山陽本線の瀬野駅は、かつては機関区を有する構内の広い駅であった。ここと次の八本松の間は「セノハチ」として知られる急勾配区間で、貨物列車などは補機をつけなければ上ることができなかったからである。明治以来、東海道・山陽本線全線で屈指の難所だったのだ。しかしここは広島に近く、今はベッドタウンとして人口が増加している。今の広島の人にとって、瀬野はそういう郊外の住宅地駅というイメージが強いと思われる。
いつの頃からか、大型時刻表の巻頭にある路線地図に、この瀬野から短い私鉄の路線が描かれているのに気づいていた。調べてみると、広島短距離交通瀬野線という路線で、通称スカイレールで通っている。開業は1998年で、路線長は僅か1.3km、途中に1駅がある。運賃は150円均一。JRの駅と住宅地を結ぶ新交通システムらしいということはわかったが、それにしてもたった1.3kmでは、普通なら歩いてしまう距離だ。果たして鉄道路線として経営が成り立つのだろうか。 広島から山陽本線の上り列車に乗り、瀬野駅で降りてみる。その昔、広い構内と機関区を有したこの駅も、だいぶ整理されたようで、ごく普通の小綺麗な途中駅になってしまっていて、かつての面影は殆ど消えている。駅もモダンな橋上駅で、東京でも都市郊外にはこんな駅が沢山ある。しかしここは地形的には山が迫っており、平地が少ない。 スカイレールのみどり口駅は、JRの橋上駅の改札を出て右(山側)へ行くと、そのままつながっている。雨の日も傘無しで乗り換えのできる、実質的な同一駅である。みどり口などという駅にするよりも、同じ瀬野にした方が、すんなり乗り換えられる印象を与えて良いと思うのだが、住宅開発会社側は、それよりも住宅地への入口という意味合いを強調したかったのだろうか。 僅か1.3kmに、こういう路線が何故必要か、それは来てみてわかった。駅からいきなり、かなりの急勾配なのである。1.3kmは、平地なら歩いても知れている。しかし、急坂の1.3kmとなると話は別だ。奈良県の生駒には、0.9kmの距離を走るケーブルカーがあって、通勤通学客を運んでいる。 構造を見ると、千葉や湘南のような、懸垂式モノレールのようである。しかし実際の車輛を見て驚いた。これはモノレールというよりは、スキー場にあるゴンドラではないか。ここまで行くと、これを鉄道と呼んでいいものかどうか、と思ってしまうが、日本の鉄道全線乗車を目指す人は、やはりこれにも乗らないといけないのであろう。実際、駅にはちゃんと時刻表があり、切符の自動販売機があり、150円を投じて切符を買うと、今度は自動改札がある。これはスキー場のゴンドラではなく、鉄道である。その自動改札に切符を入れると、回収されてしまった。全線2駅で均一運賃なので、乗車時に切符を回収して終わりらしい。 そのゴンドラのような車輛は、座席定員8名。ベンチのような椅子が、ゴンドラの中に向かい合わせにあり、4人ずつ座れる。立客用に吊革もある。平日の朝、通勤時間が終わる頃だったので、住宅地に向かうゴンドラに乗る人は少なく、私の他に若い女性が1人だけであった。この狭いゴンドラで、若い女性が見知らぬ人と二人だけで乗り合わせるのは、特に夜など、不安ではないだろうか。 発車すると、すぐ急勾配を上りはじめる。眺望そのものは素晴らしいが、眺められるのは山の中の新興住宅地である。そして2分ほどすると、唯一の中間駅、みどり中街駅である。おりからみどり中央からの列車(鉄道的には上り列車になるのだろうが、坂を下る列車)もやってきた。日中は15分間隔で、両方の駅を同時発車なので、この中間駅あたりですれ違うことになる。ちなみに全区間複線である。ケーブルカーのように単線にして、中間駅で行き違いの交換にしても十分なような気もするが、複線にしておけば、この小さな車輛でも、続行運転によりかなりの人を運べるので、片輸送になりがちなこういう路線では、通勤通学時間には必要なのかもしれない。みどり中街では、みどり口行きの列車には4名ほど乗車していた。こちらは乗っていた若い女性はここで降りてしまい、私一人になった。 その先もさらに山を上ってゆき、下に瀬野駅を中心とした風景がパノラマで広がる。ケーブルカーと違うのは結構カーヴがあることだ。勾配緩和の役割もあるのかもしれない。そしてほどなく終点のみどり中央に着いた。所要時間は5分。 みどり中央というからには、大規模な住宅団地の中心地として、駅の周りに商店とか郵便局ぐらいはあってもよさそうだし、何となくそんな所を想像していた。東京郊外の何とか団地というバスターミナルは、団地用の商店が集まっているような所も多い。しかしここは、普通の住宅地の中にポツンと駅施設が存在するだけで、店一軒となかった。写真左下はこの駅の下からの眺めである。帰りは下り坂なので歩いて戻っても知れているだろうと思ったが、ただの新興住宅ばかりの中を歩くのはあまり面白くないので、また乗って戻った。戻る列車は、みどり中央から男性が1名だけで、途中のみどり中街では乗降客はなかった。そのみどり中街付近ですれちがった列車(写真右下)は乗客ゼロであった。 朝夕の通勤通学時間帯は活況を呈しているのかもしれない。しかし、純然たる住宅地への足ということで、日中は座席8人の小型車輛ですら空気輸送の状態である。何となく、2006年に廃止された桃花台新交通を思い出さずにはいられなかった。そして最後に、車輛とか列車と記述したものの、実際にはそういった用語を使うにも違和感があることを付け加えておく。
by railwaytrip
| 2008-11-19 10:30
| 中国・四国地方
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