線を下り、淀川鉄橋を渡る。乗り慣れた区間である。しかし大阪が近づくと貨物線に入り、大阪駅はかすめず、阪急中津駅の近くを通る。かつて稀少価値のあったこのルートも、今は関空特急など本数が増えたので、乗ったという人も多いだろう。私も初めてではないが、それでもあまり乗る機会がないので、つい車窓をしっかり観察してしまう。そして環状線の福島駅のあたりで通常の旅客線と合流し、環状線の急行線のような感じになり、福島と野田はホームをかすめず通過する。しかし実はこの区間の貨物線は単線で、ダイヤ上の制約が大きいらしい。折から朝のラッシュ時でもあり、特急とはいえのろのろ運転が続き、環状線に抜かれたりする。こちらは空いた車内で朝食を食べながらののんびり旅行なので良いが、急いでいるからと特急券を買って乗った客の中にはイライラしている人もいるかもしれない。

 西九条では環状線外回りと平面交差して内回り線に入るのだが、案の定、手前で停まってしまった。結構長く感じられたが2分ぐらいだっただろうか。先にオレンジ色の環状線内回り電車が出てから、こちらも発車。その後を追うので相変わらずスピードが出ないが、おかげで大阪市内西部の下町の様子をゆっくり眺めることができて、悪くない。

e0028292_739710.jpg 最初の停車駅は天王寺で、ここは下の関西本線・環状線のホームに入る。7時59分着で、新大阪から24分かかっている。この区間は各駅停車だと、新大阪~大阪が5分、大阪~天王寺が19分が標準のようなので、実質はそれと同じスピードということになる。しかしそれ以上に遅く、時間がかかったような錯覚を覚える。その天王寺は、かつては紀勢本線方面への全ての列車の始発駅だった駅であり、今もここでの乗車が新大阪よりは多い。1輛だけの禁煙自由席車は、ここで8割近い乗車率になった。

 天王寺から美章園までは、下のホームから高架の阪和線に上がる連絡線を通る。この連絡線が最近複線化されたらしく、快速なども環状線へ多数直通するようになったようだ。そして昔から高架の美章園を通過。高架も古くなってくるとこうも味わいが出るのかというような駅とその周辺である。少し前までの阪和線は、高架はここだけで、この先、地上に下りると踏切の連続であったが、最近、我孫子町の先まで高架化された。その昔、一時期よく乗った区間なので、鶴ヶ丘のシャープ工場の池のほとりを走る風景など、実に懐かしいのだが、高架になると雰囲気が一変してしまう。その代わり、高いところを走るので、昔は見えなかった風景も見える。列車は阪和線に入ってもラッシュ時の過密ダイヤのため、のろのろ運転が続く。おかげでこのあたりの大阪南部の下町風景がゆっくり観察できるのは有難い。我孫子町を過ぎて地平に下り、最初の踏切があり、待避駅の杉本町で各停を追い抜く。

 各停を抜いても一向にスピードは上がらず、ゆっくりと大和川を渡り、大阪市から堺市へ。このあたりも高層マンションが増えたが、それ以外は昔と余り変わっていない感じがする。三国ヶ丘から百舌鳥の一駅間は、右手にほぼ仁徳天皇稜が続き、知っていればこれだとわかる程度だが、やはり世界最大の古墳だけあってほぼ一駅続くのは凄いと思う。次の待避駅である上野芝では追い越しがなく、結局殆どスピードが上がらないまま、2つ目の停車駅、鳳に着いた。複線の阪和線でラッシュ時とあれば、これも仕方ないのだろう。それにしても鳳は、駅こそ大きいが格別の街があるわけでもなく、昔は特急停車など考えられない駅であった。しかも乗降客は僅かである。もっとも朝ラッシュ時のダイヤであれば、もっと沢山の駅に停めてあげても所要時間は変わらないとは言えるのだが。

 鳳でも普通を抜いたが、その後もスピードは大して上がらず、やっと特急らしい速度になったのは、東岸和田で快速を抜いてからであった。この快速が天王寺からずっと前を走っていたのだろう。そしてそのあたりから徐々に農地や新興住宅が目立つようになり、関空への新線が分かれる日根野を過ぎるとやや鄙びてくる。特に山中渓の前後は、かなりの山岳区間となり、府県境のサミットを隧道で越えると左手に和歌山平野が広がる絶景がある。このあたりが阪和間のハイライトだ。

 和歌山では予想通り、ビジネスマンなどがかなり下車する。だが他方で乗ってくる客もいて、結果、多少空いたかなという程度である。一昔前なら、和歌山まで特急に乗るなど贅沢な話だったが、今は大阪市内の企業が和歌山市へ出張の場合でも、特急料金が支給されるのだろうか。

 この旅は、和歌山を境に、手前は都会、先は田舎、と言っても良い。手前はとにかく列車本数が多く、貨物線や渡り線を通ったりという鉄道自体の楽しさがあるし、阪和線には東京では見られなくなった103系などの電車がまだまだ走っているので、これまた面白い。和歌山を過ぎると、そういった面での楽しさがなくなる代わり、紀州の青い海と自然をのんびりと味わえるし、通過する駅や町も鄙びてくる。この両面をたっぷり楽しめるこの旅は、考えようによってはかなり贅沢だと思う。それでも最初の停車駅、海南は、数年前に都会的な高架駅に変わってしまった。ここでもビジネスマンが結構降りる。

 和歌山から乗り込んできた車内販売が回ってくる。ちなみに新大阪から和歌山までは、車内販売がない。そういった事は、乗る前にはわからない。私は念の為、新大阪の売店でサンドイッチとコーヒーを買って乗り込んだのだが、正解であった。そうでなければ、朝食抜き状態で和歌山の先まで待つのが辛かったかもしれない。コーヒーだけ買う。今の時代、車内販売のコーヒー300円は相対的に高いと思うが、車内販売も利用者が減ればどんどん廃止されてしまうだろうから、できれば少しでも利用してあげたい。無ければ無いで不便だし、とにかくコーヒーを飲みながらゆったりと車窓風景を眺めるのは格別の気分である。

 和歌山から御坊までの区間は、まだ普通列車の本数も多い、いわば近郊区間で、この間の特急は、ノンストップのタイプと、快速並みに停まるタイプがある。このくろしお1号はその中間で、海南だけ停まり、その後は御坊までノンストップで、箕島や湯浅は通過する。加茂郷の手前で最初の海が見え、その先、下津あたりの右手は大規模な石油化学コンビナートが続く。振子特急は揺れながらもどんどんと駅を通過し、箕島で普通列車を追い抜き、湯浅の古い町を抜け、名前に反して海の見えない新駅、広川ビーチなども過ぎ、あっという間に御坊に着いた。紀州鉄道の小さなディーゼルカーがいるかなと思ったが、見えなかった。御坊は駅と市街地が離れており、その間を連絡するミニ私鉄が紀州鉄道で、大赤字には違いないが、不動産会社の経営なので、残しているということらしい。

 沿線の風景は、これといって活気は感じられない。和歌山以南は全般には過疎化・高齢化もかなり進んでいるだろう。しかし今日のように天気が良いと、この南国は旅行者に対して、明るく平和で穏やかな印象を残ってくれる。またノンストップでひとっ走り、小駅を次々と通過して、後半は海辺を走る所もあり、そして次が紀伊田辺。観光駅としては、白浜、串本、紀伊勝浦などが著名だが、都市としてはここが南紀最大で、ビジネスや所用と思われる客がかなり下車し、空いてくる。

 紀伊田辺からは普通電車の本数も減り、単線になる。しかし特急には最終の1本を除いて紀伊田辺止まりはなく、少なくとももうあと10分の次の白浜までは足を伸ばす。その白浜だが、季節外れなのか、乗降客は少なかったし、降りた客も観光客っぽくなかった。駅自体、内陸にあって海は見えない。著名観光地の凋落が言われて久しいが、昔を知らないので何とも言えないものの、車窓から見る限りの白浜駅前は、そこそこ活気は残っているように思われた。

 白浜から先はカーヴも多く、海に山が迫ってきて、高速走行には不適な線形だ。それだけにいちはやく振子電車が導入された区間でもある。海が見えたと思うとすぐ隧道に入る。列車のスピードが遅くないことも相まって、たっぷりと海を眺めさせてくれる区間は少ない。左手は概ね山で、時に農地が開けたり蜜柑畑があったりする。特に周参見から串本までは、大体そんな感じであった。

e0028292_7401998.jpg 本州最南端の駅が串本である。串本の手前でぐるりとカーヴをし、北東へと進路を変えるので、そのカーヴのあたりが本州最南端の線路ということになる。串本を出ると、右手に海に面した串本の街を眺めながら走り、街を抜けたかと思う頃に、海の上に沢山の岩がにょきにょきと見えてくる。これが串本名物の橋杭岩で、観光地になっているが、間には国道があり、ガソリンスタンドなどもあって、車窓からの風景としては超一級とは言えない。その向こうに見える陸地は大島であろう。だが紀勢本線の魅力は、そういった点の観光名所よりも、複雑な地形の海岸線に沿って海をちらりと見てはすぐ隧道に入る、その繰り返しの車窓風情ではないかと思う。そうしているうちに、今は合併で串本町の一部になった、旧古座町の中心駅、古座に停車する。小さな駅で、下車客も殆どいない。新大阪行のスーパーくろしお16号と行き違う(写真左上)。あちらもガラガラである。和歌山に向かって段々乗客が増えるので、このあたりでは仕方ないであろう。


e0028292_7412552.jpge0028292_741479.jpg


 その先も一ヶ所、かなりの長さで海に沿う景色の良い所がある。そして次が下車駅の太地である。新大阪から3時間54分、結構な乗車時間であった。駅は町の中心からかなり離れた寂しい所にあり、特急停車駅なのに単線である。乗ってきた列車は数名の客を降ろすとすぐ発車し、カーヴの先の隧道に消えていった。それを見送ってから階段を下りて改札へ向かったが、無人駅であった。


e0028292_743050.jpge0028292_7431258.jpg


 太地といえば、言うまでもなく捕鯨で有名である。合併を免れて太地町として残った結果、和歌山県で最小面積の自治体なのだそうだ。駅が町外れにある証拠に、駅前の国道を歩いて2分も行くと、紀伊勝浦町に入ってしまう。折角の鯨の町だが、駅のあたりは海の香りもしない。しかし流石に南紀で、11月とは思えない強い日差しで、ポカポカと暖かかった。駅舎は特に風情もない平凡なもので、売店もなく、自動券売機が一台だけある。勿論かつては駅員がいたのであろうが、今やこのあたりの普通列車はワンマンが主流だし、これで十分な程度の乗降客数なのであろう。ホームへ戻り、下里方向を見ると、線路際にススキが沢山、風に揺れており、日差しはまだ強くとも秋も深いのだということが実感できた。
[PR]
by railwaytrip | 2008-11-16 11:29 | 近畿地方


<< スカイレール・みどり口~みどり中央 東武日光線・柳生駅 >>