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北総鉄道・京成高砂~東松戸

 地方のローカル線は、用事がなくても乗りにいけば楽しい。しかし大都市近郊の通勤電車となれば、未乗車区間であっても、わざわざ乗りに行きたいとはあまり思わない。どんな所だろうと、多少の興味はあるが、その程度の動機では積極的な行動には移しにくいものである。それに、わざわざ乗りにいかなくても、そのうち用事ができて自然に乗るのではないかという希望的観測もある。

 いつの頃からか、羽田空港から京浜急行で品川へ向かおうとすると、印旛日本医大行きなどという妙な行き先の電車に乗り合わせることが多くなった。しかし、京浜急行や都営浅草線で毎日通っている人でも、印旛日本医大まで乗ったことのある人は少ないだろう。寝過ごしで乗った人以外は殆どいないかもしれない。私も乗ったことがない。

 それでも一度は北総鉄道に乗ってみようかという気持ちはかねてからあったのだが、次なる問題は運賃で、これがローカル私鉄並みに高いのである。ローカル私鉄なら、高くても納得いくのだが、首都圏の通勤鉄道に用もないのにこの金額を出して乗るのは、さすがに勿体無い。しかも盲腸線なので、同じ区間を戻ってこなければならない。加えて、この線は近々延長され、成田空港へつながり、空港連絡のメインルートになるとのことだ。そうなれば嫌でも自動的に乗ることになるであろう。これで、北総鉄道に今時点でわざわざ乗る理由は完全になくなったと思っていた。

 にもかかわらず、東京寄りの一部区間のみ、乗ることになった。葛飾区は京成高砂から、武蔵野線と連絡する東松戸までである。距離は僅か7.5キロだが、運賃は実に440円。ちなみに、京成高砂から東松戸へ行くのに、京成で金町へ出て、常磐線で新松戸へ、そして武蔵野線に乗り換えれば、距離は約2.5倍で、時間も何倍もかかるが、運賃は420円で、北総より安いのである。これはあまりにひどい。つくばエクスプレスが、新線にもかかわらず運賃を抑えて乗客増に成功しているのと対照的に、北総の沿線は住宅地としても不人気で、乗客数もさほど伸びていないらしい。その理由の一つにこの高い運賃があることは間違いないだろう。


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 まずは、北総線の起点である京成高砂にやってきた。改札を出て駅周辺を歩いてみる。ここは京成の本線と金町線、それに北総線が分岐する主要駅だが、街そのものは、特別なことはなく、ましてや遠くからわざわざ買い物や遊びで出かけに来る場所ではない。地平駅で、西側に開かずの踏切がある。その解消のための高架化工事中である。全面的に高架化するのかと思ったら、何と一番のローカル線である金町線のみを高架にあげる工事らしい。北総線が成田空港までつながれば、ますます重要性が増す筈だが、その割に中途半端な投資で済ませようとしているのが、他の首都圏大手私鉄と異なる。本線といえども踏切が連続し、下町情緒あふれる地平駅の多い京成は、趣味的には楽しいが、成田空港へのメインルートにいつまでもこんな大きな踏切を残すのは、どうなのだろうという気もする。

 北総線の時刻表を見る。朝夕を除くと20分に1本の各駅停車だけである。夕方から夜にかけては急行が何本かあるが、それも少ない。この運転頻度はかなり少なく、乗客が少ないからとはいえ、サービス水準は低いと言わざるをえない。それでいてこの高運賃では、不人気が当たり前と納得してしまう。次の列車は15時03分発の印旛日本医大行き。ちなみに京成高砂始発という列車は殆どなく、後で調べてみると、昼間の列車は全て羽田空港発なのであった。

 京成唯一の複々線区間である青砥方面の、それなりに立派な線路から、印旛日本医大行きの列車が8輛で下ってきた。通勤時間には早いが、それなりに乗客はいるし、ここで乗り込む客もいて、つり革の半分近くがふさがるぐらいの乗車率となった。もっとガラガラなのかと思ったが、それなりに乗っている。

 踏切を2つほど通り、まず左に金町線を分かち、ついで右に京成本線が分かれていくと、高架にあがり、新線らしく、スピードが出る。こういった古くからの線とのギャップは、泉北高速など、各地で見られる。しかし各停だからほどなく高架の新柴又。その先で江戸川を渡り、東京都から千葉県に入る。矢切の渡しがあったあたりのすぐ下流の東側で、渡った次の駅が矢切である。しかし、そうした情緒ある駅名とは結びつかない地下駅であった。これだから新線は面白くない。その先も地下のままで、地下鉄に乗っているようだ。その次の北国分は、半地下の掘割式の駅で、ここを出てもまた地下が続くため、景色も見えない。やっと出て、しばらく高架を走る。都心に近い割には農地が多い。秋山を過ぎ、次が東松戸。京成高砂から僅か10分であった。列車はここまででだいぶ空いた。東松戸も乗車より降車が多い感じであり、立ち客僅かで発車していった。


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 東松戸は、武蔵野線を跨ぐ形で作られたため、高い高架上にある駅である。成田新高速鉄道の開業に向けて、待避駅への工事が始まっている。北総を使えば都心に近いことは近いので、新築高層マンションなどもパラパラと見られるものの、空き地も多い。典型的な新興開発地の風景である。しかし、東京の西側の私鉄沿線だと、都心から同じ距離で、こんな広い空き地は見られないのではないか。要するにやはり、この沿線の開発は遅れているということである。武蔵野線の駅は後からできたらしいが、それにしても利用客が多いとは言えない。そして今の北総の運賃の高さからすると、武蔵野線の駅ができたことで、東京方面も目的地によっては武蔵野線回りが検討対象になりそうだ。例えば西船橋までは僅か12分160円で、そこからは地下鉄東西線が使える。


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 都心側の僅かな区間を一度乗っただけでは、偉そうなことは言えないが、この鉄道は、さんざん批判を浴びながらも高運賃政策を変えるつもりのない頑固さを持っているようであり、それが沿線開発促進のネックになっていることは確実と思われた。成田空港延伸によって運賃がどうなるか、現時点では未定らしいが、この改善のチャンスを逃すと、北総沿線はもう永遠に発展しないかもしれない。
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by railwaytrip | 2008-12-01 15:03 | 関東地方

ふるさと銀河線・大誉地駅

 元国鉄池北線。北海道で唯一、第三セクターで残ったふるさと銀河線だが、その後も沿線の過疎化が進み、ついに2006年4月、廃線となることが決まってしまった。


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 大誉地(およち)はそのふるさと銀河線全線140キロのうち、ほぼ半ば、足寄町内にある駅である。かつてはそれなりに大きな集落で、乗降客も多かった。今もある程度の住人はいるが、鉄道利用者としては微々たるもの。駅前集落もわびしさが漂っていた。


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 大誉地は昔からの味のある駅舎も残り、この線内の駅でも比較的話題になることが多い。現に私がここで列車を待っている間も、札幌ナンバーの車がやってきて、駅の写真を何枚も撮って去っていった。その昔はちゃんと駅員がいて、小荷物の扱いもあり、それなりの利用者がいた時代があったことは、当時からの駅舎が物語っている。そして冬は北海道でも特に寒いこの地域、吹雪の中を歩いて駅にたどりついた時、待合室にはストーヴの火が入っていた。そんな時代がそれなりに長く続いたが、やがて無人駅となり、それすら維持できない時代になってしまった。


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 今、あちこちの痛んだ古い駅舎を見ても、現代から取り残されたの感は否めないが、それにしても何という味のある駅だろうか。ホームの電燈一つからも、そこはかとない懐かしさが感じられてしまう。


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 駅周辺を歩いてみる。ここはまだゴーストタウンにはなっていない。ある程度、生活のにおいがする。十勝平野の北端、農業も盛んな地域だ。紅葉が綺麗な季節。秋の爽やかな風の中、しかしやはり何となく寂しさを感じてしまった。ほどなく厳しい冬がやってくるのだ。


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 少ない乗客を乗せて、単行の列車がやってきた。残念ながらこの大誉地での乗降客は私の他にいなかった。廃線まであと半年。

※ これは2005年11月1日の訪問記録です。その後、ふるさと銀河線は、予定通り2006年4月20日をもって全線廃線となってしまいました。
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by railwaytrip | 2005-11-01 09:00 | 北海道地方

信楽高原鐵道・貴生川~信楽

 信楽高原鐵道は、元国鉄信楽線。京阪神からさほど遠くないものの、走っている方向が悪く、需要に限度があり、国鉄再建法がらみで廃線候補となり、第三セクター化され再出発した。

 私はその昔、国鉄時代に一度、貴生川から信楽まで往復したことがある。その当時の私は、国鉄路線図を軸に日本地理を捉えていたから、いかにも秘境に分け入るようなこの線には期待を持って乗ったし、実際その期待を裏切らないだけの沿線であったと記憶している。けれども信楽は、決してそんな奥地の奥地にある山村集落ではなく、それなりの町である。結局のところ、信楽から京阪神や名古屋へ行くのに、鉄道が便利な方向に走っていない、というだけのことなのである。

 そもそもこの線の基点の貴生川というのが、中途半端な場所かもしれない。貴生川は、JR草津線と、この信楽高原鐵道の他、近江鉄道も乗り入れる鉄道のターミナルであるが、ローカル線が集まっているという感じで、町自体は小さい。最近の市町村合併で甲賀市になったが、その前は水口町に属していた。昔から、鉄道の集まる貴生川よりは、ローカルな近江鉄道だけが通る水口の方がずっと大きな町なのである。

 貴生川・水口は、野洲川水系にある平地であり、信楽は、石山で琵琶湖に注ぐ瀬田川水系のかなり上流の山峡にある。さらに信楽は、三重県境にも近く、県境を越えた三重県側は、淀川の上流になる木津川水系となる。

 それゆえ、基点の貴生川を発車した信楽高原鐵道は、草津線と分かれるとほどなく上りにかかり、山中に分け入り、分水嶺を越える。この区間は人家も稀で、国鉄時代には、最初の駅、雲井までの10.2kmもの間、途中駅がなかった。現在は雲井のちょっと手前に一つ、紫香楽宮跡という新しい駅ができているが、それも雲井の僅か0.6km手前で、要するに基点の貴生川以外は全て、旧信楽町内の駅なのである。


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 雲井は昔からある駅で、信楽の北側の入口のような場所にある。小さいながらも風情のある木造駅舎が残っていて、なかなか情緒のある駅であった。

 雲井の次が、勅旨という、何やら恐れ多い名前の駅(写真左下)で、ここも国鉄時代からの駅である。古い住宅と水田が共存するあたりで、単線でホームだけの小さな駅であった。

 勅旨の次に、これも新しくできた玉桂寺前という駅があり、そして終点信楽となる。貴生川~紫香楽宮跡間の1駅が9.6kmなのに対して、紫香楽宮跡~信楽間が途中に3つも駅がありながら、5.1kmしかない。この区間では平均1キロちょっとの間に一つ、駅があることになる。これが信楽町内だけの短距離利用に結びついているかというと、残念ながら、そうでもなさそうである。


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 信楽は焼き物の町で、とりわけ狸で有名である。写真右上は、信楽駅前の公衆電話ボックスを兼ねた大きな狸である。町を歩くとあちこちに狸の焼き物を売る店があり、あまりの多さに、一体これほどの需要があるものかと思ってしまった。ちょっとやりすぎの感もある。
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by railwaytrip | 2005-07-03 11:40 | 近畿地方