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Maribor ~ Cakovec

 オーストリア南部の都市Graz(グラッツ)を昼過ぎに出て、その日のうちにクロアチアの首都Zagreb(ザグレブ)へ行きたい。14時02分にスロヴェニアの首都Ljubljana(リュブリアーナ)行の国際列車がある。順当に考えれば、これで、リュブリアーナとザグレブの分岐点、Zidani Most(ジダニ・モースト)まで行き、そこでザグレブ行きに乗り換えれば良い。ところが、ザグレブ方面への接続が極めて悪いようである。Zidani Mostですぐ接続する列車はあるのだが、国境手前のDobova(ドボヴァ)までしか行かない。Dobovaは、スロヴェニアではあるが、クロアチアのザグレブから30キロしかなく、ザグレブへ通勤すらできそうな場所である。しかし、この国境はEUとEU外との国境でもあり、出入国審査もしっかりあるであろう。それだけに、頻繁に列車が走っていないようである。Zidani Mostか、Dobovaかで2時間待って、ザグレブ着は20時02分ということになる。それでも日の長い季節なら楽しめそうだが、このあたりは欧州標準時採用エリアでもかなり東にあり、Zidani Mostに着く頃には冬の短い日が暮れてしまう。日没後の田舎駅での2時間待ちはきつい。

e0028292_0293116.gif そこで地図と時刻表を眺めているうちに、代替のルートが見つかった。かなりローカル線っぽく、詳しいことはわからないが、こうである。グラッツ14時02分の列車で、国境を越えた町Maribor(マリボール)下車、ここでMurska Sobota行きローカル列車に乗り換える。この列車はZidani Most方面へしばらく進んだ後、Pragerskoという所で支線へ分岐し、Ormozという駅に至る。このOrmozで乗り換えると、国境を越えてクロアチアのCakovecという所まで行く列車がある。このOrmoz~Cakovec間は、トーマス・クックの時刻表を見る限り、1日2往復しかない。相当なローカル線と思われる。しかしこの列車からは見事に5分の接続で列車がある。それで終点Cakovecに着くと、30分ほどの待ち時間でザグレブ行きがやってくるというわけだ。このCakovec~Zagreb間は、ハンガリー方面から線路がつながっており、ローカル線かもしれないが、ある程度の輸送量のありそうな線と見受けられる。

 もっとも、トーマス・クックの時刻表も、西欧主要国の詳しさに比べ、このあたりになると、かなり粗くなる。掲載されていない線も多く、ましてローカル線の鈍行旅行には殆ど役に立たないと言ってもよい。そんな中でこのルートは、国境を越えるからか、一応掲載されている。そして、ザグレブ着が19時58分と、2時間待ちの幹線経由より4分早い。早く着くのは途中の待ち時間が短いからだが、それも結構なことではないか。

 とはいえこんな見知らぬ土地での日没後のローカル国境越えルートを一人旅するのは、若干の不安もある。できればスロヴェニア国鉄のウェブサイトなどで最新情報の裏づけを取りたかったが、そういう余裕もないうちに、出てきてしまった。

 グラッツからの特急はガラガラであった。その昔はイミグレーションがいかめしく乗ってきた、オーストリアとスロヴェニアの国境越えも、つい先日、スロヴェニアもシェンゲン協定を実施したため、今は何もない。そしてスロヴェニア側の国境駅、Mariborに定刻着。ここでの接続時間は15分ある。


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 この特急の後に出る、Zidani Most行のローカル列車がホームに停車している。ホームに掲示してある駅の発車時刻表にも掲載されている。しかし、私が乗りたいMurska Sobota行きが載っていない。最近のダイヤ改正でこの線が廃止されてしまったのか、それとも路線は残っていてもこの時刻の列車がなくなったのか、と、早くも不安になる。駅の時刻表というものは、基本的に全ての列車が掲載されているはずだ。

e0028292_23472135.jpg 切符売場近くに案内所があり、男性の係員が一人座っている。他に客もいないので、質問してみる。英語は結構通じる。乗換駅のOrmozの発音が正確にはわからないが、「オルモツ」で大きく違わないだろう。オルモツへの列車はなくなってしまったのかと訊ねると、コンピュータを叩いて必死で調べてくれる。そんな事をしないとわからないのかと、また不安になるが、やがて、まず18時何分かの列車でウィーンへ行けと言う。そんな大回りをしないといけないのは、いくら何でも話が変だと思っていると、この係員、何と、チェコのオモロウツと思ったらしい。私の発音が悪かったかと思って、違う、オルモツだ、と、スペルを書いて見せると、「おー、オルモツ、オルモツ」と納得して、「あるよ、15時25分、3番線から」と、何一つ見ずにスラスラと答えてくれた。どうやらOrmozとは、案内書に訊ねに来る外国人が行くような所ではない、超ローカルな所らしい。

 というわけで、3番線に行くと、古びた2輛のディーゼルカーが停まっており、地元のお客を乗せて待っている。総数20名ぐらいだろうか。楽しそうなローカル線である。定刻に発車。

 しばらくは本線を行く。乗ってみれば、どうやら完全な各駅停車のローカル列車で、小さな駅にちょこちょこ停まっては、多少の乗降客を扱う。乗降ゼロの駅もある。日本のローカル線と似ている。検札の車掌が来た。若い女性で、キリリとした、スポーツ選手のような雰囲気をもっている。制服姿がなかなか格好いい。

 完全な各駅停車だ、なんて、言うまでもなく乗る前から当然、と、車輛や雰囲気から明らかそうだが、来るまでの私は、そのあたりがわからなかった。というのも、トーマス・クックの時刻表では、本線から支線に分かれる Pragersko という駅が通過になっていたからである。分岐駅でも町が小さく、列車が通過してしまう駅というのは、どこにでもある。だがこの列車は、乗ってみれば小さな畑の中の無人駅も全て停車する、完全な各駅停車である。このからくりは、短絡線の存在であった。分岐駅のPragerskoに停車すると、列車は方向を変わらなければならない。しかしその手前から短絡線があるのだ。この列車のすぐ前を、Zidani Most行の鈍行も走っていることだし、分岐駅とはいえ小さな集落のPragerskoに、あえて停車する必要もないのであろう。というわけで、Pragerskoが近づくとスピードが落ち、ポイントをガタガタと渡る。そして本線と分岐し、右手の雪原の向こうに 駅を見ながら、今度はその駅からの線と合流する、というわけだ。


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 合流して、単線のローカル線に入った。そしてまた、小さな各駅に停まる。乗降客が一人二人いる駅もあり、誰も乗り降りしない雪原の中の寂しい駅もある。写真左上は、待合所だけのSikoleという寂しい駅、右上は少し大きく、乗降客も見られた、Ptujという駅。そんな所をしばらく走るうちに、冬の短い日が暮れてきた。そして、かなり薄暗くなった頃、列車は定刻16時35分、Ormozに着いた。


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 Ormozは、非常に寂しい駅であった。寂しいが、分岐駅で、はす向かいのホームに、やはり2輛編成の気動車が停まっている。これが接続しているCakovec 行の”国際”列車に違いない。Ormozで乗り換えたのは、私を含め5人ぐらいで、見事に空いている。Ormozがこんな何もない小さな駅なので、この列車の乗り換え客の他には、客もいなかったようである。小さい駅だが、駅前に1軒、バーがある。その他には何もない。三角屋根の駅舎は瀟洒だ。夏の昼間にでも来てみれば、印象は全く異なるであろう。

 気味悪いぐらいにガラガラの Cakovec 行も、定刻に発車。スロヴェニア国鉄の、同じ形式の気動車2輛編成である。これが、Cakovec までの22キロを24分で走る、一日2本だけのローカル国際列車なのである。それにしてもこんなに客が少ないとは驚いた。今日まで残っているのが奇跡と言える線かもしれない。

 もっともここは、今でこそ国際列車だが、かつてはユーゴスラヴィアという一つの国の中であった。それが今や、かつての国内列車が国際列車となり、かつて国際列車だったオーストリアとの行き来は、シェンゲン条約によって、パスポート・コントロールすらなくなっている。

e0028292_23512753.jpg それにしても、国際列車とは恐れ入るほどのローカル列車だ。乗っている自分自身、信じられない。しかし、3つ目のSredisceという駅は、一日2往復のローカル線には不釣合いなほど大きく、駅舎の中に警察が入っており、スロヴェニアのパトカーが一台停まっている。なるほど、と思う。実際、停車するとほどなく、警察官が2人組で現われ、パスポートチェックである。差し出すと、パラパラとめくって、スロヴェニア(EU)出国のスタンプを捺してくれる。冬のこの時期、観光地とも無縁なこんなローカルルートでの国境越えは、いかにも怪しいと、自分自身でも思うのだが、特に質問もなく簡単であった。

 その頃には外は完全な夜となった。そして発車。外の景色は夜なので定かではないが、パラパラと人家のある農村地帯という感じのようである。列車もあまりにも空いているので、夜もだいぶ遅いような錯覚を持ってしまうが、まだ5時だ。闇の中、どこが国境だったかもわからぬうちに、広い構内の駅に着いた。ここがこの列車の終着、Cakovecである。

e0028292_23523840.jpg 列車がCakovecのホームに停車した。しかしドアは開かない。ここで今度はクロアチアの警察官が2名で乗ってきた。入国審査である。EUもすっかり大きく広がったが、ようやく脱出だ。ここも簡単で、パスポートをパラパラと見て、スタンプも捺さずに黙って返してくれた。ジャパニーズ・パスポートの威力に感謝。そして列車のドアが開き、下車できる。他の僅かなローカル客と一緒に駅舎へ向かう。この中に果たして、ここを毎日通勤している人がいるのだろうか、16時代という時刻から言って、多分いないだろうとは思うが…

 Cakovecも寂しい駅であった。駅前は灯火も暗く、店1軒とない。それでも周辺に人家がある程度見られ、多少の利用者はいるようである。古い駅舎の中には窓口が一つあり、女性の係員が座っている。二昔ぐらい前に戻ったかのようだが、その女性駅員も、ちゃんとパソコンのモニターを前に仕事をしているのは、現代の先進国だ。よって、硬券乗車券が出てくることはなさそうである。ザグレブ行まで30分ほどの待ち時間があり、日没後のこんな駅では何もやることはない。なので、明日のザグレブからの切符を手配しようかと思って聞いてみる。英語は多少通じたが、十分ではない。それでも質問すると親切に列車の時刻を教えてくれたが、座席指定などはできないらしい。ここはCakovecだから、というような事を言う。


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 待合室もある。これまた古びていて、壁は一面の落書きだ。私の乗ってきた列車からの乗り継ぎ客ではない客もいる。このあたりからの利用客で、ザグレブ行を待っているのであろう。駅自体は寂しい場所ではあるが、時たま送迎の車も来るし、全くの僻地でもなさそうだ。


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 列車の時間が近づくと、数名の乗客が狭いホームに向かう。そして闇の中から、機関車に牽かれた5輌編成の客車列車がやってきた。ここまで乗り継いできた2本の列車と違って、ちゃんとした長距離列車風で、しかも客車はコンパートメントである。けれどもガラガラで、誰もいないコンパートメントも沢山ある。その一つに座った。ザグレブまでは2時間弱と、結構かかるが、最後まで相客も現われなかった。

 大半が夜なのが残念ではあったが、実に面白い国境越えルートだった。もう一度、機会があるかどうかわからないが、次は季節を変えて明るい時に乗ってみたいと思う。もっとも、それより前に路線が廃止されそうな予感がするが…
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by railwaytrip | 2007-12-23 15:25 | スロヴェニア

Wroclaw Glouny ~ Szklarska Poreba Gorna

 ポーランドは大きな国である。広いばかりで平坦地が多いイメージがあり、こう言っては悪いが、ヨーロッパの中では、あまり真っ先に旅行をしようと思わない国ではないか。そもそも平均的な日本人に、ポーランドの都市名を知っているだけ挙げよと聞いたとして、首都ワルシャワ以外にどこか答えられる人がどれだけいるだろう。

 こう書いている私も、ポーランド訪問は初めてである。数えてみると、ヨーロッパで27ヶ国目であるから、やはり優先順位が低いというのか、あまり積極的に行こうと思わないで今日に至ってきた。いや、実は今回もそこまで気乗りがしなかったのだ。理由は、何もよりによって冬至の日に、ヨーロッパ標準時(グリニッジ+1)を使っている国々の中でもとりわけ東に位置するポーランドにわざわざ行かなくても、と思ってしまうのだ。東ということは、夜明けも日没も早いことになる。

e0028292_5172476.gif けれどもひょんなことから、Wroclaw(ヴロツワフ)というポーランド第四の都市に泊まることになったので、冬至の日は丸々一日、ポーランドの鉄道に乗る時間に当てることにした。どこへ行こうか色々迷った挙句、Szklarska Poreba Gorna(シュクラルスカ・ポレンバ・ゴルナ)という所まで往復することにした。といっても、どんな所か想像すらつかない。トーマス・クックの鉄道地図に、その方面に景勝路線の黄緑色が塗られていたのがきっかけで、それでインターネットでポーランド国鉄の時刻表を調べたら、Wroclaw から延々かけて、ここまで直通の長距離鈍行があることがわかったのだ。Szklarska Poreba Gorna はチェコの国境に近い辺境らしき所にある盲腸線の終着駅で、その手前には、Jelenia Gona という分岐駅がある。ここはある程度の町らしい。ちなみにトーマス・クックの時刻表にも、ここまでは掲載されているが、その先の盲腸区間は載っていない。だから、Jelenia Gona まで行って、そこから区間運転の盲腸ローカル線に乗り換えるのだろうと思って調べているうちに、Wroclaw からの列車がそのまま直通していることがわかり、それなら全区間乗ってみようか、ということで、決めた。列車本数は少なく、朝は9時10分発に乗るしかない。これが終着までの158キロを4時間20分かけて走る。表定速度は36.5キロに過ぎない。途中停車駅は26駅なので、平均駅間距離は、5.9キロで、これは日本の国鉄時代の幹線の平均値といったところだろう。鈍足なので、途中で長時間停車などが沢山あるかというと、意外にも全くなく、途中は主要駅のJelenia Gona のみ2分停車、あとは1分ないし30秒の停車らしい。今はこういった細かな事まで、ポーランド国鉄のウェブサイトでわかるので、私はこの列車の各駅の着発時刻が掲載されたページをプリントアウトして持ってきている。


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 9時10分発に乗るために、ホテルを8時半に出る。北国の冬らしく、陰々鬱々としているが、中央駅にあたるWroclaw Glowny の駅前は、トラムが次々と発着し、なかなか活気がある。駅構内は古びているが、規模も大きく立派で風格がある。今日は土曜である。しかもクリスマス直前なので、昨日が仕事納めで今日実家へ帰る、といった人も多いと思われる。そのせいか、Szklarska Poreba Gorna 行きの列車が出るホームは大勢の人で賑わっていた。けれども発車5分前になってもまだ列車は現われず、ホームの行先案内板には別の列車が表示されていて、早速もって不安になる。発車時刻の9時10分を過ぎて、アナウンスが何やら告げると、ホームで待っていた人が移動を始める。勿論ポーランド語だけで、何やらさっぱりわからない。駅員をつかまえて聞くが、英語が通じないので、Jelenia Gona と書いたメモを見せると、あちらへ行け、と、ホームの前方を指さす。

e0028292_519302.jpg 9時20分過ぎ、長い編成の客車列車が入ってきた。わかったことは、この列車はここで半分に切り離し、一方がSzklarska Poreba Gorna 行きとなり、他方は別の所へ行くのだ。ホームの案内板は、その別の方しか出ていない。複数の行先表示ができない旧式のためらしいが、とにかくわかりにくい。もっともこのように遅れてきたので、今日だけの特例なのかもしれない。それよりも、乗客がかなり多いようである。鈍行ではあるが、車輛はコンパートメント車である。そのため、大きな荷物を持った人が狭い通路を行き来して空席を探している。大都市の主要駅を朝の9時10分に出る鈍行といえば、普通は通勤列車の折り返しなどで空いているもので、半ばそれを期待していたのだが、とんでもなかった。もっとも編成も客車3輛と、短い。機関車の次の車輛で、ようやく1人分の空席を見つけ、他の客に、空いているかと指さすと、頷いたので、そこに座る。ちなみにこのコンパートメントは東欧のスタンダードで、1室8人である。西欧では2等車でも1室6人が普通なので、やはりちょっと窮屈な感じがする。しかも乗客の荷物がかなり多いようである。のんびりした汽車旅を期待していたので、ちょっと残念だが、座れただけでも良しとしよう。

 既に遅れているので、乗客が乗り終わったらすぐ発車すればいいのだが、なかなか動かず、19分遅れの9時29分にようやく発車した。見事に満席で、通路にも客がいる。盛況である。薄暗い駅から出ると、朝靄に包まれた街も徐々に明るさを増してきている。ある所では路面電車と並行し、ある所では路面電車の走る道路を跨ぐ。ヴロツワフは路面電車がかなり発達した都市だ。そんな所をしばらく走ると、最初の駅、Wroclaw Zachodni に着く。駅名に Wroclaw が含まれているところから、市の郊外のターミナル的な要素があって、さらに大勢の客が乗ってくるか、と思ったが、その予想ははずれて、乗降とも殆どなかった。既に市街地は出たようだ。時刻表では、ここは9時18分着の19分発だが、実際の発車は40分。遅れが2分増幅している。以後、折角各駅の着発時刻のわかる時刻表をプリントアウトしてきたので、私は実際の発車時刻を書き込んでいくことにした。

 Wroclaw Zachodni を出ると、列車はそこそこのスピードで快走する。遅れを取り戻すべく頑張って走っているに違いないと思ったのだが、その次の駅、Katy Wroclawskie は、定刻9時30分発のところ、55分発で、遅れはまた4分増えて25分となった。列車が混んでいるとはいえ、乗降客は僅かで、乗降に手間取っているようには思えない。その次のImbramowice は、定刻9時48分発が、実際は10時13分発で、遅れ25分のままだ。そして、この駅を出ると、列車はスピードを出さなくなった。のろのろ運転である。工事か災害での徐行かと思うほどだが、そんな様子も見受けられない。このあたりまで来ると、車窓はかなりの農村となる。樹木は全て、白い霧氷に覆われている。ホームの屋根が見事に古くて今にも朽ち果てそうなZarow も、殆ど乗降客はない。やはりそれなりの長距離客が多そうだ。混んではいるが、コンパートメントの中は静かで、窓側の2人の老夫婦が連れである他は、全て一人客だということもわかってきた。その次の駅で、反対列車と行き違うが、あちらは見事にガラガラであった。

 それにしてものろい。車窓の風景も大柄で、そう変化もないので、こういう区間はもう少し高速な列車が景色を眺めるにもちょうど良いのだが、仕方ない。しかも、駅ごとに少しずつ遅れを増幅していっている。

e0028292_520928.jpg そして列車はWalbrizych という街を通る。地図によれば、それなりに大きな街のようだ。Walbrizych で始まる駅が4つ続き、4つ目が中央駅なので、そのあたりである程度下車する人がいるかもしれない。そう思っていると、2つ目のWalbrizych Miasto が近づき、車内が初めてざわつく。通路に立っていた人も、コンパートメントに座っていた人も、下車の支度を始める。ここは結構まとまった数の下車客がいる(写真左)。8人で満室だった私のコンパートメントからも3名が下車し、その後で通路に立っていた人が一人入ってきた。ヴロツワフからは1時間半かかっているので、毎日通うにはちょっと遠い。そこで、普段はヴロツワフにアパートを借りて住んで、週末だけ実家に帰る、という人も多いに違いない。

 その後も、駅ごとに下車が目立つようになった。Walbrizych Glowny は、中央駅であり、駅は大きく、構内も広く、かつて栄えた鉄道の要衝と思われたが、下車客はさほどではなかった。機関庫の片隅に蒸気機関車が保存されている。

 列車も空いてきたので、私もカメラを出して風景を撮ったりできるようになる。ただ、気がかりなのは、やはり駅ごとに遅れが増幅していることで、Walbrizych Glowny 発車時点で、遅れは40分にまでなっていた。この調子で平気で遅れられると、ちょっと困ることがある。それは、帰りである。終着のSzklarska Poreba Gorna での折り返し時間は、定時ならば1時間14分あるので、40分遅れで着いても、何とかなるが、帰りの列車もこんな調子でどんどん遅れてくれると、ちょっと困るのだ。というのは、私は戻ってWroclaw では53分の接続で別の列車に乗り換えなければならない。それは、その後の夜行列車のスケジュール上、是非とも乗る必要がある。だが、こんないい加減なダイヤでどんどん遅れるのが日常茶飯事となると、ちょっと不安になってくる。

 車内を歩いてみる。一番端、機関車寄りのコンパートメントは、車掌室代わりになっており、2人の車掌がお茶を飲んでいるところであった。さっきまでの混雑していた時は、一般客が乗っていたのか、その時から車掌専用だったのか、それはわからないが、とにかく、ノックをして入っていき、英語が話せるかと聞いてみた。遅れのことを聞きたかったからである。しかし残念ながら、答えはノーであった。(余談だが、ヨーロッパで、Do you speak English?と質問して、その質問の意味すらわからないという顔をされたことは、殆どない。英語ができない人でも、この英語はわかるらしく、即座にノーと答える人が多い。)しかし、若い方の車掌が立ち上がり、隣のコンパートメントへ行った。そこには4人ほど客がいた。車掌がお客に向かって何かポーランド語で質問する。誰か英語ができる人がいないか、と聞いているようだった。すると窓側の席に座っていた中年の女性が応答した。その女性が私に向かって、英語で「何を聞きたいのか」と言う。そこで、私はこの列車で終点まで行って、Wroclaw まで戻り、そこで乗り継ぎがあるのだが、この列車の遅れを見ていると、それが心配だ。Wroclaw を出る時は20分の遅れだったのが、今は40分以上遅れている。今日は工事か何かがあるのか、戻りの列車もこういう風に遅れる可能性が高いのか、というような質問をした。するとその女性は、車掌に翻訳して伝える前に、私に向かって「そんなのはいつものことよ。この線は設備も車輛も古くて、時刻通り走ることなんか滅多にないんだから」と、自分の知識と経験から言うのである。それでも、その後に車掌に私の質問を訳してくれた。その回答としては、折り返しは定時に出る予定で、そんなに大幅に遅れることはないので大丈夫だろう、という感じであった。

 お礼を言って自分の席に戻り、車窓を眺めたりしていると、しばらくして、さっきの車掌と女性が私のコンパートメントにやってきた。女性が英語で私に話しかける。「この列車は、Szklarska Poreba Gorna には遅れて到着するが、折り返しは定刻に出る予定だ。ということは、Szklarska Poreba Gorna での滞在時間は30分弱しかない。あなたはSzklarska Poreba Gorna に何か目的があって行くのでしょう。人と会うのか、重要なビジネスがあるのか、その時間が十分取れないかもしれないけれども大丈夫か。」と。考えてみれば実にまっとうな懸念である。これが日本ならば、この人は汽車に乗るだけが目的で、というのも珍しくないが、外国ではそういう概念が通じないことの方が多い。そちらの方が正常だとも思う。そこで私は、いや別にSzklarska Poreba Gorna に特にこれといった用事はないので、30分でも大丈夫だ、と言ったが、車掌が、それなら何故乗っているのか、というような顔をするので、トーマス・クックの地図を広げて、ほら、この区間が景色のいいルートとして色付きになっているでしょう、今日の私はホリデーで、この景色を車窓から楽しもうと思って乗っているんですよ、と説明してみた。これはどうにか理解されたらしく、彼らは自分の席に戻っていった。

e0028292_521726.jpg Walbrzych から先は、トーマス・クックの地図ではずっと景勝路線の色がついている。確かにそれまでの平坦で平凡な風景に比べれば、起伏も出てきたし、悪くはない。けれども格別というほどのこともない、というか、欧州にこの程度の風景はいくらでもあるような気がする。写真左はそんな区間にある、Sedzislaw という駅で、乗換駅でもないが、このように立派な駅舎がある。多少退屈ではあるが、爽やかな冬晴れで、青空が広がってきたので、気持ち良い。鬱々とした薄暗い天気に満員の列車という朝の気分もどこかへ吹き飛び、来て良かったという気持ちになってきた。

 主要駅のJelenia Gora には、41分遅れの13時03分に着いた(写真左下)。ここから先は、トーマス・クックの地図でも細線のローカル盲腸線である。ここで残っていた客の大半が下車する。乗車も少なく、車内はガラガラになった。私のコンパートメントも、窓側の席の老夫婦のみとなった。他のコンパートメントは、空になった所もいくつもある。老夫婦は人柄も良さそうで、別に一緒にいるのがいやではないが、英語も通じないし、窓側の席に座りたいというのもあり、私は別のコンパートメントに移動した。

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 ここからいよいよ盲腸ローカル線に入る。実際、ここからは単線で、出てほどなく田舎の景色になり、深い谷を鉄橋で渡った。しかし、その先は平地が開けており、住宅が増えてきて、工場なども現われるようになる。そして駅間距離も短くなり、町の郊外の駅にちょこっと走っては停まる。そのたびに数名の客が下車する。写真右上は、その一つで、Jelenia Gora Sobieszow という駅である。そんな所をしばらく行き、6つ目のPiechowice という構内の広い駅を過ぎると、ようやくそういう都市郊外の風景が消え、列車は勾配を上り始める。再び駅間距離も長くなる。次のGoreynec という単線の無人駅は、小さな待合所があるだけで駅舎もなく、どこまでがホームでどこまでがその他の土地なのかもはっきりしない。だいぶローカル線っぽくなってきた。この駅では乗降客はいなかった。


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 Goreynec から先、線路は右へ左へとカーヴが続き、上り勾配もきつくなる(写真左上)。進行左側は谷で、時に美しい山村集落が見られる。右手は山である。沿線の雪も徐々に深くなっていく。ここは次の駅まで20分かかる。ぐるりと半周以上のカーヴを描く所もある。景色は田舎だが、時々リゾートホテルともお城ともつかないような建物があったりする。その一つでとりわけ目立つ建物の下を通るが、駅はない。大きなカーヴを描いて、2分後、その建物が谷の向かいに見える(写真右上)。そうしてのんびりしばらく走って着いた駅は、Szklarska Poreba Dolna という駅で、3語のうち2語は、終着駅と同じだ。要するに終着駅と同じ村の駅ということだが、とにかく駅名が長い。ここは交換設備が撤去された跡がある。日本のローカル線でもおなじみの光景だ。山の中の高台にある駅で、人家も僅かだ。もう終着も近そうだが、遅い列車はさらに10分走って、Szklarska Poreba Siednlaという、もう一つの長い名前の駅に停まる。そして、その先では小さなスキー場の脇も通る。そして、俄かに洒落た山小屋風の家がいくつも現われて、列車はようやく終着駅、Szklarska Poreba Gorna に着いた。14時14分着で、44分遅れであった。


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 それほど大きな駅ではないが、一日数本のローカル盲腸線の終着駅としては十分立派である。他に2編成の列車が停留している。駅舎は古いが、大きく立派だ。かつての繁栄が偲ばれる。中に入ってみると、ガランとはしていたが、窓口が一つ開いており、切符を売る係員がいる。駅前には迎えの車が2、3台とタクシーが2台いて、今の列車で降りた客を拾って去った。駅前には店の1軒もない。というか、とても静かそうな所だ。果たして30分の間に店が見つかるだろうか。というのも、私は昼食を持ってきていない。ここで買えないとなると、完全な昼抜きになる。これはかなり辛い。


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 駅前から雪で滑りやすくなっている坂道を下りてみる。別荘風の瀟洒な建物が散在し、森に囲まれた、いかにも避暑地風の場所である。夏は避暑、冬はスキーという場所らしい。そんな坂道を2分ほど下ると、幸い、1軒の、古いが立派な建物の商店があり、店も開いていた(写真左上)。何とかパンとジュースが手に入るのでホッとする。パンを二つ、これとこれ、と指さすと、おばさんがドイツ語で「ツヴァイ?」(2つか。?)と聞き返す。EUになってもやはりここは東欧だ。おばさんの学生時代は、第一外国語がドイツ語という時代だったのだろう。相手が外国人の時はドイツ語が自然に出てくる。次の世代では、このあたりでもこれが英語に取って代わるかもしれない。便利だけど味気なくなるなあと思う。ともあれ、私も数字ぐらいは何とかわかるので、無事ドイツ語で支払いも済ませ、発車まで駅と駅周辺を歩き回ってみた。天気が良いので散歩に出てきている風な人もいるが、静かな山村である。地図で見ると、チェコの国境まで5キロ足らずしかない。後で調べると、森林やら滝やら、自然の景勝地も多く、ポーランドではそれなりに知られたリゾート観光地らしかった。

e0028292_5274942.jpg 駅に戻ると、さきほどの車掌がにこやかに迎えてくれた。駅や車輛の写真などをたくさん撮っていたので、車掌も十分理解したと思われる。そして、私の懸念を振り払うかのように、今度はピッタリ定刻に発車した。この車掌は、Jelenia Gora までが今日の勤務らしく、そこで下車していった。帰りは最後までガラガラで、コンパートメントを一人独占して、飽きるほどの鈍行の旅を楽しんだ。途中で冬の短い日も暮れた。やはり日没の早い冬の旅は寂しい。最後の区間を除くとやや平板な車窓だったし、そんな汽車旅で丸一日をつぶしてしまったが、それでも楽しかった。Wroclaw Glowny には、10分程度の遅れで到着した。この鈍行はここが終着ではなく、ここからまた2時間半ほど走り、Poznan まで行くのであった。日本ではすっかり消えてしまった客車の長距離鈍行がまだまだ健在なのは、かなり羨ましい。
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by railwaytrip | 2007-12-22 09:29 | ポーランド