紀伊半島は大きく、南紀は遠い。紀勢本線を全線乗ると、特急でもほぼ丸一日かかるので、例えば名古屋と大阪の移動の間にちょっと時間が余ったとしても、ちょっと程度では乗る時間が取れない。今日の私は夕方4時に和歌山に用事があるが、それまでは空いている。そこで、新大阪7時35分発の特急くろしお1号に乗り、ひとまず太地まで行ってみることにする。ちなみにこの時間に新幹線で名古屋へ行って紀勢本線を一回りして和歌山に行くのは、もう私の場合、無理である。
平日だし、始発の新大阪からなら空いているだろうと思って指定券は取っていない。空いている時は、自由席で景色の見やすい席を選んだ方がいい。結果的にそれで問題なかったが、ただ自由席は2輛しかなく、しかもそのうち1輛は喫煙車であった。つまり禁煙の自由席は1輛しかないわけで、今の時代、これはいくら何でもと思うが、そこはやはり喫煙に寛容な関西だ。実際、喫煙車はガラガラで殆ど客がいない。禁煙車でも3割程度であろうか。いずれにしても、今日は空いているので問題ないが、混む時は要注意だろう。とにかく、海の見える進行右側の窓の広い席を確保した。列車は国鉄時代からの381系6輛編成で、これは確か振子電車のかなり初期のタイプではないかと思う。とにかく国鉄特急の面影を残す車輛はだいぶ少数派になってきた。発車すると、汽笛一斉のチャイムが鳴る。これを聞く機会もめっきり減ってきた。 新大阪を出ると、普通に東海道本線を下り、淀川鉄橋を渡る。乗り慣れた区間である。しかし大阪が近づくと貨物線に入り、大阪駅はかすめず、阪急中津駅の近くを通る。かつて稀少価値のあったこのルートも、今は関空特急など本数が増えたので、乗ったという人も多いだろう。私も初めてではないが、それでもあまり乗る機会がないので、つい車窓をしっかり観察してしまう。そして環状線の福島駅のあたりで通常の旅客線と合流し、環状線の急行線のような感じになり、福島と野田はホームをかすめず通過する。しかし実はこの区間の貨物線は単線で、ダイヤ上の制約が大きいらしい。折から朝のラッシュ時でもあり、特急とはいえのろのろ運転が続き、環状線に抜かれたりする。こちらは空いた車内で朝食を食べながらののんびり旅行なので良いが、急いでいるからと特急券を買って乗った客の中にはイライラしている人もいるかもしれない。 西九条では環状線外回りと平面交差して内回り線に入るのだが、案の定、手前で停まってしまった。結構長く感じられたが2分ぐらいだっただろうか。先にオレンジ色の環状線内回り電車が出てから、こちらも発車。その後を追うので相変わらずスピードが出ないが、おかげで大阪市内西部の下町の様子をゆっくり眺めることができて、悪くない。 最初の停車駅は天王寺で、ここは下の関西本線・環状線のホームに入る。7時59分着で、新大阪から24分かかっている。この区間は各駅停車だと、新大阪~大阪が5分、大阪~天王寺が19分が標準のようなので、実質はそれと同じスピードということになる。しかしそれ以上に遅く、時間がかかったような錯覚を覚える。その天王寺は、かつては紀勢本線方面への全ての列車の始発駅だった駅であり、今もここでの乗車が新大阪よりは多い。1輛だけの禁煙自由席車は、ここで8割近い乗車率になった。天王寺から美章園までは、下のホームから高架の阪和線に上がる連絡線を通る。この連絡線が最近複線化されたらしく、快速なども環状線へ多数直通するようになったようだ。そして昔から高架の美章園を通過。高架も古くなってくるとこうも味わいが出るのかというような駅とその周辺である。少し前までの阪和線は、高架はここだけで、この先、地上に下りると踏切の連続であったが、最近、我孫子町の先まで高架化された。その昔、一時期よく乗った区間なので、鶴ヶ丘のシャープ工場の池のほとりを走る風景など、実に懐かしいのだが、高架になると雰囲気が一変してしまう。その代わり、高いところを走るので、昔は見えなかった風景も見える。列車は阪和線に入ってもラッシュ時の過密ダイヤのため、のろのろ運転が続く。おかげでこのあたりの大阪南部の下町風景がゆっくり観察できるのは有難い。我孫子町を過ぎて地平に下り、最初の踏切があり、待避駅の杉本町で各停を追い抜く。 各停を抜いても一向にスピードは上がらず、ゆっくりと大和川を渡り、大阪市から堺市へ。このあたりも高層マンションが増えたが、それ以外は昔と余り変わっていない感じがする。三国ヶ丘から百舌鳥の一駅間は、右手にほぼ仁徳天皇稜が続き、知っていればこれだとわかる程度だが、やはり世界最大の古墳だけあってほぼ一駅続くのは凄いと思う。次の待避駅である上野芝では追い越しがなく、結局殆どスピードが上がらないまま、2つ目の停車駅、鳳に着いた。複線の阪和線でラッシュ時とあれば、これも仕方ないのだろう。それにしても鳳は、駅こそ大きいが格別の街があるわけでもなく、昔は特急停車など考えられない駅であった。しかも乗降客は僅かである。もっとも朝ラッシュ時のダイヤであれば、もっと沢山の駅に停めてあげても所要時間は変わらないとは言えるのだが。 鳳でも普通を抜いたが、その後もスピードは大して上がらず、やっと特急らしい速度になったのは、東岸和田で快速を抜いてからであった。この快速が天王寺からずっと前を走っていたのだろう。そしてそのあたりから徐々に農地や新興住宅が目立つようになり、関空への新線が分かれる日根野を過ぎるとやや鄙びてくる。特に山中渓の前後は、かなりの山岳区間となり、府県境のサミットを隧道で越えると左手に和歌山平野が広がる絶景がある。このあたりが阪和間のハイライトだ。 和歌山では予想通り、ビジネスマンなどがかなり下車する。だが他方で乗ってくる客もいて、結果、多少空いたかなという程度である。一昔前なら、和歌山まで特急に乗るなど贅沢な話だったが、今は大阪市内の企業が和歌山市へ出張の場合でも、特急料金が支給されるのだろうか。 この旅は、和歌山を境に、手前は都会、先は田舎、と言っても良い。手前はとにかく列車本数が多く、貨物線や渡り線を通ったりという鉄道自体の楽しさがあるし、阪和線には東京では見られなくなった103系などの電車がまだまだ走っているので、これまた面白い。和歌山を過ぎると、そういった面での楽しさがなくなる代わり、紀州の青い海と自然をのんびりと味わえるし、通過する駅や町も鄙びてくる。この両面をたっぷり楽しめるこの旅は、考えようによってはかなり贅沢だと思う。それでも最初の停車駅、海南は、数年前に都会的な高架駅に変わってしまった。ここでもビジネスマンが結構降りる。 和歌山から乗り込んできた車内販売が回ってくる。ちなみに新大阪から和歌山までは、車内販売がない。そういった事は、乗る前にはわからない。私は念の為、新大阪の売店でサンドイッチとコーヒーを買って乗り込んだのだが、正解であった。そうでなければ、朝食抜き状態で和歌山の先まで待つのが辛かったかもしれない。コーヒーだけ買う。今の時代、車内販売のコーヒー300円は相対的に高いと思うが、車内販売も利用者が減ればどんどん廃止されてしまうだろうから、できれば少しでも利用してあげたい。無ければ無いで不便だし、とにかくコーヒーを飲みながらゆったりと車窓風景を眺めるのは格別の気分である。 和歌山から御坊までの区間は、まだ普通列車の本数も多い、いわば近郊区間で、この間の特急は、ノンストップのタイプと、快速並みに停まるタイプがある。このくろしお1号はその中間で、海南だけ停まり、その後は御坊までノンストップで、箕島や湯浅は通過する。加茂郷の手前で最初の海が見え、その先、下津あたりの右手は大規模な石油化学コンビナートが続く。振子特急は揺れながらもどんどんと駅を通過し、箕島で普通列車を追い抜き、湯浅の古い町を抜け、名前に反して海の見えない新駅、広川ビーチなども過ぎ、あっという間に御坊に着いた。紀州鉄道の小さなディーゼルカーがいるかなと思ったが、見えなかった。御坊は駅と市街地が離れており、その間を連絡するミニ私鉄が紀州鉄道で、大赤字には違いないが、不動産会社の経営なので、残しているということらしい。 沿線の風景は、これといって活気は感じられない。和歌山以南は全般には過疎化・高齢化もかなり進んでいるだろう。しかし今日のように天気が良いと、この南国は旅行者に対して、明るく平和で穏やかな印象を残ってくれる。またノンストップでひとっ走り、小駅を次々と通過して、後半は海辺を走る所もあり、そして次が紀伊田辺。観光駅としては、白浜、串本、紀伊勝浦などが著名だが、都市としてはここが南紀最大で、ビジネスや所用と思われる客がかなり下車し、空いてくる。 紀伊田辺からは普通電車の本数も減り、単線になる。しかし特急には最終の1本を除いて紀伊田辺止まりはなく、少なくとももうあと10分の次の白浜までは足を伸ばす。その白浜だが、季節外れなのか、乗降客は少なかったし、降りた客も観光客っぽくなかった。駅自体、内陸にあって海は見えない。著名観光地の凋落が言われて久しいが、昔を知らないので何とも言えないものの、車窓から見る限りの白浜駅前は、そこそこ活気は残っているように思われた。 白浜から先はカーヴも多く、海に山が迫ってきて、高速走行には不適な線形だ。それだけにいちはやく振子電車が導入された区間でもある。海が見えたと思うとすぐ隧道に入る。列車のスピードが遅くないことも相まって、たっぷりと海を眺めさせてくれる区間は少ない。左手は概ね山で、時に農地が開けたり蜜柑畑があったりする。特に周参見から串本までは、大体そんな感じであった。 本州最南端の駅が串本である。串本の手前でぐるりとカーヴをし、北東へと進路を変えるので、そのカーヴのあたりが本州最南端の線路ということになる。串本を出ると、右手に海に面した串本の街を眺めながら走り、街を抜けたかと思う頃に、海の上に沢山の岩がにょきにょきと見えてくる。これが串本名物の橋杭岩で、観光地になっているが、間には国道があり、ガソリンスタンドなどもあって、車窓からの風景としては超一級とは言えない。その向こうに見える陸地は大島であろう。だが紀勢本線の魅力は、そういった点の観光名所よりも、複雑な地形の海岸線に沿って海をちらりと見てはすぐ隧道に入る、その繰り返しの車窓風情ではないかと思う。そうしているうちに、今は合併で串本町の一部になった、旧古座町の中心駅、古座に停車する。小さな駅で、下車客も殆どいない。新大阪行のスーパーくろしお16号と行き違う(写真左上)。あちらもガラガラである。和歌山に向かって段々乗客が増えるので、このあたりでは仕方ないであろう。![]() ![]() その先も一ヶ所、かなりの長さで海に沿う景色の良い所がある。そして次が下車駅の太地である。新大阪から3時間54分、結構な乗車時間であった。駅は町の中心からかなり離れた寂しい所にあり、特急停車駅なのに単線である。乗ってきた列車は数名の客を降ろすとすぐ発車し、カーヴの先の隧道に消えていった。それを見送ってから階段を下りて改札へ向かったが、無人駅であった。 ![]() ![]() 太地といえば、言うまでもなく捕鯨で有名である。合併を免れて太地町として残った結果、和歌山県で最小面積の自治体なのだそうだ。駅が町外れにある証拠に、駅前の国道を歩いて2分も行くと、紀伊勝浦町に入ってしまう。折角の鯨の町だが、駅のあたりは海の香りもしない。しかし流石に南紀で、11月とは思えない強い日差しで、ポカポカと暖かかった。駅舎は特に風情もない平凡なもので、売店もなく、自動券売機が一台だけある。勿論かつては駅員がいたのであろうが、今やこのあたりの普通列車はワンマンが主流だし、これで十分な程度の乗降客数なのであろう。ホームへ戻り、下里方向を見ると、線路際にススキが沢山、風に揺れており、日差しはまだ強くとも秋も深いのだということが実感できた。 特急「はまかぜ」は、阪神地方と、蟹の名産地、日本海側の北但地方とを結ぶ特急の一つだ。京阪神からこの地方へのメインルートは山陰本線か福知山線であろうが、はまかぜは、姫路から播但線というローカル線を経由する特急だ。播但線の北半分が非電化ということもあり、キハ181という一昔前の国鉄型のディーゼル特急が未だに活躍している。同じく関西と山陰地方を結ぶディーゼル特急としては、第三セクターの智頭急行経由もある。あちらはモダンな新型特急が活躍している。このような一時代前の車輛による特急列車が今も頑張って走っていると、乗ってみたくなる。いつまで持つか、という気持ちもあり、早く乗っておかねばと、気も焦る。
福知山線や智頭急行の特急は、新幹線連絡等の理由でか、京都や新大阪が始発だが、このはまかぜは、大阪始発である。姫路まで在来線を山陽新幹線と並行して走るので、新幹線からの乗り継ぎ客は姫路で拾えばいいという考えなのだろうか。ともあれ大阪始発の特急というのが、新幹線以前の時代を連想させてくれる。 大阪駅の発車は、環状線の隣の3・4番ホームである。昔はここが1・2番ホームで、環状線には番線がなかった。発車20分前に行ってみると、4番線には大阪始発の篠山口行き快速が発車を待っていた。はまかぜはこの列車が出た後に入る。自由席の乗車位置にはごく短い列ができているものの、混雑とは程遠いと思われる。これなら並ぶ必要もないかなと思っていると、3番線に京都始発の特急「スーパーはくと」が入ってきて、僅かな停車時間で慌しく発車していった。あの列車ははまかぜが浜坂に着くよりもずっと早く、それより遠い倉吉に着く。続いて篠山口行も発車。 ![]() ![]() それからほどなく、4番線に、気動車独特の重いうなりとともに、181系気動車5輛の特急「はまかぜ1号」が入線。始発駅なので、発車10分前には乗車できる。今や新幹線の東京駅など、始発でも3分前ぐらいにならないと乗車できない列車も多いので、10分も前から乗り込んで発車を待つ機会は案外珍しい。こういう始発駅での発車待ちは、段々混んでくるのが落ち着かない気分にさせるものだが、今日のはまかぜは空いていて、この10分に乗り込んでくる客も僅か。定刻9時36分に発車した時点で自由席の乗車率は2割にも満たない。閑散期の平日ではあるが、蟹の季節だし、もう少しお客がいるかと思ったが、思いのほか寂しい。 発車するとすぐ、これまた昔懐かしい国鉄時代のオルゴールが鳴り、車掌が停車駅などの案内放送を始めた。しかし少ししゃべったかと思うと「鉄橋を渡りますので、案内を一時中断させていただきます」と放送があり、列車は淀川鉄橋を渡る。この気動車は騒音が大きいので、鉄橋を渡る時は放送をしても聞こえないから中断するということらしいが、こんな経験は初めてだ。国鉄時代はもっとうるさい列車が山ほど走っていたが、こんなことはなかった。 鉄橋を渡り終わると車内放送が再開され、塚本を通過するあたりでそれも終わり、またオルゴールが鳴る。次に神崎川を渡る。大阪からここまで、5分程度だが、この川を渡ると早くも兵庫県に入る。そしてこの特急はまかぜ1号は、ここから先、終着までの3時間半、ずっと兵庫県内を走るのである。そうか、大阪発車時の乗車率が低いことは、問題ではないのかもしれない、と思い直す。蟹を食べに行くグルメ大阪人だけがこの列車の乗客ではない。これは兵庫県内のビジネス特急でもあり、兵庫県北部の人にとっては、県庁所在地神戸と乗り換えなしに行き来できる貴重な列車でもあるのだ。 この列車は、大阪から姫路まで、三ノ宮、神戸、明石、加古川に停車して、1時間4分かかる。同じ区間を新快速は、加えて尼崎、芦屋、西明石にも停車して、日中は1時間1分で走る。さきほどのスーパーはくとは、同じ気動車ながら、三ノ宮と明石だけの停車で59分と、かろうじて特急の面目躍如だが、国鉄型気動車のはまかぜは、残念ながらそれらに負けている。新快速が頻繁に走っているのだから、この列車も神戸や加古川に停車する必要はないように思うが、もしかするとここが、兵庫県内ビジネス特急としての役割が濃いはまかぜならではの、「スーパーはくと」と異なる需要を押さえているのかもしれない。 そんな事を考えながら、乗り慣れた阪神間の景色をぼんやり眺める。同じ区間でも、新快速とは気分が違い、車窓の景色まで違ってみえる。列車の走りっぷりは思ったよりも軽快だ。この区間は他の新型の車輛と競うべく、全速力で走らないといけないので、老兵キハ181は、もっと必死でうなりながら走ってくれるかと思ったが、さほどでもない。加速時以外は案外静かだし、乗り心地も悪くない。 三ノ宮である程度の乗客があり、神戸、明石でも少しずつ乗車する人がいるが、明石では早くも降りる人がいる。この時間、新快速は混んでいるので、所要時間のメリットがなくても、特急料金を払ってガラガラの特急で楽をする人がいるのだろう。加古川は殆ど動きなし、そして高架化工事の進む姫路に着く。姫路は山陽線は既に高架化が完了しているが、播但線ホームはまだ地平である。この列車は一旦山陽線の高架に上がったあと、姫路の手前でガタガタとポイントを渡って、地平の播但線用31番ホームに下りていって停まる。 姫路では列車の進行方向が変わることもあって、8分も停車する。ここでの乗車が案外多く、姫路発車時点での自由席の乗車率は7割ぐらいになった。姫路を出ると、単線の播但線に入り、スピードが落ちたのに揺れは激しくなる。けれども沿線は住宅などが建て込んでおり、なかなか田舎の景色にならない。その昔、このはまかぜは、播但線内はノンストップだったと思うが、今はいくつもの駅に停まる。けれども線内の乗降客は少ない。乗客層は、観光客と用務客が半々といったところだろうか。若いグループも、多くはないが、散見される。 電化区間が終わる寺前を過ぎると、住宅が途絶え、山深くなる。路線図だけを見ていると、和田山まであとわずかの駅数なのに、何故全線電化しなかったのかと思ってしまうが、乗ってみると、寺前を境に姫路寄りは都市近郊路線、和田山寄りはローカル線であることが、車窓風景に感じられる。けれども、寺前以北の沿線には、全線電化を請願する看板が目立つようになる。「複線電化」「播但線高速化」「全線電化は但馬の願い」などに混じって、「播但線を乗って守ろう」というのもあり、驚かされる。電化区間から漏れた北半分の区間では廃止の危惧があるのだろうか。 銀山で知られる生野を過ぎ、竹田城址を見ながら山峡を進むと、土地が開け、右から山陰線が合流してきて和田山に着き、多少の下車客がある。煉瓦造りの古い扇形機関庫が見える。大阪からここまで、153.6キロ。これが福知山線経由だと、144.7キロなので、若干遠回りだが、極端な差ではない。ここから山陰線に入り、八鹿、江原(写真左)と、中小の町に停まるたびに用務客が少しずつ下車していく。神戸や姫路からの客と思われ、まさに兵庫県内ビジネス特急である。そして但馬最大の町、豊岡では、まとまった数の下車客があり、車内は再び寂しくなった。自動改札などなく、列車到着に合わせて改札口に駅員が立ち、下車客を迎える。地方にも自動改札が広がりつつある今日、一昔前までどこでも見られたこの光景も、新鮮に見えてくる。 右手に円山川の豊かな流れを見ながら、列車は続いて城崎温泉に停まる。今度は観光客を中心に、また多くの下車客がある。この駅はつい最近まで、ただの「城崎」であった。駅名に温泉をつける改称は、ブームの如く全国で見られるが、あくまで知名度の低い二流の温泉地がやることと思っていた。有名な温泉地、例えば登別、熱海、別府などは、決してこういう改称をしない。城崎も著名な温泉だから、まさかと思っていたが、最近改称されてしまった。山陰本線の東側の電化区間はここまでである。そのため、京都や大阪からの電車特急は、ここが終点で、この先は一部のディーゼル特急のみとなり、本数が減り、ローカル線らしくなる。竹野停車に続いて、日本海が見えてきた次の佐津という小駅にも、今の時期のみ停車して、指定席車から蟹ツアーの団体客らしき人々を下ろす。 ![]() ![]() 晩秋の日本海側らしく、今にも降り出しそうな厚い雲の下、荒々しい日本海の海岸美を見ながら、はまかぜは終着を目指し、ゆっくり走る。山陽本線を快走したのと同じ列車とは思えない。時折現れる家々は、黒い瓦をどっしりと載せた、重厚な純日本家屋も多い。香住でまた客を降ろすと、次が終着駅、浜坂である。残っている乗客は僅かだが、ここにこの列車最大のハイライトである余部鉄橋が現れる。架け替えが決まってから、毎日大勢の人がカメラを持って餘部駅に降りるという。そのため、時期と列車によっては、単線の無人駅である餘部に、特急はまかぜも一部停車する。この列車は停車しないが、鉄橋の袂である餘部駅には、カメラを構えた人がいた。流石に11月下旬の平日だけあって、1人だけだったようである。 ![]() ![]() そして、最後の通過駅、山峡の寂しい久谷を通過すると、列車は終着浜坂だ。兵庫県内を3時間半も走ってきたのだから、兵庫県も広い。事実広い県であり、両端の青森と山口を別にすると、本州で唯一、二つの海を持っている。浜坂まで乗ってきた客は、大部分が地下道をくぐって改札口へ向かい、一部が反対ホームに1輛っきりで停まっていた、鳥取行の普通列車に乗り換える。姫路以東から鳥取へ行く客は、「スーパーはくと」を選ぶ筈なので、乗り継ぐ客は少ない。そして改札口を出れば、そこには同じ兵庫県でも、神戸とは全く異なる田舎町の鄙びた駅前風景が広がっている。 大阪府から隣の府県へ行く境界越え区間には、大都市近郊であることを忘れさせてくれるような鄙びた山越え区間があって、ポツンと小さな駅がある所が多い。京阪間の山崎も、ややその気配が漂うが、一番顕著なのは阪和間で、JR阪和線の山中渓と、ここ南海本線の孝子が、横綱級ではないかと思う。
大阪難波から南下する南海本線は、多くの町、多くの駅を経て、大阪府南端のみさき公園まで来る。路線図だけを見ていると、和歌山市まであとたった3駅しかないので、全列車が和歌山市まで行ってもいいのではと思ってしまう。しかし、列車本数はここでかなり減り、この先、日中は、優等列車と各駅停車がそれぞれ日中毎時2本ずつの運転となる。途中の孝子と紀ノ川は、各駅停車しか停まらないが、和歌山市に近い紀ノ川には、他に加太線の列車もある。そうすると、取り残されたここ孝子が唯一、本当に30分に1本しか列車が停まらない駅なのである。 ここは大阪府岬町に属する。大阪側から来ると、峠のすぐ手前になる。孝子を出た列車は間もなく和泉と紀伊の国境超えの孝子隧道に入り、出ると紀ノ川の流れる和歌山平野へと下っていく。国道26号線が線路と並行しており、孝子の駅前も通っている。国道を行く車の多さのせいか、とりたてて寂しい感じはしない。 ![]() ![]() 駅は無人化されており、自動改札がある。駅舎は上りホームの前方にある。小さいが、特に趣のある建物ではない。下りホームとの行き来は、今や都市部では珍しくなった構内踏切で結ばれている。下りホームに、年代ものの小さな木造の待合所があり、それ以外の部分には屋根もない。上りホームは短い屋根があるが、和歌山方の大部分は上下とも屋根もなく、大雨の日に知らずに降りてしまうと、改札口までの間に相当濡れてしまうだろう。駅名標は新旧さまざまなタイプが見られるが、駅舎に近い側には相当レトロなものが残っていて、味わい深い。 ![]() ![]() 乗降客は、というと、少ないが、ゼロというわけではない。けれども30分に1本でも、一列車数名という感じで、列車本数を増やす必要も、急行をこの区間だけ各駅停車にする必要もなさそうだ。改札を出て国道を渡ると、その向こうには集落があるが(写真左下)、規模は小さい。昔ながらの家が多く、この駅周辺には宅地開発の波も及んでいないようである。山が迫っているが、多少の平地に水田もあったりする。 ![]() ![]() それでも、通過列車も含めれば、それなりに列車本数は多く、長い編成の列車がしばしば行き交う。初めて訪問した者としては、待っている間も退屈はしない。難波寄りから比べてみれば、相当なローカル駅だが、それでも流石は南海本線である。 私鉄らしからぬ長大幹線、近鉄大阪線。東半分は山岳地帯も多く、車窓の変化も楽しい。大阪上本町から奈良盆地南部を貫き、大和三山を眺めて桜井を過ぎるとやがて山峡に入る。知らなければもはや大阪の通勤圏も果てたかと思える。榛原を過ぎ、一駅の距離が俄然長くなるあたりでは、急行なども各駅停車になる。だが、その先、三重県に入ったあたりに名張、桔梗が丘といった住宅地があり、かなりの人が大阪まで通勤しているという。
そういう日常利用者も、そしてたまに乗る人も、恐らく下車したことのある人は珍しいと思われる駅の代表が、奈良県最後の駅、三本松ではないかと思う。このあたり、急行は各駅停車になっているが、そのひとつ上の区間快速急行というのが、榛原以東では三本松のみ通過している。こういう駅があると、どういうところであろうかと、気になってしまう。車窓から見ても人家も少ない山峡にある小さな駅である。 通るたびに気になっていたが、このたび桔梗が丘へ行く途中に少し時間ができたので、途中下車をしてみた。 ![]() ![]() 三本松は、山の中腹にある相対ホームの駅である。進行左手は山、右手に谷が開けている。一番大阪寄りに構内踏切があり、小さな駅舎がある。するっと関西が導入されているので、自動改札機や自動精算機があり、駅員もいるが、下車した客は僅かであった。とはいえ、大都市近郊私鉄の水準としては少ないものの、下車そのものを駅員に珍しがられたり、奇異な目で見られたりするような田舎の駅ではない。休日にはハイキングの客も観光客もいるであろう。 ここは元々、隣の室生口大野とともに室生村であったが、2006年1月1日、榛原町その他との市町村合併で宇陀市となった。旧室生村の中心は、隣の室生口大野駅のある大野地区であろうか。 駅前には商店が1軒。あとはこれといって何もなく、狭い道を谷へと下りてゆくと、やがて国道に出る。この国道右手に道の駅宇陀路室生ができている。かつてこれが無い頃は、もっとひっそりした山村だったのだろう。道の駅のせいで、そこまで田舎という気がしなくなるが、周囲は田園が広がっている。 ![]() ![]() 橋がある。流れているのは宇陀川で、水は綺麗だ。大阪から1時間、やはり別天地である。この川は、何となくこれより奥の青山峠の方から流れてきているのかと勝手に思ってみたが、逆で、名張方面へ流れている。後で調べてみると、水源は榛原の南の大宇陀の山の中で、名張から名張川と名を変えて北上し、ぐるりと円弧を描いて今度は西へ向かい、月ヶ瀬、木津などを通って木津川とまた名を変え、田辺などを通って最後は樟葉のあたりで淀川に合流し、大阪湾に注いでいるのである。この上流には室生ダムがある。 このあたりから見る駅は、いかにも山肌にへばりついている感じで、その昔は難工事だったのかもしれない。この区間の開通は昭和5年で、当初より高速鉄道を想定していたため、ローカル線のように川の流れに沿って急カーヴを繰り返すような設計はしていないのであろう。 ![]() ![]() 駅に戻る。大阪方面から延々と走ってきた、青山町行の急行がやってきた。こんな山深い地なのに、乗客も結構乗っているし、お客の身なりが都会風なことで、田舎のローカル線とは違う、近鉄の大幹線であり、大阪への通勤路線でもあることを改めて思う。ここ三本松駅で見る限り、そのギャップが面白いと思う。
都会の中のローカル線として、近年知られつつある線区の一つが、通称汐見橋線。正式には南海高野線の一部区間なのだが、高野線の全ての列車が難波発着になって久しく、この区間は完全な枝線のようになっている。
私事に渡るが、私はその昔の1980年代の一時期、堺市内に住んでいたことがある。大阪市内からの帰宅ルートとしては、阪和線と南海高野線があり、場合により使い分けていた。高野線で帰る時は、当然、難波からの乗車が多かったが、たまに気分を変えて、わざわざこの線を選んで乗っていたものだ。その当時の記憶でも、夕方ラッシュ時でさえ空いていたように思うが、詳しいことは覚えていない。 しかし最近は、ますます乗客減が進んで、殆ど取り残されたようになっていると聞き、久しぶりに乗ってみることにした。南海沿線に行った後、心斎橋に用事があったのだが、岸里玉出から汐見橋へ、そしてそこからは心斎橋まで歩いてしまった。 まず、今はこの区間は30分に1本という少なさなので、時刻表を調べずに岸里玉出で乗り換えようとしても、えらく待たされる恐れがある。幸いなことに、数分後には発車ということがわかる。写真左下は、南海本線のホームから見た2輌編成の汐見橋線である。 ![]() ![]() 乗り換えてみると、案の定というか、ガラガラで、2輛の乗客は10人程度。発車してみればどうということなく、複線の普通の線路で、沿線も住宅が密集している。最初の駅、西天下茶屋で早くも数名が降りる。次の津守では、一人の初老のおじさんが乗ってきたが、その人はその次の木津川で降りてしまった。木津川(写真右上)は、この線でも最も利用者が少ない、都会の中のローカル駅としてマニアに知られつつあり、私も次は降りてみたいと思っている。しかしこの一駅乗車のおじさんは、どういう用事で利用しているのだろう。コンビニの袋を持っていたから、もしかすると電車に一駅乗って買い物に行ったのだろうか、つまりこの寂れた木津川駅周辺には日常の食糧を買うようなお店がないのだろうか・・・想像だけなので、わからないが。 そして、環状線の芦原橋に近い、芦原町に停まると、環状線をくぐり、次が終点の汐見橋である。終点で降りた乗客は6、7人であった。 ![]() ![]() この汐見橋駅は、この日の私にとっては、乗ってきた電車の終点だが、通称汐見橋線、正式には高野線の起点駅である。環状線内にある私鉄のターミナルとして、これほど寂れた駅は珍しいとされている。レトロな昭和30年代の地図が、わざとなのか、撤去するのが面倒だからなのか、駅構内に掲げられている。恐らく特に撤去せず放置しておいた結果、骨董品的価値が出てきて、ある時点でこのまま残そうということになったのであろう。 そんな面白い駅だが、駅舎の外観は格別の味があるわけではない。駅を出れば特徴も薄い大阪市内の場末の道路である。歩いてすぐ、地下鉄千日前線の桜川駅があるが、桜川と汐見橋を乗換駅としても、汐見橋線の途中駅に用事がある人しか利用しない現状ではあまり意味がないので、あえて乗換駅としていないようである。 乗り通しただけだが、面白かった。近いうちに途中駅にも下車してゆっくり沿線を探訪してみたいものだ。
信楽高原鐵道は、元国鉄信楽線。京阪神からさほど遠くないものの、走っている方向が悪く、需要に限度があり、国鉄再建法がらみで廃線候補となり、第三セクター化され再出発した。
私はその昔、国鉄時代に一度、貴生川から信楽まで往復したことがある。その当時の私は、国鉄路線図を軸に日本地理を捉えていたから、いかにも秘境に分け入るようなこの線には期待を持って乗ったし、実際その期待を裏切らないだけの沿線であったと記憶している。けれども信楽は、決してそんな奥地の奥地にある山村集落ではなく、それなりの町である。結局のところ、信楽から京阪神や名古屋へ行くのに、鉄道が便利な方向に走っていない、というだけのことなのである。 そもそもこの線の基点の貴生川というのが、中途半端な場所かもしれない。貴生川は、JR草津線と、この信楽高原鐵道の他、近江鉄道も乗り入れる鉄道のターミナルであるが、ローカル線が集まっているという感じで、町自体は小さい。最近の市町村合併で甲賀市になったが、その前は水口町に属していた。昔から、鉄道の集まる貴生川よりは、ローカルな近江鉄道だけが通る水口の方がずっと大きな町なのである。 貴生川・水口は、野洲川水系にある平地であり、信楽は、石山で琵琶湖に注ぐ瀬田川水系のかなり上流の山峡にある。さらに信楽は、三重県境にも近く、県境を越えた三重県側は、淀川の上流になる木津川水系となる。 それゆえ、基点の貴生川を発車した信楽高原鐵道は、草津線と分かれるとほどなく上りにかかり、山中に分け入り、分水嶺を越える。この区間は人家も稀で、国鉄時代には、最初の駅、雲井までの10.2kmもの間、途中駅がなかった。現在は雲井のちょっと手前に一つ、紫香楽宮跡という新しい駅ができているが、それも雲井の僅か0.6km手前で、要するに基点の貴生川以外は全て、旧信楽町内の駅なのである。 ![]() ![]() 雲井は昔からある駅で、信楽の北側の入口のような場所にある。小さいながらも風情のある木造駅舎が残っていて、なかなか情緒のある駅であった。 雲井の次が、勅旨という、何やら恐れ多い名前の駅(写真左下)で、ここも国鉄時代からの駅である。古い住宅と水田が共存するあたりで、単線でホームだけの小さな駅であった。 勅旨の次に、これも新しくできた玉桂寺前という駅があり、そして終点信楽となる。貴生川~紫香楽宮跡間の1駅が9.6kmなのに対して、紫香楽宮跡~信楽間が途中に3つも駅がありながら、5.1kmしかない。この区間では平均1キロちょっとの間に一つ、駅があることになる。これが信楽町内だけの短距離利用に結びついているかというと、残念ながら、そうでもなさそうである。 ![]() ![]() 信楽は焼き物の町で、とりわけ狸で有名である。写真右上は、信楽駅前の公衆電話ボックスを兼ねた大きな狸である。町を歩くとあちこちに狸の焼き物を売る店があり、あまりの多さに、一体これほどの需要があるものかと思ってしまった。ちょっとやりすぎの感もある。 < 前のページ次のページ >
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