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Divača ~ Koper

 スロヴェニアは、旧ユーゴスラヴィアが分裂してできた国の一つである。その中で一番に安定・発展し、いちはやくEU入りを果たした。小さくて地味な国だとは思うが、意外と面白い。

 スロヴェニアに詳しい方はそんなに多くないと思うので、改めてこの国の地図を眺めていただきたいのだが、そもそも地図を見る以前に、スロヴェニアには海があるかどうか、という質問に即座に答えられるであろうか。地図を見れば、一応あることがわかる。しかし海岸線の距離は極めて短い。イタリアとクロアチアが海岸線を沢山取ってしまって、スロヴェニアは僅かしかもらえなかった、とでも言いたくなるような恰好になっている。

 その貴重なスロヴェニアの海岸線沿いには、町が3つほどある。中でも一番大きく、唯一鉄道もあるのが、Coper(コペル)で、スロヴェニアにとっての重要な貿易港になっている。EUになってEU内の物の移動には通関も必要なくなったのだから、自国に海がなければ隣のイタリアの港でも借りれば特に支障ないのでは、なんて考えたくなるが、無論そう単純には行かないだろう。スロヴェニアにとってコペルへの陸路は、道路であれ鉄道であれ、物資の輸送路として重要な生命線なのではないだろうか。

 というのは、実は私も後から気づいたことで、私がCoperに行きたいと思った理由は、もっとずっと単純である。それは、途中区間の細かな鉄道路線図を見たからである。そこには行って戻るようにぐるりと大回りする大カーヴがある。地図で見つけた時は、釜石線の陸中大橋をさらに大規模にしたような感じだなと思った。こういう線路の敷き方は、決して稀とは言えないし、勾配緩和目的であることも想像はつく。だが例えば磐越西線にしても狩勝峠にしても、もっと左へ右へとカーヴを何度も繰り返しながら標高差を稼いでいっている。その点ここは、まっすぐ行って、まっすぐ戻る、それだけである。地図以外の情報もほとんどなく、絶景路線を紹介するような書物にも出てこない。そうなると、どんな所か想像がつかないので、余計に行きたくなる。

 首都Ljubljana(リュブリアーナ)から南西へ、イタリアへとつながる幹線を104キロほど行くと、Divača(ディヴァーチャ)という駅がある。そのまままっすぐ行くと、スロヴェニアの最後の駅はSežana(セジャーナ)で、Sežanaを出ると線路はすぐイタリアに入り、トリエステ方面へと至る。Divačaから南へ分岐する支線は、さらに少し先で二つにわかれ、一つは南へ、国境を越えてクロアチアのPula(プラ)まで行く。もう一つは西へ分かれる。これがCoperへ行く線である。この分岐点とCoperの間に「スロヴェニアの陸中大橋」の大カーヴがある。

 先にSežanaを訪問してから、戻りのLjubljana行きに乗り、Divačaで下車した。Divačaは大きな駅舎を持った駅だ(写真左下)。その割と町は小さそうである。それでも一応の町であり、ちょっと高台にある駅前から眺めると、そこそこ住宅がある。駅前には保存蒸気機関車が展示してあるので、鉄道の町だったのかもしれない。


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 少し待った後、Ljubljana方面からやってきたIC503列車は、日本の旧国鉄なら急行ぐらいに相当するインターシティーの長距離列車で、嬉しいことに、機関車が牽く5輛編成の客車列車であった(写真右上)。一等車はもちろん、食堂車までついている。二等車は普通の座席車とコンパートメントが混在している。空いたコンパートメントもいくつかあったので、その一つに入り、座った。

 この列車は、オーストリア国境に近いMaribor(マリボール)を朝の6時50分に出て、首都Ljubljanaを通ってさらに南下してきたという、国内南北貫通列車である。Ljubljanaで運転系統を分けず、所要5時間の直通列車として運転されている。Divača発は11時01分で、終着Coperまで49キロを49分で走るから、表定速度60キロで、わかりやすい。途中停車駅1つ、通過駅4つ。

 Divačaを出ると、Sežanaを経てイタリアへと西へ向かう本線と分かれ。ほぼ90度のカーヴを描き、南へと針路を取る。電化はされているが、単線になった。するとこれまでより景色が荒涼としてきた。小駅を1つ通過し、次に停まるのが、Hrpelje-Kozinaという駅で、大きな駅舎があり、駅員がいる(写真左下)。しかし、下車した人は僅かのようであった。


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 Hrpelje-Kozinaの次が、Prešnicaという駅で、ここが、このまま南下してクロアチアへと向かう線と、西へ分かれてKoperへ向かう線との分岐駅である。しかしここは小さな単線の無人駅で、この列車も停車しない。駅周辺も人家は散在しているものの、まとまった町など無さそうな所であった。

 分岐後も、カーヴを繰り返しながら荒涼とした山の中を走る。ブドウ畑が多い。スロヴェニアのこのあたりは隠れたワインの産地だそうだ。次のCrnotičeは、交換設備はあるが、小さなホームと待合所があるだけの駅であった(写真右下)。通過駅だが停車して貨物列車と行き違う。時刻表によれば、この駅に停車する列車は、下りKoper行きは、朝6時41分の1本だけで、上りは14時02分と19時39分の2本だけである。その14時02分の方は、私がこれから帰りに乗る予定の列車である。こんな駅の乗降客がいるのだろうか。そんなことが今から楽しみになってくる。


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 Crnotičeを出ると、いよいよ大迂回区間に入る。地図によれば、CrnotičeからRižaraという信号場と思われる所まで、直線距離では3キロぐらいしかない。そこを鉄道は、約17キロほど大迂回して走るのである。

 まずはぐるりと左へほぼ180度、向きを変える。すると右手に谷の風景が広がる。その向こうに、これから先に通る線路だろうと思われるものが見える。そこまでの高低差もなく、そんなに大迂回しないといけないほどの地形とも思えないが、線路はその昔、蒸気機関車が難なく登れるようにと考えて敷かれたのであろう。


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 そんな所を時に森の中を、時に荒地を、時に小さな集落を、そして時にブドウ畑を見ながら快適に進む。勾配はゆるいが、それでも徐々に下っていっているのがわかる。Hrastovljeの手前では、この後通過する線路が本当にすぐ真下に見える所がある。それを過ぎるとまた少し下の線路が離れていき、向こうに小さな駅が見える(写真左下)。Hrastovljeである。その先で線路はぐるりと180度回り、列車はHrastovljeを通過、ここもCrnotičeと同様、下り1本、上り2本しか停車しない駅である。

 今度は右手上方に、今通ってきたばかりの線路を見ながら、列車はさらに高度を下げていく。そしてようやく左へゆるやかなカーヴを描き、通ってきた線路が見える風景も終わる。その先に信号場があり、列車は停まった。反対には貨物列車が停車している。ここがRižaraであろう。来る前にグーグルマップで調べてきたところ、ここも駅として描かれているが、現地の駅でもらった列車時刻表には掲載されていないし、実際に来てみると、ホームもないので、列車行き違いのための信号場に違いない。


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 貨物列車とすれ違うだけですぐ発車するのかと思ったら、機関士が降りてきて、客車の下を点検している。ブレーキの具合でも悪いのだろうか。それで5分ほど停まった。このまま動かなくなったら困るなと思っていたが、何とかなったらしく、発車。そこから先は徐々に平地が広がり、いかにも山から町に下りてきたという風景になり、人家も増えてきて、終着Koperに定刻より5分ほど遅れて到着した。


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 Koperは、ホーム2面の行き止まりの終着駅であった。空いているとは思っていたが、5輛の列車からはそれなりの数の乗客が降りてきた。大きな荷物を持った人も多い。建設中なのか、ガラス張りのモダンな新駅舎が一部だけで営業中で、駅周辺も新開発地のような雰囲気で、格別の風情はない。


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 ここはスロヴェニア唯一の、海に面した駅である。駅自体から海は見えないが、西へ歩けばすぐ港で、その雰囲気が駅付近でも感じられる。はるばるたどりついた終着駅、という感慨もあるが、実はイタリアのトリエステまで、直線距離では12キロしかない。旧市街は駅から北へ数分歩いたあたりから始まる。大きな道路を1本渡って旧市街へ入ると、それまでと雰囲気は一変した。

 イタリアっぽいと言えばそんな感じの、細い路地の続く古い家並み。教会があり、小さな広場があり、昔から営業していると思われる小さな家族経営のお店が並んでいる。特に著名な観光施設はなさそうだが、旧市街全体がいい雰囲気で歩き回れる。列車に乗っている間は今ひとつパッとしないどんよりした天候だったが、歩いているうちに薄日が差してきて暖かくなってきた。春が来た、そんな言葉がピッタリのひとときであった。1時間半という滞在時間も、長すぎず短すぎず、ちょうど良かった。


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 駅へ戻り、13時29分発Divača行きの客となる。さきほど降りた時に、隣のホームに2輛の古びた気動車が停まっていたのを確認しているが、やはりその列車であった。行きと帰りで全く違う雰囲気の車輛に乗れるのが、これまた嬉しい。このDivača行きは、Divačaまでの途中5駅の全てに停車する。中途半端な時間帯の鈍行だからか、乗客は少ないが、Divačaで、Sežana始発のLjubljana行きに接続しているので、大きな荷物を持った長距離客っぽい人も多少乗っている。発車時に数えてみると、乗客は私を含め8名で、全員が1人客であった。意外にも若い人が多い。


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 気動車らしい重々しい唸りをあげて定刻に発車。今通ってきた所をエンジンをふかして上っていく。坂を下る往路が客車で、坂を上る復路が気動車というのも、鉄道らしい旅を味わうのに最高の組み合わせだったなと思う。偶然組めたスケジュールだが、良かったと思わずにいられない。

 町並みが途絶え、山へと分け入っていき、左手奥にこれから上って行く線路らしいものが見えてくると、最初の停車駅、Hrastovljeである。案の定、誰も乗降しない。もはや駅としての機能は終えているとしか思えないが、朝夕は利用者がいるのだろうか。この駅を定期的に使う人がいるとすれば、朝は6時49分発でKoperへ行き、帰りはKoper発19時12分発で帰ってくる。たまに早く帰れる日はこの列車で帰る。そんな風になるわけだが、普通の通勤通学の時間帯としてはKoperでの滞在時間が長すぎるように思う。恐らく定期的な利用者はおらず、たまにHrastovljeの住人が思いついたように利用する程度なのではないか。信号場としての機能は必要だから、信号場に降格させるほどのこともなく、何となく温存している、そんな気がする。駅間距離も長いので、一部が不通になった時のバス代行機能のためにも、駅として残す必要があるのかもしれない。


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 そんな事を考えながら発車を待っていると、谷の向こうの線路に機関車の警笛が聞こえ、何と赤い電気機関車の三重連がこちらへ向かって下ってくるではないか。貨車はつながっておらず、機関車だけの回送列車である。臨時なのか、遅れているのか、それとの行き違いを待って発車したので、こちらの発車も時刻表より3分ほど遅れた。

 そしてぐるりとカーヴを回り、Hrastovljeの駅を左下へ見下ろしながら、気動車はエンジン全開で、今通ってきた線路を左へと見ながら坂を登っていく。次のCrnotičeも乗降ゼロ。ここでもKoper行きの三重連機関車に牽かれた貨物列車と交換する。Koperへのこの路線が貨物のためにあることは、乗ってみて良くわかったし、だからこそ勾配緩和が優先で、線路がここまで大回りして敷かれているというのも、納得はできた。しかしそれも蒸気機関車時代の設計には違いなく、今なら強力な電気機関車があるから、もう少し路線を短縮したいところではないか、なんて思える。無論、今さらお金をかけて線路を敷き直してまで短縮する必要もないのだろう。この路線はこれからも、スロヴェニアの貨物の動脈として、旅客列車ともども、生き残っていくであろうと思われる。
 
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by railwaytrip | 2011-03-18 11:01 | スロヴェニア

Biasca ~ Airolo

 スイスの鉄道路線図を見ると、ループ線が沢山ある。流石はアルプスを有する山岳国だ。ローカル線もあるが、幹線もある。日本でも、北陸本線の敦賀の手前に、特急が頻繁に行き交うループ線がある。かつては上越線の上り線もそうであったが、新幹線開通後はすっかり寂れてしまった。

e0028292_504749.jpg その中から一つ選んで乗ってみる。チューリッヒとイタリアのミラノを結ぶ幹線で、その南半分には、30分の間に4つものループを回ってくれる区間がある。その南側の駅、Biasca(ビアスカ)へやってきた。Biasca は、スイス南部のイタリア語圏にある小さな町だ。イタリア国境のChiasso(キアッソ)からLugano(ルガノ)を中心としたエリアの北端にあたり、ここまではSバーンも来ているという駅である。構内は広く、いかにもここから峠越えの険しい道を行く、という感じの駅である。恐らく昔は補助機関車が沢山たむろしていたのであろうが、詳しいことはわからない。雪がある程度積もっているものの、さほど深くない。

 乗るのはIRというリージョナル列車で、各駅停車ではないが、区間によってはそれに近い役割を担い、区間によっては快速か、急行に近い役割を担う列車で、ある程度の長距離客も利用することがある。この区間、日中は1時間に1本が綺麗な等間隔で走っている。トーマス・クックの地図を見ると、ここと次のFaido(ファイド)の間に2つ、FaidoとAirolo(アイロロ)の間にも2つ、ループがあり、くるくると回りながら峠を上っていく様子が、地図を見るだけでも想像つく。Biasca~Faidoが26kmで23分、Faido~Airoloが20kmで18分(停車時間含む)なので、表定速度は60キロを超えている、それなりの高速列車である。

 列車は機関車が客車8輛(うち荷物車1輛)を牽引する長い編成で、乗車率は2割程度と、空いている。お客も地元の人ばかりのようだ。隣のボックスのおじさんは、犬を連れている。何とも長閑な列車である。他の乗客は誰一人、一生懸命車窓を見たりはしていない。

e0028292_51726.jpg Biasca を出ると、しばらくは家も多いが、勾配を上っている感じはわかる。両側は山で、線路はその谷間を走っている感じだ。左は高速道路がまとわりついていて、汽車旅の風景の楽しみを半減させてくれている。今やこれはどこへ行っても仕方ないことである。ループはまだかまだかと心待ちにしているうちに、隧道に入り、右へ右へとカーヴが続くので、ここかなと思う。隧道を出ると、だいぶ高い所になり、左手下方に、今走ってきたに違いない複線の線路が見えた。少し行くとまた隧道に入り、また右へ右へとカーヴ。もう一回りして、さらに上ってきたのだが、今度の左下の景色は通ってきた線路がはっきり見えぬまま、まっすぐ先へと進む。その後は意外に直線に近い線路を快調に飛ばし、Faidoに停まる。小さな町で、乗降客も僅か。すぐ発車する。

e0028292_512462.jpg Faidoからも、同じようにしばらくは谷間を快走する。数分後、隧道に入り、今度は左回りのカーヴが続く。列車の編成が長いこともあり、カーヴが続いている感じは良くわかるのだが、今度はループの上からの下界は良く確認できなかった。少し直線が続き、今度はまた右回りのループである。こちらはループが終わりかける頃から隧道を出て、少し行くと左手に、今通ってきた線路がはっきりと見えた。道路が邪魔だが仕方ない。再び隧道に入り、出ると小さな駅があるが、通過する。この区間はこのIR列車が1時間に1本だけのはずで、それが通過する駅というのは、どういうことだろうか。朝夕のみの停車かもしれない。そして、その後も高速道路とつかず離れず、だいぶ上ってきたかな、と思う頃に、Airolo到着である。

e0028292_513849.jpg Airoloも小さな山峡の町で、乗降客は多くない。特に観光地でもなさそうだが、ホテルなどは見られる。雪はBiascaあたりに比べるとだいぶ深い。列車はこの先は長い隧道で峠を越えて、今度はループを回りながら下っていく筈である。この先も乗ってみたかったが、事情によりここで下車し、引き返す。冬の北国の短い陽は、谷間に早くも影を作っているが、見上げれば山の中腹から上は、雪山が青空に映えて美しい。
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by railwaytrip | 2008-01-06 14:30 | スイス

Wroclaw Glouny ~ Szklarska Poreba Gorna

 ポーランドは大きな国である。広いばかりで平坦地が多いイメージがあり、こう言っては悪いが、ヨーロッパの中では、あまり真っ先に旅行をしようと思わない国ではないか。そもそも平均的な日本人に、ポーランドの都市名を知っているだけ挙げよと聞いたとして、首都ワルシャワ以外にどこか答えられる人がどれだけいるだろう。

 こう書いている私も、ポーランド訪問は初めてである。数えてみると、ヨーロッパで27ヶ国目であるから、やはり優先順位が低いというのか、あまり積極的に行こうと思わないで今日に至ってきた。いや、実は今回もそこまで気乗りがしなかったのだ。理由は、何もよりによって冬至の日に、ヨーロッパ標準時(グリニッジ+1)を使っている国々の中でもとりわけ東に位置するポーランドにわざわざ行かなくても、と思ってしまうのだ。東ということは、夜明けも日没も早いことになる。

e0028292_5172476.gif けれどもひょんなことから、Wroclaw(ヴロツワフ)というポーランド第四の都市に泊まることになったので、冬至の日は丸々一日、ポーランドの鉄道に乗る時間に当てることにした。どこへ行こうか色々迷った挙句、Szklarska Poreba Gorna(シュクラルスカ・ポレンバ・ゴルナ)という所まで往復することにした。といっても、どんな所か想像すらつかない。トーマス・クックの鉄道地図に、その方面に景勝路線の黄緑色が塗られていたのがきっかけで、それでインターネットでポーランド国鉄の時刻表を調べたら、Wroclaw から延々かけて、ここまで直通の長距離鈍行があることがわかったのだ。Szklarska Poreba Gorna はチェコの国境に近い辺境らしき所にある盲腸線の終着駅で、その手前には、Jelenia Gona という分岐駅がある。ここはある程度の町らしい。ちなみにトーマス・クックの時刻表にも、ここまでは掲載されているが、その先の盲腸区間は載っていない。だから、Jelenia Gona まで行って、そこから区間運転の盲腸ローカル線に乗り換えるのだろうと思って調べているうちに、Wroclaw からの列車がそのまま直通していることがわかり、それなら全区間乗ってみようか、ということで、決めた。列車本数は少なく、朝は9時10分発に乗るしかない。これが終着までの158キロを4時間20分かけて走る。表定速度は36.5キロに過ぎない。途中停車駅は26駅なので、平均駅間距離は、5.9キロで、これは日本の国鉄時代の幹線の平均値といったところだろう。鈍足なので、途中で長時間停車などが沢山あるかというと、意外にも全くなく、途中は主要駅のJelenia Gona のみ2分停車、あとは1分ないし30秒の停車らしい。今はこういった細かな事まで、ポーランド国鉄のウェブサイトでわかるので、私はこの列車の各駅の着発時刻が掲載されたページをプリントアウトして持ってきている。


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 9時10分発に乗るために、ホテルを8時半に出る。北国の冬らしく、陰々鬱々としているが、中央駅にあたるWroclaw Glowny の駅前は、トラムが次々と発着し、なかなか活気がある。駅構内は古びているが、規模も大きく立派で風格がある。今日は土曜である。しかもクリスマス直前なので、昨日が仕事納めで今日実家へ帰る、といった人も多いと思われる。そのせいか、Szklarska Poreba Gorna 行きの列車が出るホームは大勢の人で賑わっていた。けれども発車5分前になってもまだ列車は現われず、ホームの行先案内板には別の列車が表示されていて、早速もって不安になる。発車時刻の9時10分を過ぎて、アナウンスが何やら告げると、ホームで待っていた人が移動を始める。勿論ポーランド語だけで、何やらさっぱりわからない。駅員をつかまえて聞くが、英語が通じないので、Jelenia Gona と書いたメモを見せると、あちらへ行け、と、ホームの前方を指さす。

e0028292_519302.jpg 9時20分過ぎ、長い編成の客車列車が入ってきた。わかったことは、この列車はここで半分に切り離し、一方がSzklarska Poreba Gorna 行きとなり、他方は別の所へ行くのだ。ホームの案内板は、その別の方しか出ていない。複数の行先表示ができない旧式のためらしいが、とにかくわかりにくい。もっともこのように遅れてきたので、今日だけの特例なのかもしれない。それよりも、乗客がかなり多いようである。鈍行ではあるが、車輛はコンパートメント車である。そのため、大きな荷物を持った人が狭い通路を行き来して空席を探している。大都市の主要駅を朝の9時10分に出る鈍行といえば、普通は通勤列車の折り返しなどで空いているもので、半ばそれを期待していたのだが、とんでもなかった。もっとも編成も客車3輛と、短い。機関車の次の車輛で、ようやく1人分の空席を見つけ、他の客に、空いているかと指さすと、頷いたので、そこに座る。ちなみにこのコンパートメントは東欧のスタンダードで、1室8人である。西欧では2等車でも1室6人が普通なので、やはりちょっと窮屈な感じがする。しかも乗客の荷物がかなり多いようである。のんびりした汽車旅を期待していたので、ちょっと残念だが、座れただけでも良しとしよう。

 既に遅れているので、乗客が乗り終わったらすぐ発車すればいいのだが、なかなか動かず、19分遅れの9時29分にようやく発車した。見事に満席で、通路にも客がいる。盛況である。薄暗い駅から出ると、朝靄に包まれた街も徐々に明るさを増してきている。ある所では路面電車と並行し、ある所では路面電車の走る道路を跨ぐ。ヴロツワフは路面電車がかなり発達した都市だ。そんな所をしばらく走ると、最初の駅、Wroclaw Zachodni に着く。駅名に Wroclaw が含まれているところから、市の郊外のターミナル的な要素があって、さらに大勢の客が乗ってくるか、と思ったが、その予想ははずれて、乗降とも殆どなかった。既に市街地は出たようだ。時刻表では、ここは9時18分着の19分発だが、実際の発車は40分。遅れが2分増幅している。以後、折角各駅の着発時刻のわかる時刻表をプリントアウトしてきたので、私は実際の発車時刻を書き込んでいくことにした。

 Wroclaw Zachodni を出ると、列車はそこそこのスピードで快走する。遅れを取り戻すべく頑張って走っているに違いないと思ったのだが、その次の駅、Katy Wroclawskie は、定刻9時30分発のところ、55分発で、遅れはまた4分増えて25分となった。列車が混んでいるとはいえ、乗降客は僅かで、乗降に手間取っているようには思えない。その次のImbramowice は、定刻9時48分発が、実際は10時13分発で、遅れ25分のままだ。そして、この駅を出ると、列車はスピードを出さなくなった。のろのろ運転である。工事か災害での徐行かと思うほどだが、そんな様子も見受けられない。このあたりまで来ると、車窓はかなりの農村となる。樹木は全て、白い霧氷に覆われている。ホームの屋根が見事に古くて今にも朽ち果てそうなZarow も、殆ど乗降客はない。やはりそれなりの長距離客が多そうだ。混んではいるが、コンパートメントの中は静かで、窓側の2人の老夫婦が連れである他は、全て一人客だということもわかってきた。その次の駅で、反対列車と行き違うが、あちらは見事にガラガラであった。

 それにしてものろい。車窓の風景も大柄で、そう変化もないので、こういう区間はもう少し高速な列車が景色を眺めるにもちょうど良いのだが、仕方ない。しかも、駅ごとに少しずつ遅れを増幅していっている。

e0028292_520928.jpg そして列車はWalbrizych という街を通る。地図によれば、それなりに大きな街のようだ。Walbrizych で始まる駅が4つ続き、4つ目が中央駅なので、そのあたりである程度下車する人がいるかもしれない。そう思っていると、2つ目のWalbrizych Miasto が近づき、車内が初めてざわつく。通路に立っていた人も、コンパートメントに座っていた人も、下車の支度を始める。ここは結構まとまった数の下車客がいる(写真左)。8人で満室だった私のコンパートメントからも3名が下車し、その後で通路に立っていた人が一人入ってきた。ヴロツワフからは1時間半かかっているので、毎日通うにはちょっと遠い。そこで、普段はヴロツワフにアパートを借りて住んで、週末だけ実家に帰る、という人も多いに違いない。

 その後も、駅ごとに下車が目立つようになった。Walbrizych Glowny は、中央駅であり、駅は大きく、構内も広く、かつて栄えた鉄道の要衝と思われたが、下車客はさほどではなかった。機関庫の片隅に蒸気機関車が保存されている。

 列車も空いてきたので、私もカメラを出して風景を撮ったりできるようになる。ただ、気がかりなのは、やはり駅ごとに遅れが増幅していることで、Walbrizych Glowny 発車時点で、遅れは40分にまでなっていた。この調子で平気で遅れられると、ちょっと困ることがある。それは、帰りである。終着のSzklarska Poreba Gorna での折り返し時間は、定時ならば1時間14分あるので、40分遅れで着いても、何とかなるが、帰りの列車もこんな調子でどんどん遅れてくれると、ちょっと困るのだ。というのは、私は戻ってWroclaw では53分の接続で別の列車に乗り換えなければならない。それは、その後の夜行列車のスケジュール上、是非とも乗る必要がある。だが、こんないい加減なダイヤでどんどん遅れるのが日常茶飯事となると、ちょっと不安になってくる。

 車内を歩いてみる。一番端、機関車寄りのコンパートメントは、車掌室代わりになっており、2人の車掌がお茶を飲んでいるところであった。さっきまでの混雑していた時は、一般客が乗っていたのか、その時から車掌専用だったのか、それはわからないが、とにかく、ノックをして入っていき、英語が話せるかと聞いてみた。遅れのことを聞きたかったからである。しかし残念ながら、答えはノーであった。(余談だが、ヨーロッパで、Do you speak English?と質問して、その質問の意味すらわからないという顔をされたことは、殆どない。英語ができない人でも、この英語はわかるらしく、即座にノーと答える人が多い。)しかし、若い方の車掌が立ち上がり、隣のコンパートメントへ行った。そこには4人ほど客がいた。車掌がお客に向かって何かポーランド語で質問する。誰か英語ができる人がいないか、と聞いているようだった。すると窓側の席に座っていた中年の女性が応答した。その女性が私に向かって、英語で「何を聞きたいのか」と言う。そこで、私はこの列車で終点まで行って、Wroclaw まで戻り、そこで乗り継ぎがあるのだが、この列車の遅れを見ていると、それが心配だ。Wroclaw を出る時は20分の遅れだったのが、今は40分以上遅れている。今日は工事か何かがあるのか、戻りの列車もこういう風に遅れる可能性が高いのか、というような質問をした。するとその女性は、車掌に翻訳して伝える前に、私に向かって「そんなのはいつものことよ。この線は設備も車輛も古くて、時刻通り走ることなんか滅多にないんだから」と、自分の知識と経験から言うのである。それでも、その後に車掌に私の質問を訳してくれた。その回答としては、折り返しは定時に出る予定で、そんなに大幅に遅れることはないので大丈夫だろう、という感じであった。

 お礼を言って自分の席に戻り、車窓を眺めたりしていると、しばらくして、さっきの車掌と女性が私のコンパートメントにやってきた。女性が英語で私に話しかける。「この列車は、Szklarska Poreba Gorna には遅れて到着するが、折り返しは定刻に出る予定だ。ということは、Szklarska Poreba Gorna での滞在時間は30分弱しかない。あなたはSzklarska Poreba Gorna に何か目的があって行くのでしょう。人と会うのか、重要なビジネスがあるのか、その時間が十分取れないかもしれないけれども大丈夫か。」と。考えてみれば実にまっとうな懸念である。これが日本ならば、この人は汽車に乗るだけが目的で、というのも珍しくないが、外国ではそういう概念が通じないことの方が多い。そちらの方が正常だとも思う。そこで私は、いや別にSzklarska Poreba Gorna に特にこれといった用事はないので、30分でも大丈夫だ、と言ったが、車掌が、それなら何故乗っているのか、というような顔をするので、トーマス・クックの地図を広げて、ほら、この区間が景色のいいルートとして色付きになっているでしょう、今日の私はホリデーで、この景色を車窓から楽しもうと思って乗っているんですよ、と説明してみた。これはどうにか理解されたらしく、彼らは自分の席に戻っていった。

e0028292_521726.jpg Walbrzych から先は、トーマス・クックの地図ではずっと景勝路線の色がついている。確かにそれまでの平坦で平凡な風景に比べれば、起伏も出てきたし、悪くはない。けれども格別というほどのこともない、というか、欧州にこの程度の風景はいくらでもあるような気がする。写真左はそんな区間にある、Sedzislaw という駅で、乗換駅でもないが、このように立派な駅舎がある。多少退屈ではあるが、爽やかな冬晴れで、青空が広がってきたので、気持ち良い。鬱々とした薄暗い天気に満員の列車という朝の気分もどこかへ吹き飛び、来て良かったという気持ちになってきた。

 主要駅のJelenia Gora には、41分遅れの13時03分に着いた(写真左下)。ここから先は、トーマス・クックの地図でも細線のローカル盲腸線である。ここで残っていた客の大半が下車する。乗車も少なく、車内はガラガラになった。私のコンパートメントも、窓側の席の老夫婦のみとなった。他のコンパートメントは、空になった所もいくつもある。老夫婦は人柄も良さそうで、別に一緒にいるのがいやではないが、英語も通じないし、窓側の席に座りたいというのもあり、私は別のコンパートメントに移動した。

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 ここからいよいよ盲腸ローカル線に入る。実際、ここからは単線で、出てほどなく田舎の景色になり、深い谷を鉄橋で渡った。しかし、その先は平地が開けており、住宅が増えてきて、工場なども現われるようになる。そして駅間距離も短くなり、町の郊外の駅にちょこっと走っては停まる。そのたびに数名の客が下車する。写真右上は、その一つで、Jelenia Gora Sobieszow という駅である。そんな所をしばらく行き、6つ目のPiechowice という構内の広い駅を過ぎると、ようやくそういう都市郊外の風景が消え、列車は勾配を上り始める。再び駅間距離も長くなる。次のGoreynec という単線の無人駅は、小さな待合所があるだけで駅舎もなく、どこまでがホームでどこまでがその他の土地なのかもはっきりしない。だいぶローカル線っぽくなってきた。この駅では乗降客はいなかった。


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 Goreynec から先、線路は右へ左へとカーヴが続き、上り勾配もきつくなる(写真左上)。進行左側は谷で、時に美しい山村集落が見られる。右手は山である。沿線の雪も徐々に深くなっていく。ここは次の駅まで20分かかる。ぐるりと半周以上のカーヴを描く所もある。景色は田舎だが、時々リゾートホテルともお城ともつかないような建物があったりする。その一つでとりわけ目立つ建物の下を通るが、駅はない。大きなカーヴを描いて、2分後、その建物が谷の向かいに見える(写真右上)。そうしてのんびりしばらく走って着いた駅は、Szklarska Poreba Dolna という駅で、3語のうち2語は、終着駅と同じだ。要するに終着駅と同じ村の駅ということだが、とにかく駅名が長い。ここは交換設備が撤去された跡がある。日本のローカル線でもおなじみの光景だ。山の中の高台にある駅で、人家も僅かだ。もう終着も近そうだが、遅い列車はさらに10分走って、Szklarska Poreba Siednlaという、もう一つの長い名前の駅に停まる。そして、その先では小さなスキー場の脇も通る。そして、俄かに洒落た山小屋風の家がいくつも現われて、列車はようやく終着駅、Szklarska Poreba Gorna に着いた。14時14分着で、44分遅れであった。


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 それほど大きな駅ではないが、一日数本のローカル盲腸線の終着駅としては十分立派である。他に2編成の列車が停留している。駅舎は古いが、大きく立派だ。かつての繁栄が偲ばれる。中に入ってみると、ガランとはしていたが、窓口が一つ開いており、切符を売る係員がいる。駅前には迎えの車が2、3台とタクシーが2台いて、今の列車で降りた客を拾って去った。駅前には店の1軒もない。というか、とても静かそうな所だ。果たして30分の間に店が見つかるだろうか。というのも、私は昼食を持ってきていない。ここで買えないとなると、完全な昼抜きになる。これはかなり辛い。


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 駅前から雪で滑りやすくなっている坂道を下りてみる。別荘風の瀟洒な建物が散在し、森に囲まれた、いかにも避暑地風の場所である。夏は避暑、冬はスキーという場所らしい。そんな坂道を2分ほど下ると、幸い、1軒の、古いが立派な建物の商店があり、店も開いていた(写真左上)。何とかパンとジュースが手に入るのでホッとする。パンを二つ、これとこれ、と指さすと、おばさんがドイツ語で「ツヴァイ?」(2つか。?)と聞き返す。EUになってもやはりここは東欧だ。おばさんの学生時代は、第一外国語がドイツ語という時代だったのだろう。相手が外国人の時はドイツ語が自然に出てくる。次の世代では、このあたりでもこれが英語に取って代わるかもしれない。便利だけど味気なくなるなあと思う。ともあれ、私も数字ぐらいは何とかわかるので、無事ドイツ語で支払いも済ませ、発車まで駅と駅周辺を歩き回ってみた。天気が良いので散歩に出てきている風な人もいるが、静かな山村である。地図で見ると、チェコの国境まで5キロ足らずしかない。後で調べると、森林やら滝やら、自然の景勝地も多く、ポーランドではそれなりに知られたリゾート観光地らしかった。

e0028292_5274942.jpg 駅に戻ると、さきほどの車掌がにこやかに迎えてくれた。駅や車輛の写真などをたくさん撮っていたので、車掌も十分理解したと思われる。そして、私の懸念を振り払うかのように、今度はピッタリ定刻に発車した。この車掌は、Jelenia Gora までが今日の勤務らしく、そこで下車していった。帰りは最後までガラガラで、コンパートメントを一人独占して、飽きるほどの鈍行の旅を楽しんだ。途中で冬の短い日も暮れた。やはり日没の早い冬の旅は寂しい。最後の区間を除くとやや平板な車窓だったし、そんな汽車旅で丸一日をつぶしてしまったが、それでも楽しかった。Wroclaw Glowny には、10分程度の遅れで到着した。この鈍行はここが終着ではなく、ここからまた2時間半ほど走り、Poznan まで行くのであった。日本ではすっかり消えてしまった客車の長距離鈍行がまだまだ健在なのは、かなり羨ましい。
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by railwaytrip | 2007-12-22 09:29 | ポーランド