<   2005年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

Hoofddorp Station

 オランダ・アムステルダムのスキポール空港は、ヨーロッパ有数の巨大な空港だが、その割とスムーズで、飛行機を降りてから列車に乗るまでの時間が短くて済む。なので、2時間弱の乗り継ぎの待ち時間を利用して、鉄道旅行!流石にこれは無茶かもしれない・・・

 入国審査官のおばさんに、珍しく質問された。「オランダのどこに行くのか」と。困ってしまって、「乗り継ぎの間、空港周辺をうろうろしたい」「待ち時間はどれぐらいか」「2時間だけ」「それでは無理だ、ここは大きな空港で、出国審査やセキュリティーチェックにも時間がかかるよ、中で待っていなさい」と、入れてくれない感じ。多分、半分親切のつもりなのだろうが、それでも最後は、入国するか否か、決めるのはあなた、という感じで、どうするかと聞いてきたので、「イエス」と言うと、スタンプを押してあっさり通してくれた。

 最近確かに各地の空港のセキュリティーが厳しくなっていて、昔に比べて飛行機に乗るまでの時間がかかるようになっている。それでも2時間あれば、アムステルダム中央駅まで往復して、中央駅付近の運河の雰囲気にちょっと浸って戻ってくることもできる。しかし何度も行っているそのような場所ではなく、反対方向に行こうと思って時刻表を見る。3駅目がライデンで、そのあたりまで行って戻ってくるのはさして難しそうではないが、本数が少ないので、あまりに慌しいのもなんだなと思い、スキポールの隣駅、Hoofddorp(ホーフトドルプ)という所にとどめることにした。昨年、パリで飛行機に乗り遅れたばかりなので、きわどいことをするのはやはりちょっと心配という気持ちもある。こんな遊びで乗り遅れたのではしゃれにもならん。

 というわけで、まず券売機で往復切符を買う。3ユーロ。1駅だから安いとは言えないが、まあこんなもの。すぐに2輛編成の短い、Hoofddorp止まりの列車が入ってくるので乗る。そういう列車があるため、ここまでならば本数も多い。


e0028292_23413052.jpge0028292_23414155.jpg


 残念ながら、面白い場所ではなかった。まあ、空港の近くだし、あまり期待はしていなかったが、駅周辺には商店すらなく、無機質な感じの駅の周囲は、ただただ近代的なオフィスビルばかり。それもトマスクックだとかキャノンだとか、一流企業も多く、国際都市アムステルダムの空港に近いビジネスパークになっているようであった。

 あとは駅にバスがかなり頻繁に発着している。折から夕方、ここからバスで郊外の住宅地へと帰宅するオランダ人にも、この駅はかなり利用されているのであろう。このあたりで勤務を終えて帰宅するビジネスマンも、この時間、ある程度の乗車がある。そんな場所であった。


e0028292_2343668.jpge0028292_23432182.jpg


 ホームがえらく長い。その長いホームの一番スキポール寄りから歩いて来る人が時々いるので、行ってみると、そこにも、もう一つの出口がある。人が行き来していなければ、あちらにも出口があるとは想像つかない。そちらは落書きの多い階段を下りて下の道路へ出るだけであった。改札口のない欧州の鉄道では、こうして出入口を増やすのも容易だ。それでもその高架下に自動券売機は置いてあった。
[PR]
by railwaytrip | 2005-07-11 18:10 | オランダ

日豊本線・小倉~別府

 梅雨末期のこととて、午後から大雨の予報だったが、広島から博多への移動途中、ちょっと余った時間で往復してきた。実は、大分の少し先まで往復する時間がある筈だったが、途中から雨が強まり、列車が徐行運転となり遅れ始めたので、別府に着いた時点で先へ行くのを断念し、引き返すことにしたのであった。

e0028292_2337429.jpg
 南小倉は、小倉から2駅目だが、小さな島式ホーム1面の駅で、周囲は住宅地と見受けられた。この先の下曽根などは、駅付近に郊外型の大ショッピングセンターができていて、昔と様相が大きく変わっていたが、小倉に近いこの駅あたりの方が、むしろ余り変わっていないように思われた。次の城野も比較的昔の面影が濃いかもしれない。

e0028292_23373396.jpg
 行橋は、前に降りたのがいつだったか思い出せないが、このような高架駅ではなかったのは確かだから、割と最近、高架化されたのであろう。かなり新しくて綺麗な、立派な駅であった。元国鉄田川線の平成筑豊鉄道が、4番線のホームの一角を切り欠いたような5番ホームから出るようになっている。JRが4番線までの長いホームを持つのと対照的であった。

 小倉~行橋間は、かなり都市近郊鉄道という感じになっているが、行橋の先、新田原あたりを過ぎると、ローカルな小駅も現れ、ちょっと旅情が湧いてくる。駅も、高架化された中津を除けば、昔ながらのスタイルを良くとどめており、好感が持てた。

 高架の中津から、津で終わる駅が、東中津、今津、天津と、4駅連続するのが面白い。海に沿った地域だから、~津という地名が多いのは不思議ではないが、こういう駅名が続くと、それぞれの駅の特色なども混乱しやすいのは不思議なことだ。

 ローマ宇で書くとUSAとなり、アメリカ人が喜ぶという宇佐は、宇佐天満宮を象徴してか、柱などに赤色を多用した情緒のある駅である。しかしここは駅が市街地と離れていることもあり、利用者はあまり多くないようであった。

 この区間のハイライトは、国東半島のたもとを横切る、宇佐~杵築間であろうか。西屋敷、立石のあたりはかなりひなびた風情が感じられた。

e0028292_23375980.jpg
 杵築は、風格の溢れる昔ながらの駅であった。そもそもこの駅は昔から、杵築市の市街地とはかなり離れた寂しい場所にあり、車が今ほど一般的でなかった昔は、駅から「杵築市行き」のバスが連絡していたのである。今は駅のそばに有料駐車場がいくつかあり、パーク・アンド・ライドがそこそこの利用度と見受けられた。別府・大分方面への通勤者であろうか。

e0028292_23382435.jpg
 亀川は、大分・別府の郊外といった感じの駅で、このあたりでもご覧の通り、駅裏に高層マンションが建っている。特急が停まらない駅の中では比較的大きく、乗降客もそこそこ多い。この先、別府までは、海に沿っているものの、建物も目立つ地方都市といった感じの沿線である。
[PR]
by railwaytrip | 2005-07-09 11:20 | 九州・沖縄地方

東海道本線・辻堂駅

 東京都心で時間が3時間ほど空いた時、何をするか、どこへ行くか。選択肢は山ほどありそうで、意外と悩む。この日はふと思い立って東京駅から湘南電車に乗ってみた。昔ながらの湘南色の113系という車輛が余命いくばくもないと聞いたからでもある。それでどこまで行けるかというと、小田原はきついが、大磯あたりまでなら行って戻って来られそうだ。けれどもとんぼ返りの忙しいのもいやだと思い、辻堂で降りてみた。

 辻堂で降りるのは、多分20年ぶり以上だと思う。昔の記憶も殆ど残っていないのだが、橋上駅でなかったことは確かだ。当時は国鉄の駅らしい駅で、情緒のある駅舎があったと思う。つまり、川崎、横浜、大船、藤沢と、主要駅ばかりに停まってきた湘南電車が、ようやく普通の小駅に出会う、その最初の駅が辻堂というわけだ。子供の頃「東京から大阪まで全部の駅に降りて写真を撮りながら行きたい」とある大人に言ったら、「そんな事わざわざしなくても、辻堂の写真を撮っておけば、あとは皆似たようなものだ」と言われたことがある。勿論そんなはずはないが、辻堂とは、そういう乗り換えもない東海道本線の小駅の象徴、というイメージも少しあるのである。


e0028292_6442745.jpge0028292_6444347.jpg


 勿論、今日の辻堂は、もう少し先の大磯とか、早川、根府川あたりと較べても、相当に異なった、都会風の駅になってしまっている。立派な橋上駅で、駅周辺も高層マンションも多い。東京近郊のベッドタウンの数多い駅の一つに過ぎず、旅情を感じるには難がある。それでも、このあたりが湘南ですよ、と言われれば、意識すれば何となくそんな空気が漂っているかなあ、と思うが、その程度にまで、このあたりでは地域性というか個性が薄まってしまったと思う。


e0028292_645209.jpge0028292_6453172.jpg


 橋上駅を出て北口側は、駅前にえらく広い空き地があるが、ここは関東特殊製鋼の跡地だそうで、藤沢市が中心に再開発を進めているそうだ。南口が昔からの駅前で、古い商店も多少はあるが、概して最近の発展とともに進出してきたチェーン店や新しいモダンな店などが多く、これらも今の辻堂駅を没個性化しているには違いない。

 用もないのに久しぶりの辻堂に降り立って、それなりに感じることはあり、つまらなくはなかった。しかし旅としては、格別のこともなく、ましてここで旅情を感じるのはもう無理だと悟った。もう一生乗降しないかもしれないと思いながら、やってきた113系東京行きの客となった。
[PR]
by railwaytrip | 2005-07-06 18:00 | 関東地方

信楽高原鐵道・貴生川~信楽

 信楽高原鐵道は、元国鉄信楽線。京阪神からさほど遠くないものの、走っている方向が悪く、需要に限度があり、国鉄再建法がらみで廃線候補となり、第三セクター化され再出発した。

 私はその昔、国鉄時代に一度、貴生川から信楽まで往復したことがある。その当時の私は、国鉄路線図を軸に日本地理を捉えていたから、いかにも秘境に分け入るようなこの線には期待を持って乗ったし、実際その期待を裏切らないだけの沿線であったと記憶している。けれども信楽は、決してそんな奥地の奥地にある山村集落ではなく、それなりの町である。結局のところ、信楽から京阪神や名古屋へ行くのに、鉄道が便利な方向に走っていない、というだけのことなのである。

 そもそもこの線の基点の貴生川というのが、中途半端な場所かもしれない。貴生川は、JR草津線と、この信楽高原鐵道の他、近江鉄道も乗り入れる鉄道のターミナルであるが、ローカル線が集まっているという感じで、町自体は小さい。最近の市町村合併で甲賀市になったが、その前は水口町に属していた。昔から、鉄道の集まる貴生川よりは、ローカルな近江鉄道だけが通る水口の方がずっと大きな町なのである。

 貴生川・水口は、野洲川水系にある平地であり、信楽は、石山で琵琶湖に注ぐ瀬田川水系のかなり上流の山峡にある。さらに信楽は、三重県境にも近く、県境を越えた三重県側は、淀川の上流になる木津川水系となる。

 それゆえ、基点の貴生川を発車した信楽高原鐵道は、草津線と分かれるとほどなく上りにかかり、山中に分け入り、分水嶺を越える。この区間は人家も稀で、国鉄時代には、最初の駅、雲井までの10.2kmもの間、途中駅がなかった。現在は雲井のちょっと手前に一つ、紫香楽宮跡という新しい駅ができているが、それも雲井の僅か0.6km手前で、要するに基点の貴生川以外は全て、旧信楽町内の駅なのである。


e0028292_454122.jpge0028292_4541953.jpg


 雲井は昔からある駅で、信楽の北側の入口のような場所にある。小さいながらも風情のある木造駅舎が残っていて、なかなか情緒のある駅であった。

 雲井の次が、勅旨という、何やら恐れ多い名前の駅(写真左下)で、ここも国鉄時代からの駅である。古い住宅と水田が共存するあたりで、単線でホームだけの小さな駅であった。

 勅旨の次に、これも新しくできた玉桂寺前という駅があり、そして終点信楽となる。貴生川~紫香楽宮跡間の1駅が9.6kmなのに対して、紫香楽宮跡~信楽間が途中に3つも駅がありながら、5.1kmしかない。この区間では平均1キロちょっとの間に一つ、駅があることになる。これが信楽町内だけの短距離利用に結びついているかというと、残念ながら、そうでもなさそうである。


e0028292_4545231.jpge0028292_4551047.jpg


 信楽は焼き物の町で、とりわけ狸で有名である。写真右上は、信楽駅前の公衆電話ボックスを兼ねた大きな狸である。町を歩くとあちこちに狸の焼き物を売る店があり、あまりの多さに、一体これほどの需要があるものかと思ってしまった。ちょっとやりすぎの感もある。
[PR]
by railwaytrip | 2005-07-03 11:40 | 近畿地方