<   2008年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

八高線・高麗川~高崎

 東京に最も近いローカル線であり、非電化路線でもあった八高線だが、残念ながら?南半分は電化されてしまい、東京都内でディーゼルカーが走る姿が拝めなくなってしまった。その時から、八高線の南半分は、一足先に電化された川越線とセットで通勤型電車による運転となり、ローカル色も薄れてしまった。今は実態としては、八王子~高麗川~川越が一つの線区で、高麗川~高崎が別の線区のようである。その昔、八王子発高崎行という長距離のディーゼル列車があった頃が懐かしいが、今さらそれを言っても仕方ない。今回は、その八高線の非電化区間である高麗川から高崎への列車に乗ってみることにする。


e0028292_2391671.jpge0028292_2393394.jpg


 起点の高麗川駅は、川越線とも接する主要駅だが、駅舎は昔のままで、古びていて小さい。地下道もこれまた昔のままだ。隣の東飯能も、昔は駅舎や地下道が似たような感じだったが、すっかり変貌してしまった。高麗川もいつまでもこのままではないであろう。ともあれ今現在は、ローカル線同士の接続駅であった頃の面影をしっかり残している。趣味的に言うと、とてもいい感じの駅である。

 乗るのは11時43分発の高崎行で、キハ110という新型気動車の2輛編成である。今や1輛や2輛の気動車列車など、珍しくもないが、首都圏に限って言えば、やはり破格に短い。東京の人が近場でローカル線の旅を楽しむには、一番手頃な線区かもしれない。しかも空いていて、乗車率は5割以下と思われる。ただ、首都圏だなと思えるのは、スーツ姿のビジネスマンっぽい客が散見される点だ。本当の田舎にいくと、ローカル線の客は高校生とお年寄りが殆どなのだが、ここはやや違う。


e0028292_2402126.jpge0028292_2403479.jpg


 最初の停車駅は毛呂。東武越生線の東毛呂とも近く、毛呂山町の中心でもあり、駅の西側には高層の立派な大学付属病院が立つなど、全くの田舎ではないのだが、駅舎は田舎駅のたたずまいである。下車客が結構多い。次いで越生。東武越生線の乗り換え駅である。個人的なことだが、小学生の頃、黒山三滝などにハイキングに行った帰り、バスでこの駅に着いた。その時、八高線のホームには屋根すらなかったのが妙に印象的であった。東武のホームには一応屋根があり、子供心に、ここは国鉄より東武の方が主役の駅なのかと意外に思ったものだった。今は勿論、どちらにも屋根はあるし、跨線橋まであって、当時の超田舎駅の面影はない。写真右上は、越生駅停車中の車内で、向こうに東武越生線が見える。

 越生を過ぎると風景はますます渋くなる。もともと地味な埼玉県の中でも特に地味な地域をゆったりと走るローカルな八高線は、やはり味わい深い。次の明覚は都幾川村の代表駅だが、首都圏に近いのに、まだ村のまま残っているのが嬉しい。そして明覚から小川町までの間は駅間距離が8キロもある。

e0028292_242419.jpg 小川町は、和紙で有名な町だ。東武東上線が池袋と結んでいるが、流石にこのあたりは東京への通勤圏としては遠すぎるようで、まだ地方都市らしさの濃い町だ。次回は下車してゆっくり歩いてみたい町である。ここでは下車の方が多く、乗車は僅かで、列車はますます空いてしまった。小川町から寄居までの間は、東武東上線と八高線の両方がある区間で、こんな田舎に、と言っては失礼だが、正直、2本もの路線があるのが過分な感じではある。小川町からしばらくは両線が並行し、分かれたあたりに、八高線の竹沢と、東上線の東武竹沢が至近の距離にある。そのためか、竹沢は八高線全駅で乗降客数が最も少ない駅だそうだ。それでもこの列車からは数名の下車客があった。そして無人駅の折原を過ぎ、荒川を渡ると寄居である。

 この寄居という駅もなかなかだと思う。田舎町なのに3本もの異なる鉄道が集まる要衝となっている。大都市圏を除いて、3社もの鉄道が集まる駅なんて、そうそうないだろう。兵庫県の粟生あたりが、大都市からの距離といい、何となく近い感じがする。寄居は粟生よりはずっと大きな町だが、それでも昔から市ではなく町なのである。ここで高校生を含め乗客が結構あった。小川町~寄居間は、東上線も使える区間だからか、八高線では輸送密度が一番低い区間らしく、列車本数にもそれが表れている。

 ところで、こうして東京郊外の町や村を結び、東京からの私鉄ともちょくちょく連絡する八高線のような線は、短距離の乗客が殆どかと思っていたが、高麗川からずっと同じ席に座っているビジネスマン風の人は、寄居を過ぎても下車しない。スピードの遅い単線のローカル線には違いないが、それでも例えば八王子から高崎へ行こうと思った場合、中央線で東京へ出て新幹線に乗っても、所要時間はいくらも変わらない。それでいて運賃・料金では大差がつく。東京西部から高崎へ、ないし上越・長野新幹線沿線へ出張という場合に、八高線経由になることもありうるのだ。そういった客も多くはないが、確実に数名はいるようである。

 寄居から乗ってきた高校生などは、埼玉県が終わる丹荘までの4駅で全て下車した。しかし、一般客に関しては、県境で極端に客が減るということはない。埼玉県でも最北部の児玉あたりだと、最寄りの主要な商業都市は高崎、次いで前橋である。埼玉県内でそれに相当する都市はどこかというと、熊谷や飯能あたりかと思うが、規模的に見劣りがする。あとは大宮、浦和、川越、所沢など、いずれも遠い。しかも埼玉・群馬の県境である、丹荘~群馬藤岡間には、別に険しい峠があるわけでもない。神流川という川が県境になってはいるが、恐らく昔から国境を越えての交流がそれなりにあったと思われる。

 その神流川を越えて群馬県に入った最初の駅が、群馬藤岡で、ここは藤岡市の中心駅だ。八高線の埼玉県側の市としては高麗川の日高市が最後で、そこから先はここまで市がなかった。しかし、こう言っては藤岡市に悪いが、小川町や寄居と大差ない感じがする。時間帯のせいもあるのか、乗ってくる客も多くはない。

e0028292_242437.jpg 群馬藤岡の次が北藤岡で、北藤岡が近づくと右手から高崎線が寄り添ってくる。そして単線の小さな北藤岡駅は、高崎線の線路のすぐ横にある。ここはどちらかというと、高崎線に乗っていて、左から単線のローカル線が近づいてきて、ポツンと小さな駅が見えるという、その風景の方が面白いかもしれない。高崎線にも北藤岡駅を造る話はあるらしいが、なかなか実現しないようだ。八高線の路線としての終点は、次の倉賀野なのだが、実際の線路は北藤岡を出ると間もなく高崎線に合流してしまう。そして複線電化で線形も良い高崎線の線路上をこれまでより高速で走ると、高崎線の駅にしては、これといって何もない倉賀野。それでも、八高線から見れば本庄・熊谷方面への乗り換え駅なので、多少の下車客があった。

e0028292_2435888.jpge0028292_2441222.jpg


 そしてもう一駅、高崎線上を高速で走り、終点の高崎に着いた。高麗川から乗り通していたスーツ姿のビジネスマンが、少なくとも2人いた。高崎のホームは切り欠きの3番線で、跨線橋にも遠く、他線への乗り換えにちょっと余分に時間がかかる。高崎で見る八高線は、ここでは一番のローカル線である。最近は高崎線にグリーン車までついているから、余計に都会の電車との格差を感じてしまう。駅も立派で、八高線の途中駅では見られない自動改札もある。それでも東京では見られなくなった、115系湘南色の電車もあり、ちょっと旅情を感じる。何はともあれ、八高線は今も渋く情緒のあるローカル線であり、これはこれでいつまでも発展しないで残ってほしいと思ってしまうのである。
[PR]
by railwaytrip | 2008-07-07 11:43 | 関東地方

北陸本線・福井~粟津

 北陸地方の普通列車には、まだ国鉄型車輛が多い。オーソドックスな急行型や近郊型に混じって、寝台特急電車改造の不思議な車輛もあって、なかなか面白い。しかしこれらも敦賀の方から順次新型車輛への置き換えが始まっているので、余命も長くないかもしれない。そう思って、国鉄時代の旅を彷彿とさせるような、北陸本線鈍行旅行をしばし味わおうと福井へやってきた。


e0028292_4312379.jpge0028292_4314576.jpg


 土曜の朝、8時41分発の金沢行に乗る。411系という国鉄時代の近郊型車輛で、当時の面影が良く残っている。平日なら通勤通学時間帯だが、それでも福井から金沢方面の下りに乗る通勤客は多分少ないだろう。6輛編成と、それなりの長さなので、空いているが、客層はというと、家族連れや若い女性のグループなどが結構多い。

e0028292_4321752.jpg 福井の近郊区間は4つ目の芦原温泉までである。最初の駅、森田も、改札のある右手こそそれなりに開けており、マンションなどが建っているが、左手は一面の田園だ。そんな所を一駅ずつ停まりながら行くのだが、各駅とも下車よりは乗車の方が多い。芦原温泉(写真左)でも結構乗ってきた。一般的に言うと、ここから峠を越えて県が変わるのだから、芦原温泉までで一旦ガラガラになって、峠を越えた大聖寺ぐらいから、金沢へ向けて段々と客が増える、という感じなのが、県境越え区間のパターンである。しかしここはそうではない。きっと週末は福井県側の人達も、遊びや買い物の目的地は、県都福井市よりは、金沢なのであろう。北陸三県における金沢の求心力はかなり強いようである。


e0028292_4331625.jpge0028292_4333755.jpg


 芦原温泉を過ぎると谷が迫ってきて、細呂木、牛ノ谷という2つの小駅を過ぎる。細呂木(写真左上)はまだ駅前に人家も多いが、牛ノ谷(写真右上)はこの区間で一番閑散とした、山の中の駅で、駅周辺に建物もあまり見られない。そんな駅でも若干の乗車客がある。牛ノ谷を発車するとすぐ、県境の牛ノ谷隧道に入り、出ると石川県になる。峠越えといえば、富山県との境にも、倶利伽羅峠という山越えがあり、倶利伽羅駅というひっそりした小駅がある。加賀の国(石川県)は、北陸本線以外に県境を越える鉄道がなく、その鉄道も両県境ともしっかりした峠越え区間で、国境越えの雰囲気がある。加賀に独自の文化が育った背景には、そういった地形的要素もあろう。しかし現代の人々はそんな意識もなく、気軽に県境を越えて金沢へ遊びに行く。

e0028292_4335989.jpg 牛ノ谷隧道は、1キロもなく、長い隧道の増えた今日ではものの数にも入らない。出るとゆるいカーヴを平野へとゆっくり降りていき、住宅が増えてくると、石川県最初の駅、大聖寺(写真左)に着く。もともと大聖寺はこのあたりではちょっとした主要駅で、駅周辺にもそれなりの集落があり、かつては山中温泉へ行く北陸鉄道も出ていた。その跡地はホームや線路こそ撤去されているが、今も空き地として残っており、ここだなとわかる。実は私も小学生の頃、家族旅行でこれに乗って山中温泉へ行った。駅自体もそれなりに立派で風格がある。特急こそ殆ど通過するが、主要駅の風格を今も保つこの駅からは、大勢の客が乗ってきた。

 大聖寺の次は、元は作見(さくみ)という小駅であったが、今は加賀温泉といい、特急停車駅である。このあたり一帯は加賀温泉郷で、海側、山側それぞれに、大小いくつもの温泉地があり、特に関西の奥座敷としても発展してきた。かつては大聖寺、動橋(いぶりはし)、粟津、小松と、作見を除くと各駅が急行停車駅クラスの駅であり、私鉄やバスで温泉地と連絡していた。そのうち大聖寺、動橋、粟津の3駅の機能を集約すべく、作見を加賀温泉と改め特急停車駅にしたわけだが、それから既に38年が経つ。今は作見駅時代を知らない人が多数派であろう。優等列車通過駅に降格された、大聖寺、動橋、粟津の3駅は、いずれもそういう意味では寂れてしまった。その加賀温泉は、特急が停まり便利な駅だが、特急券のいらない普通列車もそれなりに人気があり、ここでも乗車が結構いる。

 その次が難読駅の動橋で、駅の手前、田んぼの向こうにぼんやりとビル街が見えるのが片山津温泉である。加賀温泉郷を代表する温泉街の一つで、動橋が最寄り駅だったが、歩けるほど近いわけでもなく、バスやタクシーなら加賀温泉からでも大差ない。そのため、片山津温泉へ行く人が動橋駅を利用しなくなって久しい。動橋駅衰退の理由の一つであろう。それでもここからも金沢へ行くらしい地元の若い人が賑やかに乗ってきた。既にボックス席は殆ど埋まってしまい、デッキに立つ人もいる。

 次が粟津である。私はここで降りる。どこもそうだが降りる客は僅かで、乗る人が断然多い。ここにも粟津温泉という温泉地があるが、山中・山代・片山津に比べると知名度も低い。明らかにこの駅が最寄なのだが、バスも小松からしか出ていないらしい。かつてはここも北陸鉄道で結ばれていたそうだが、ここは廃止が1962年と古く、流石にもう何の面影もないようである。駅周辺は住宅と工場が多く、その工場の多くが小松製作所関連らしい。というわけで、観光客の利用は殆どない、日常的な駅である。特急が停まらないからそうなったとも言えよう。しかしホームが2つあり、駅舎とは地下道で結ばれている。その地下道は古くて薄暗いものの、風格がある。元急行停車駅の貫禄は十分である。駅舎も昔からの木造のようだが、だいぶリニューアルされているのか、ぱっと見た感じは古びていない。

e0028292_4342115.jpge0028292_4343541.jpg


 地方の鈍行列車といえども、6輛編成と長く、駅ごとに賑やかにお客が乗ってくる様子は、一昔前の鉄道の活気を今に伝えてくれた。この先、小松から金沢へ向けて、さらに賑わうのであろう。このまま金沢まで行きたかったが、時間の都合でここまでしか乗れないのがちょっと残念であった。

※ 一部の写真は、戻る時の上り列車から撮影していますので、実際この列車から見られる風景とは若干異なります。
[PR]
by railwaytrip | 2008-07-05 08:41 | 中部地方

徳島線・学駅

 徳島からは、高徳本線、徳島本線という2つの本線が出ている。但し現在、JR四国は本線と呼ぶことを廃止して名称を変えてしまった。いずれにしても、元・本線はこの2線である。一般的に考えると、県庁所在地間を結ぶ高徳線の方が幹線らしい幹線で、県内の阿波池田とを結ぶ徳島線の方はローカル線ではないかと思える。確かに特急の運転本数を見るとそうなのだが、ローカル列車に関しては逆で、県境を越える高徳本線は、途中で本数が激減するし、実際乗ってみると県境付近はかなり寂しい。それに対して徳島線は、吉野川沿いの開けた所を走るので、どこまで行っても結構人家も目立ち、普通列車の利用者がそれなりに多い。これもひとえに大河である吉野川のおかげであろう。

 徳島から普通列車で40分ほどの所に、学(がく)という漢字一文字の駅がある。特急の停まらない小駅であるが、駅舎もあり、交換設備もある、ローカル幹線の中級クラスの駅である。いつの頃からか、受験生のお守りとしてこの駅の入場券が売れ始めたため、結構良く知られている。もっとも受験生がわざわざこの駅まで入場券を買いにくるわけではなく、郵送での注文が殆どらしい。ともあれ話題性のある駅、ちょっと下車してみた。


e0028292_21125033.jpge0028292_21133569.jpg


 相対ホームの交換駅で、構内は結構広い。長大編成の列車同士が十分行き違いできるが、今は3輛ぐらいまでであろう。駅舎は木造で、上に櫓がついているのがユニークだ。この地方の標準建築というわけでもなく、このあたりでも学駅だけらしい。とにかく思ったよりは立派な駅らしい駅で、駅前には「学タクシー」もある。但し商店はない。待合室には、列車を待っているのかどうか、地元の人が2人ほどいる。切符売場の窓口もあるが、閉まっている。

 駅前に車が停まり、おばさんが降りてきた。駅舎に入ってきて、「あら、閉まっているのね」という。待合室にいた人が「午前中だけですよ」と答える。「あらそうなの、残念ね。車で通りかかって、ああ、ここかあ、と思って寄ってみたんですよ」とのこと。もとより鉄道マニアでも切符収集家でもない普通のおばさんと思われるが、そういう人がこんな風に立ち寄ってくれる程度に知名度も上がっているようだ。


e0028292_211356100.jpge0028292_21141228.jpg


 阿波池田行の列車がやってきた。平日の昼下がりで乗客は少ないが、地元の人が数名下車した。駅名以外にこれといったことのない平凡な所であるが、地元の利用者がしっかりいる。こういう輸送機関としての鉄道本来の姿がまだしっかり見られるのは嬉しい。
[PR]
by railwaytrip | 2008-07-02 13:49 | 中国・四国地方