新婚旅行で海外に行くのが当たり前ではなかった時代、宮崎県の青島・日南地区は、新婚旅行の行先としてトップクラスの人気を誇っていたという。
今やその面影を見出すのも困難ではあるが、それでも県庁宮崎市の市街や宮崎空港からさほど遠くないという立地条件や温暖な気候により、根強い人気はあるようである。プロ野球のキャンプ地としても知られている。 しかし、そこを走る日南線は、もう昔のような活気は見出せない。青島なども駅は無人化されており、利用者も少ない。宮崎に近い所はバスや車も便利だからであろうか、少し離れた飫肥、日南、油津あたりに、途中区間で乗降客が多い駅が固まっているようである。 その青島の先、飫肥の手前の地味な区間の一つ、伊比井という駅に、ぶらりと降り立ってみた。正直、そこまで大きな期待はなく、ちょっと海でも散歩して戻ろうかという程度だったのだが、何とも表現し難い、不思議な情緒を感じたひとときであった。 時は晩秋、北国はもうすっかり冬支度が終わっている時期だが、ここ南国、宮崎はまだポカポカ陽気である。それでも風はちょっと冷たい。 快速とは名ばかりのたった1輛の志布志行き気動車から降り立ったのは、私の他におばさん一人だけ。ちょっとした高台にある駅で、狭い島式ホームの交換駅である。南九州に多い、ガラス張りの待合室を兼ねた簡易駅舎だったら面白くないなと思って降りたのだが、ここは古くからの駅舎が健在であった。小さい駅舎だが、かつては駅員がいたのであろう。そしてホームの一部を切り欠いて設けられた階段を降り、線路を横断する構内踏切を渡って駅舎へ出るという構造が何とも言えない。 駅が高台にあるので、駅舎を出たら階段を降りなければならない。降りた所は国道。車はそれなりに通る。沿道は古い木造の家屋が並び、ちょこっと店もあるといった、街道筋の小集落である。 その国道を横断して狭い道を集落に入ってみる。陽光を浴びて明るい雰囲気だが、ひっそりと静まり返っている。平日日中だから当然だろうが、それでも空き家は少ないようで、生活の息吹を感じる集落であった。 抜けると海辺に出た。青い綺麗な砂浜である。年頃の女の子が二人、海辺で遊んでいた。それ以外には人影がない。夏は海水浴客で賑わいそうな感じであるが、壁に大きく「水泳禁止」と書いてある。 雄大な青い海も、そこで遊ぶ現代っ子の女の子も、ありふれた現代の風景である。しかしこの古びた、しかし落ち着いた静かな集落と、そこに立地する駅は、一瞬、現代であることを忘れそうな光景ではないか。寒くも暑くもない快適な気候だし、このままいつまでもぼっと海を眺めていたくなる。 そんな、自分にとって贅沢な一瞬の時間を過ごし、やってきた上り南宮崎行きの列車で引き返した。2輛編成だが、今度もガラガラに空いていた。正直、日南線の将来が心配である。 #
by railwaytrip
| 2010-11-17 13:06
| 九州・沖縄地方
青森からの特急が三沢に着いた時は、あいにく雨が降り始めていた。しかし予定通り、まだ乗ったことのない地方私鉄、十和田観光電鉄に乗って十和田市まで行ってみようと思う。
十和田観光電鉄といえば、その昔は地方私鉄の優等生で、乗客も多く、例えば津軽鉄道あたりと比べてもずっと活況を呈していたという。それというのも終点の十和田市がそこそこ大きな街だからであろう。十和田といえば十和田湖、そして観光、という文字が路線名に入れば、十和田湖へ行く観光路線のような印象を与えるが、実際にこの電車とバスを乗り継いで十和田湖へ観光へ行く人は、昔から少なかった。それよりは圧倒的に地元の生活密着路線としての性格が強い。 リニューアルされて都会風の橋上駅になったJR三沢駅の西口を出て、十和田観光電鉄の駅へ行く。そこはうって変わって古色蒼然としたモルタル造りの渋い駅がある。とりたてて味わい深い建築ではないが、今見ると、昭和に時代が逆戻りしたような味わいがある。 駅舎の中に入ると、その感じは一層強まった。平日の日中のお客が少ない時間帯で、しかも雨である。だから余計に寂しく感じたのかもしれないが、それでも駅員がいて切符売場もある。自動券売機もあるので、私はそこで十和田市まで570円の切符を買ってしまったが、後で知ったのだが窓口で硬券も買えたらしい。どちらにしても、改札口で鋏を入れてもらう。昔ながらの鉄道の姿がここでは健在である。 電車は東急のお古で、東急時代の面影が良く残っていて何となく懐かしい。12時35分発、2輛に10人ほどの客を乗せて発車した。もちろんワンマン運転である。 三沢を出るとすぐ、古牧温泉の中を通る。温泉地と言うよりも、ホテルの中を横切るような感じである。その後は林の中を走ったと思えば田園地帯を走る。人家は少ない。最初の大曲駅も次の柳沢駅(写真右上)も、単線の無人駅で反対側は見事な水田であった。乗降客もいない。 3つ目の七百という面白い名前の駅は、途中唯一の交換駅である。駅に小さな車輛基地が併設されている。 次の古里は、駅前に道路が走り、駅付近にも人家が見られるなど、これまでより少し賑やかになった。ここまで4駅で8.4キロあり、ここから十和田市まではまだ6駅もあるのに、6.3キロしかない。十和田市側の方がずっと駅間距離が短いのである。三沢も大きな街だが、駅のあたりは市街地と離れているので、三沢側の風景は概して寂しい。ローカル盲腸線の多くは、先へ行くに連れて寂しくなっていくが、この線は逆である。しかしこのことが、十和田市のためにこの路線が残っていられる理由の一つであろう。 古里の次が三農校前という駅で、駅名の通り、駅前に県立三本木農業高校がある。そして一つ飛んで北里大学前があり、その次が工業高校前と続く。今の時代なら学園都市線などのニックネームをつけてもおかしくない。通学時間帯はそれなりに賑わっているに違いない。 その次がひがし野団地前という、これまた東京近郊にありそうな駅名だが、駅周辺は団地ではなく、東京よりずっとゆったりとした一戸建ての住宅が並んでいる。そして最後はそれまでより少し寂しくなって、十和田市に着いた。途中多少の乗降客があったが、大半は全線乗車の客のようであった。 十和田市駅は、駅ビル併設の橋上駅だが、駅ビルにあったスーパーが色々な事情から撤退してしまい、もぬけの殻である。有人駅で、駅員が集札しているが、それでもどことなく寂しく寒々しい感じがするのは、天候と、この無機質な駅ビルのせいだろうか。こんな場合は昔ながらの木造駅舎の方が温かみを感じるものである。ちなみに市街地は駅から先へ少し歩く必要がある。 雨の中、線路に沿って少し戻り、途中の駅から乗って三沢へ戻った。帰りも乗客は10人前後であった。三沢に戻り、駅構内の老舗の蕎麦屋で昼食をし、それから駅の先の古牧温泉の入口にある踏切で、次の列車の発車を見送ってみた(写真右上)。 ※ 乗車当時のこの線には具体的な廃止の話はありませんでしたが、その後、新幹線延伸や震災の影響もあり、急に廃止の話が浮上し、結局2012年3月31日をもって廃線になってしまいました。 #
by railwaytrip
| 2010-05-28 12:35
| 東北地方
ロンドンは欧州最大の都市の一つで、都心に鉄道のターミナルが沢山ある。その数はもしかすると世界一かもしれない。ターミナル間やターミナルと周辺の郊外は、主に地下鉄が結んでいる。ゾーン1に属する都心部が、東京の山手線内よりちょっと広いぐらいの印象がある。ロンドンとその周辺に出入りする殆どの鉄道路線が、何らかの形でゾーン1を起終点とするか、通過している。他方、郊外相互間の横の連絡はあまり発達しておらず、多くの地域ではバスがカバーしている。
そんな郊外の横の連絡路線の中でも老舗の一つが、北東部のBarking(バーキング)と北部のGospel Oak(ゴスペル・オーク)を結ぶ、ブリティッシュ・レール(国鉄)の路線である。古い路線だが、あまり発展しておらず、未だに非電化で、2輛編成のディーゼルカーが一時間に2~3本程度という運転本数である。都心からの距離で言うと、東京なら武蔵野線ぐらいか、もう少し都心寄りを走っているぐらいなのだが、ロンドンにはそんな路線が残っている。しかし乗客は増えていて、近いうちに改良されて近代化される話もある。そういう話を聞いてしまうと、今のうちに一度乗っておきたくなるものである。 夕方のラッシュにはまだ少し早い16時代、地下鉄ディストリクト線でゾーン3のBarkingへ着いた。国鉄の中距離列車も停車する、ちょっとした拠点駅で、東京で言えば柏とか立川ぐらいであろうか。しかし駅周辺は普通の商店が並んでいるだけで、デパートが集まる中核駅ではない。というよりも、ロンドンは都心を離れて郊外に行くと、そこまで大きく開けた拠点駅はない。それでも、乗降客・乗換え客で、駅はそこそこ活気があった。特に地下鉄は発着が頻繁である。 その一番はずれの1番線が、目指す Gospel Oak 行きのホームである。駅の時刻表を見ると、次の発車は16時54分発で、約10分待ちである。 乗り慣れた電車とは違う、気動車独特のエンジン音は、鉄道に特に関心のない一般利用者でも、違いを感じるであろう。イギリスは郊外に出れば気動車は珍しくないが、ロンドンにしばらく滞在して電車ばかりに乗っていれば、やはりこれは違った音に感じられる。そんな気動車ならではの大きな唸りをもって、重々しく到着。僅か2輛の短い編成だが、それなりの数の下車客を吐き出すと、折り返しの利用者が乗車。乗車率は半分弱というところか。東京と違って完全クロスシートである。 発車すると、左にロンドン中心部へ向かう地下鉄としばらく並行するが、やがてあちらが左へカーヴして分かれていく。その後は概ね郊外の住宅地という感じの所を通る。駅はどこも相対ホームで、ちょこちょこと乗り降りがあるが、多くはない。2~3駅ごとぐらいに都心部と郊外を結ぶ地下鉄と交差している筈だが、あちらは地下なので、知らなければわからない。乗換駅は殆どない。地図を見れば徒歩乗換えができそうなところはあるが、そういう利用者はあまりなさそうである。ロンドンは日本の大都市と違って地下鉄とバスが運賃面でも一体化されているから、10分も歩いて鉄道同士で乗り換えるぐらいなら、バスを組み合わせて使うのだろう。 それでも夕方の人の移動の多い時間帯なので、駅ごとに乗降がある。段々空いてくるわけでも混んでくるわけでもない。写真左上は西日がまぶしかった Leyton Midland Road(レイトン・ミッドランド・ロード)駅の反対ホーム、写真右上はホームで待っている乗客の多かった Harringay Green Lanes(ハリンガイ・グリーン・レーンズ)である。しかし突出して乗降客の多い駅はない。唯一、地下鉄(Victoria Line)と乗換えできる、Blackhorse Road(ブラックホース・ロード)でも、特に乗降客は多くなかった。その先でちょっと池のある公園の中を通ったぐらいで、あとは概ね変化に乏しいロンドン郊外の住宅地である。しいて言うと前半より後半区間の方が、やや高級な感じの所が多かった。 途中駅は10駅で、平均3~4分ごとに停車する。賑やかそうな商店街がある駅もあれば、駅前から住宅地といった駅もある。最後の停車駅、Upper Holloway(アッパー・ホロウェイ)を出ると、最後の区間はスピードが遅くなり、おごそかに、という感じで終着の Gospel Oak に着いた。所要時間は36分であった。 Gospel Oak は、ブリティッシュ・レール同士の乗換駅で、地下鉄は来ていない。駅を出てみたが、お店も殆どなく、案外寂しいところであった。もちろん徒歩圏内にそれなりの住宅があるから、乗降客も少なくないが、それよりは乗換え客の方が多い。Barking から乗り通した人が何人いるかわからないが、印象としては、かなりの乗客が途中で入れ替わっていたと思う。 ロンドンの鉄道路線図を改めて見てみると、この Gospel Oak という駅は、三方向のどの路線も都心へ向かっていない。東1キロほどの所に地下鉄 Northern Line の駅が2つあり、それが都心へ直通している。もう少し乗り継ぎを便利にすればという気もするが、行先によって路線を使い分けるだけのことなのだろう。だからこのブリティッシュ・レールの駅は、ロンドンの割にはローカル線っぽい今の雰囲気を今後も保ち続けてくれるかもしれない。それでもここで接続している路線は電化されており、電車が走っている。このあたりのロンドン至近距離での非電化区間は、やはり貴重になりつつある。 #
by railwaytrip
| 2010-02-26 16:54
| イギリス
新幹線が続々と開通し、在来線の長距離特急がどんどん減ってきた。気がつけば、新潟と青森を結ぶ「特急いなほ」が、在来線最長距離を走る定期昼行列車となっている。一昔前を思えば随分短くなったものである。しかも、この区間を通して走るのは「いなほ」7往復のうち1往復だけで、その他の「いなほ」は、新潟~秋田、または新潟~酒田が運転区間である。そして、秋田~青森間には、それを補完する役割の「かもしか」という、昔はなかった特急がある。
この最長距離列車にしても、いつまで残るかわからない。早いうちに一度乗っておきたいと思い、今回、全区間を乗ることにした。新潟発の下りだと後半のかなりの部分が日没後になるので、青森を早朝6時04分に出る上り列車に乗ることにする。11月下旬という日の短い季節ゆえ、青森はまだ真っ暗である。 半室グリーン車付き6輛という、一応特急らしい編成である。前3輛が自由席なので、私は3輛目の4号車に乗った。ホームを歩いて見てみても、どの車輛もガラガラだ。札幌発「はまなす」からの乗り継ぎ客が殆どのようで、あとは、早起きの青森の人だろうか。途中で混むかもしれないので、一応、海の見える右側を選んで座る。閑散としているが、ホームの売店は開いていたので、朝食を仕入れておく。発車して数えてみると、この4号車の乗客は5名であった。隣の指定席3号車をドア越しに覗いてみるが、誰もいないようである。 奥羽本線の青森寄りは、市街地が狭い。東北新幹線の終着駅となるため、工事が進行中の新青森を通過し、津軽新城を過ぎると、早くも山にかかり、山峡の寂しい鶴ヶ坂を通過、このあたりは昔から変わっていない。そして大釈迦を過ぎると峠を越えて、弘前盆地へと下りていく。そのあたりから外が薄明るくなる。大半の特急が停まる浪岡を通過。長距離特急の貫禄というところか。右手にうっすらと岩木山が見えてくる。その次の北常盤は弘前から3駅目だが、駅周辺に新興住宅が多く、都会風に栄えてきている。県庁青森から3駅目の鶴ヶ坂とは大違いで、これだけを見ると、青森より弘前がずっと大都市なのかと思う。下り青森行を待つ通勤通学客が下りホームにいる。五能線が合流する川部は昔のままだが、その次の、難読駅として名高い撫牛子も、駅周辺は新興住宅地として開けており、下りホームにはやはり通勤通学客が列車を待っている。 最初の停車駅、弘前で、客が結構乗ってきた。といっても、ここから先は険しい山越えで、交流の多そうなところではない。発車メロディーが津軽三味線なのには苦笑してしまう。ちょっとやりすぎではないかと思う。 弘前から大館の間は、人家も少ない矢立峠越えの険しい山中を走る。しかし弘前寄りはある程度の人家や町があり、同じ区間を走る「特急かもしか」は、大鰐温泉と碇ヶ関にも停車する。しかしこの「いなほ」はこれらを通過し、大館までノンストップで走る。長距離特急の面目躍如といったところか。もっとも時間帯からして秋田へのビジネス特急の性格が強いから、浪岡ともども、青森県内の小駅は通過して良いという判断かもしれない。 人家もない所にポツンとある無人駅、津軽湯の沢を過ぎ、国境の隧道を抜けると秋田県に入る。最初の駅、陣場も寂しい所だが、人家はパラパラとある。陣場と白沢の間は、お互いが見えないところまで上下線が大きく離れて走る。秋田県に入ってうっすらと太陽も出てきた。そして人家が増えてくると大館に着く。 県庁秋田への日帰り出張に便利な朝の列車だけあって、大館では大勢乗ってきた。といっても、まだ席の3分の1が埋まった程度である。ここからは米代川沿いをゆるいカーヴを繰り返しながら、徐々に下っていく。一人の男性客が多く、新聞を読んだりパソコンを広げたりしている。進むに連れ、霧が深くなってきた。米代川から立ち上る朝霧らしい。 霧の鷹ノ巣に停車。ここからの乗車は僅かだ。その先、列車はスピードを出さなくなった。車掌が「霧のため徐行しています」と放送する。次の二ツ井を6分遅れで発車。二ツ井も乗車は少ない。二ツ井を出るとあっという間に霧が晴れ、スピードを取り戻す。しかし、通過する鶴形の手前の場内信号機で停まってしまった。2分ぐらい停まると、下り線を「特急あけぼの」が行き違う。そしてこちらもゆっくりと動き出し、鶴形通過。鶴形の先が単線のため、こうなったようだ。本来なら「あけぼの」とは東能代で行き違うダイヤである。 東能代には12分遅れて8時03分に着いた。隣のホームには、7時55分発の五能線が、学生をいっぱい乗せて、この列車との接続待ちをしている。4号車からは東能代で降りる客はいなかった。秋田もだいぶ近いからか、乗車も少なく、すぐ発車。 東能代からは、日本海が見えるほどではないが、海と遠くない平野部を走るので、スピードも出る。遅れ回復ということもあり、特急らしく快走する。鯉川のあたりでは右手に八郎潟を間近に眺めることができる。昔は全部が湖だったのだろうが、もう干拓されて何十年も経ち、今の風景が定着している。つまり湖と言っても川のような水路が残っているだけである。昔からここを通るたびに、鯉川で降りて、あの湖畔まで行ってみたいと思っているのだが、未だに果たせていない。 秋田までで最後の停車駅、八郎潟も、乗車は少ない。このあたりから秋田なら普通列車でも十分なのだろう。車掌が「八郎潟の次は終点秋田です」と何度も言い、訂正もしない。 男鹿線が合流する追分あたりから、秋田郊外っぽい風景になってくる。そして秋田の外港がある土崎は、それ自体、一つの町である。しかし土崎と次の秋田は7.1キロもあり、今の時代なら間に駅が2つぐらいできても良さそうな気がする。 車掌が「間もなく終点、秋田です」と言ってから、やっと気がついたのか「失礼しました。間もなく秋田です」と言い直し、東京行き「こまち」などの連絡列車案内を始める。多くの客がそわそわと降りる支度を始める。といっても殆どの客は軽装で、大きな荷物をかかえた人は少ない。 秋田へは僅か2分遅れで着いた。随分と回復力があるものだと思うが、単線区間の多い奥羽本線では、それぐらいのダイヤ設定にしておかないと、ひとたび遅れると収拾がつかなくなるのかもしれない。殆どの客が降りるなあ、と思ってみていると、本当に殆ど降りた。しかし通路の向かい側の席の、パソコンや書類を開きながら携帯電話で通話をしている若い男性は降りないらしく、電話とパソコンの両方に夢中である。やれやれ、どこまで行くんだろうと思っていると、周囲の様子に気がついて、あわててパソコンを閉じ、鞄に書類ともども無造作に突っ込むと、駆け足で下車していった。何と、4号車の客は私以外、全員秋田で降りてしまった。代わってこれまでとは雰囲気の違う、旅行者風の中年グループなどがパラパラと乗ってきた。 車掌も交代し、車内販売も乗ってきて、全く雰囲気が変わり、秋田を定刻に発車。それにしても、車掌が秋田を「終点」と勘違いするのは、自分の乗務が秋田までだから、という以上に、何となくわかるような気がした。それほど、別の列車でも問題ないぐらいに乗客が殆ど総入れ替えになるのだ。長距離特急が減っていく理由もわかる気がする。そもそもこの「いなほ8号」は、以前は大阪行きの「白鳥」だった列車だ。今回の私も、折角全区間乗るのだから、新潟で乗り継いで大阪まで、かつての「白鳥」のスジをたどろうかとも思ったのだが、それはさすがに馬鹿らしいのでやめにした。しかし、こうして途中で分断されていく理由は、JR側の合理化という以上に、乗客の流れに沿ったものであることを実感してしまう。残念だがこれが現実だ。この「いなほ8号」も、いずれは秋田までの「かもしか」とに分断されてしまうかもしれない。そう思うと、今回乗っておいて良かったと思う。実は「白鳥」にも全区間通しで乗ってみたかったのだが、果たせぬうちになくなってしまった。「白鳥」とでは、乗りでが丸で違うが、せめてもの慰みだと思うことにしよう。 秋田から新潟までは、延々と日本海岸を行く。距離も長いが、その間、県庁所在都市もない。県庁秋田への朝のビジネス特急だった前半区間とは色々な意味で違う。まだ8時台だが、ビジネス客が降りた後の空いた列車の中は、昼下がりのようにけだるい。だが、秋田までは乗っていなかった車内販売が乗ってくる。あまり商売っ気がなさそうで、さっさと通り過ぎる。私は青森駅で、秋田まで車内販売が無いという駅のアナウンスを聞いていたので、青森のホーム売店で買った朝食を済ませており、車内販売には用がない。秋田までの方が商売になりそうなのに、と思う。 秋田から羽後本荘までは、35分かかる。特急なのだから30分以上の無停車など当然で、というのは、一昔前の話で、この列車で30分以上の無停車は、青森~弘前、弘前~大館と、ここと府屋~村上の4ヶ所だけで、それもいずれも40分以内である。雄物川を渡った先の、秋田から2つ目の新屋あたりで秋田郊外の風情は果て、海辺に出ると、松林の多い日本海岸を、時に海を遠く近くに見ながら、しかし大半はその間の国道を見ながら、列車は快走する。 ローカル幹線の主要駅という風情の羽後本荘は、晴天のため明るい雰囲気だが、時間帯のせいか乗降は殆どなし(写真上)。続いて停まる仁賀保は、駅の裏がTDKの大工場で、東京と出張のビジネスマンの行き来も多い駅だとの話だが、やはり時間帯のせいか、乗降客は殆どいない。ここでは下り貨物列車が向かいに停まっていた(写真右下)。委託駅員のおばさんが手持ち無沙汰に列車を見送っている。 「陸の松島」の異名を持つ象潟が近づくと、特に左手の田んぼの中に、隆起した松島がいくつも見られる(写真左下)。羽越本線の車窓の珍景を代表する一つだと思うが、昔に比べると周辺に住宅が増えたような気がする。その象潟も、乗降客は殆ど見られない。 象潟の先は、有耶無耶の関があったとされる国境で、人家も途絶え、青い海が美しい。そして県境を越えて最初の、信号場あがりの駅、女鹿に運転停車した。羽越本線屈指の閑散駅であり、普通列車でも通過が多い。ゆえにこれまで駅をじっくり眺める機会に恵まれなかったが、思いがけぬ停車なので、窓越しに様子をじっくり観察する(写真右上)。やがて下り普通列車が通過する。酒田方面へ通う通学生のために朝夕だけ停車する駅らしく、この時間帯は普通列車も通過してしまうのである。特急を待たせておいて通過する普通は珍しい。確かに駅のあたりは人家もなく、鬱蒼としており、降りるのを躊躇うような駅だが、ちょっと歩けばそれなりの集落があることがわかる。このあたりの集落は、屋根が黒瓦に統一されているので、朝日を浴びて輝く集落全体が美しく、一枚の絵になっている。 そのあたりから左手に鳥海山が見えてくる。今日は雲もなく、名山がくっきりと眺められる。山形県最初の停車駅である遊佐は、羽越本線の特急停車駅の中でも影が薄い小駅だと思っていたが、ここから数名が乗ってきた。県が変わったことで動きが出てきたのかもしれない。遊佐をすぎると海が離れ、米どころの庄内平野を快走する。そして羽越本線の中間地点の要衝、酒田に定刻に着いた。パラパラと列車を待っている客がホームに立っている。 4分の停車時間があるので、ホームに下りてみる。もう11月下旬で、雪の季節も間近だが、今日は暖かい。荒れ狂う冬の日本海も味わい深いが、日が短い今の季節だけに、昼間こうして晴れてくれて、青い海が堪能できるのも良いものである。 数は少ないものの、新幹線乗り継ぎで東京方面までという雰囲気の客が乗り出したのも、このあたりからである。続く余目は、町自体は小さいが、そこでも、そしてその次の鶴岡(写真左)でも、そんな感じの客が乗ってくる。少しずつ客が増えてきたので、車内販売がもう一度回ってくるが、この販売員、あまりやる気がないのか、回る頻度が少ない気がする。青森を出て既に5時間も経つし、天気も良いので昼すぎの気分だが、まだ11時で、昼食を買うには早い。 鶴岡から3つ目の三瀬を通過すると、列車はまた日本海岸に出る。ここから村上の手前までは、大部分が日本海沿いを走る、羽越本線屈指の絶景区間だ。大きな町もなく、特急停車駅としては、あつみ温泉と府屋の2駅がある。そのあつみ温泉では、温泉帰りの行楽客とおぼしき中年女性のグループなどが乗ってきた。新潟へ向けて少しずつ客が増えてきた。そして、山形・新潟県境にあり、奥州三大関所の一つである鼠ヶ関を通過。江戸時代には念珠関とも言ったらしい。通過後、駅構内のはずれで山形県から新潟県へと入るのは、まさに関所から発展した町ならではか。 次の府屋でも若干の乗車があり、ここから村上まで30分が、笹川流れの景勝など、海の眺めが素晴らしい区間となる。確かに海岸美は素晴らしいが、間を国道が通っているし、それにこうしてずっと走ってきた後に見ると、人家が結構多く感じる。それでも汽車旅の良さを感じさせる、いい区間だと思う。通過する駅も桑川を除けば小さくて風情がある。桑川だけは、駅舎もモダンで立派になり、駅付近に民宿が多く、道の駅もあって、ちょっと賑やかな印象があった。 間島を過ぎ、ゆるやかに海から離れると、いよいよ越後平野で、旅も終盤だと思う。今日は明るいからあまり影響ないものの、ここに交直流の電源切り替えのための、デッドセクションがあり、車掌も「電源切り替えのため、一時車内が暗くなります」と放送をする。そういえばそういうものがあったか、と思う。最近の新しい車輛は、デッドセクションでも電気が消えないで済むものが増えている。夜などは結構面白くて、これも旅の味わいのうちだと思うが、こういった情緒も鉄道技術の進歩とともに消えてゆく。 村上は、そんな直流区間に入った所にある市で、県庁新潟までは特急を使いたくなるぐらいの距離はある。しかし、時間帯のせいか、僅かしか乗ってこなかった。ここからはほぼひたすら、米どころ新潟の田園地帯を快走するが、人家も増えるし、工場なども見られるようになる。終点まで1時間を切って、12時も回ったので、最後の車内販売から昼食を買おうと思っていたのだが、前寄りの通路でじっとしているのが見えるのに、一向に回りに来る気配がない。こちらから買いに行こうかとも思ったが、それも面倒臭くなり、結局昼食は新潟に着いてからになってしまったのだが、それにしても、ここまでやる気のない車内販売は珍しい。 中条、新発田と、わずかな乗車がある。新発田は降車もあったが、基本的には秋田以来、圧倒的に新潟志向の客が中心の列車であった。新潟のベッドタウンとなった豊栄が最後の停車駅で、ここも動きはなく、そのあたりからは人家も増えて、久々に都市が近づいたと思う。新潟は本州の日本海側で最大の都市で、秋田より大きい。 車掌が新幹線などの乗換列車の案内を始めた。秋田でも「東京行きこまち」という案内はあったが、軽装の県内ビジネス客っぽい人ばかりで、あまり実感がなかった。その点こちらは、乗り継いで東京へ向かう客がそれなりにいるような雰囲気がある。新潟が近づいたこと、イコール東京が近づいたことになっている。新幹線が増えて、日本が狭くなり、どこにいても東京が近くなった。その新幹線との連絡も2度あるものの、新幹線が走らない区間だからこそ、延々6時間43分、在来線最長の特急昼行列車はこうして何とか今も走り続けている。途中最大12分遅れたが、新潟には定刻、12時47分に着いた。ローカル長距離鈍行を乗り通したような達成感もなく、長いとも思わなかったが、昼間の列車にこんなに長く乗ったのは久しぶりではあった。 ※ この区間は、東北地方(青森・秋田・山形県)と中部地方(新潟県)とにまたがりますが、東北側の方が距離が長いため、便宜上、東北地方のカテゴリーに分類しました。 #
by railwaytrip
| 2009-11-25 12:47
| 東北地方
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