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Barking ~ Gospel Oak

 ロンドンは欧州最大の都市の一つで、都心に鉄道のターミナルが沢山ある。その数はもしかすると世界一かもしれない。ターミナル間やターミナルと周辺の郊外は、主に地下鉄が結んでいる。ゾーン1に属する都心部が、東京の山手線内よりちょっと広いぐらいの印象がある。ロンドンとその周辺に出入りする殆どの鉄道路線が、何らかの形でゾーン1を起終点とするか、通過している。反面、郊外相互間の横の連絡はあまり発達しておらず、多くの地域ではバスがカバーしている。

 そんな郊外の横の連絡の路線の中でも老舗の一つが、北東部のバーキングと北部のGospel Oak(ゴスペル・オーク)を結ぶ、ブリティッシュ・レール(国鉄)の路線である。古い路線だが、あまり発展しておらず、未だに非電化で、2輛編成のディーゼルカーが1時間に2~3本程度という運転本数である。都心からの距離で言うと、東京なら武蔵野線ぐらいか、もう少し都心寄りを走っているぐらいなのだが、ロンドンにはそんな路線が残っている。しかし乗客は増えていて、近いうちに改良されて近代化される話もある。そういう話を聞いてしまうと、今のうちに一度乗っておきたくなるものである。


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 夕方のラッシュにはまだ少し早い16時代、地下鉄ディストリクト線でゾーン3のバーキングへ着いた。国鉄の中距離列車も停車する、ちょっとした拠点駅で、東京で言えば柏とか立川ぐらいであろうか。しかし駅周辺は普通の商店が並んでいるだけで、デパートが集まる中核駅ではない。というよりも、ロンドンは都心を離れて郊外に行くと、そこまで大きく開けた拠点駅はない。それでも、乗降客・乗換え客で、駅はそこそこ活気があった。特に地下鉄は発着が頻繁である。


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 その一番はずれの1番線が、目指す Gospel Oak 行きのホームである。駅の時刻表を見ると、次の発車は16時54分発で、約10分待ちである。

 乗り慣れた電車とは違う、気動車独特のエンジン音は、鉄道に特に関心のない一般利用者でも、違いを感じるであろう。イギリスは郊外に出れば気動車は珍しくないが、ロンドンにしばらく滞在して電車ばかりに乗っていれば、やはりこれは違った音に感じられる。そんな気動車ならではの大きな唸りをもって、重々しく到着。僅か2輛の短い編成だが、それなりの数の下車客を吐き出すと、折り返しの利用者が乗車。乗車率は半分弱というところか。東京と違って完全クロスシートである。

 発車すると、左にロンドン中心部へ向かう地下鉄としばらく並行するが、やがてあちらが左へカーヴして分かれていく。その後は概ね郊外の住宅地という感じの所を通る。駅はどこも相対ホームで、ちょこちょこと乗り降りがあるが、多くはない。2~3駅ごとぐらいに都心部と郊外を結ぶ地下鉄と交差している筈だが、あちらは地下なので、知らなければわからない。乗換駅は殆どない。地図を見れば徒歩乗換えができそうなところはあるが、そういう利用者はあまりなさそうである。ロンドンは日本の大都市と違って地下鉄とバスが運賃面でも一体化されているから、10分も歩いて鉄道同士で乗り換えるぐらいなら、バスを組み合わせて使うのだろう。


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 それでも夕方の人の移動の多い時間帯なので、駅ごとに乗降がある。段々空いてくるわけでも混んでくるわけでもない。写真左上は西日がまぶしかった Leyton Midland Road(レイトン・ミッドランド・ロード)駅の反対ホーム、写真右上はホームで待っている乗客の多かった Harringay Green Lanes(ハリンガイ・グリーン・レーンズ)である。しかし突出して乗降客の多い駅はない。唯一、地下鉄(Victoria Line)と乗換えできる、Blackhorse Road(ブラックホース・ロード)でも、特に乗降客は多くなかった。その先でちょっと池のある公園の中を通ったぐらいで、あとは概ね変化に乏しいロンドン郊外の住宅地である。しいて言うと前半より後半区間の方が、やや高級な感じの所が多かった。

 途中駅は10駅で、平均3~4分ごとに停車する。賑やかそうな商店街がある駅もあれば、駅前から住宅地といった駅もある。最後の停車駅、Upper Holloway(アッパー・ホロウェイ)を出ると、最後の区間はスピードが遅くなり、おごそかに、という感じで終着の Gospel Oak に着いた。所要時間は36分であった。

 Gospel Oak は、ブリティッシュ・レール同士の乗換駅で、地下鉄は来ていない。駅を出てみたが、お店も殆どなく、案外寂しいところであった。もちろん徒歩圏内にそれなりの住宅があるから、乗降客も少なくないが、それよりは乗換え客の方が多い。Barking から乗り通した人が何人いるかわからないが、印象としては、かなりの乗客が途中で入れ替わっていたと思う。


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 ロンドンの鉄道路線図を改めて見てみると、この Gospel Oak という駅は、3方向のどの路線も都心へ向かっていない。東1キロほどの所に地下鉄 Northern Line の駅が2つあり、それが都心へ直通している。もう少し乗り継ぎを便利にすればという気もするが、行先によって路線を使い分けるだけのことなのだろう。だからこのブリティッシュ・レールの駅は、ロンドンの割にはローカル線っぽい今の雰囲気を今後も保ち続けてくれるかもしれない。それでもここで接続している路線は電化されており、電車が走っている。このあたりのロンドン至近距離での非電化区間は、やはり貴重になりつつある。
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by railwaytrip | 2010-02-26 16:54 | イギリス

総武本線・南酒々井駅

 巨大都市・東京のベッドタウンは、高度成長期に国電区間を越えて広がった。千葉方面は、佐倉、成田、木更津、茂原といったあたりまでがそうで、東京から直通の快速が走り、長距離通勤客の足になっている。無論、皆が東京まで通っているわけではない。千葉や船橋、京葉工業地帯、そして成田空港なども、通勤目的地となっている。

 総武本線に関しては、佐倉が一つの境界であろう。佐倉から分岐する支線であるはずの成田線の方が、もう一つの成田という都市の存在に成田空港が加わり、終日、東京方面から直通快速が乗り入れるようになっている。しかし総武本線の佐倉以東は、日中は特急を除けば、千葉折り返しのローカル列車のみが発着している。

 よって、同じ総武本線でも、佐倉を境に、幹線からローカル線に変わる、というのは言いすぎかもしれないが、ちょっとそんな感じがある。少なくとも佐倉以東は単線になる。それでも純然たるローカル線ではなく、八街、成東、横芝、十日市場、旭など、点々とそこそこの規模の市町が続いている。八街などは、かなりの乗降客があるし、その間の中小の途中駅も、ベッドタウン化が進んでいる所もある。榎戸などはその最たるもので、かつては乗降客もまばらな無人駅だったのが、今は駅周辺に住宅が建ち並び、利用客も多く、昔の面影がすっかりなくなってしまった。

 ところが、佐倉の次の南酒々井だけは、昔から変化がなく、駅周辺も全く開発されず、まるでエアポケットのように、寂しいまま残っているようである。数年前、この区間を久しぶりに列車で通った私は、南酒々井の寂れ具合と榎戸の発展の両方に驚いたので、そうなると、見てみたいのは、変貌した榎戸よりも、まずは南酒々井である。

e0028292_3485089.jpg 朝の「しおさい1号」で佐倉まで行き、反対ホームに停まっている各駅停車成東行に乗り換える。まだ朝の通勤時間で、佐倉の上りホームはこの通りである。成東行は懐かしいスカ色(かつての横須賀線の色なのでそう呼ばれる)113系の8輛編成で、空いている。8輛は結構長いが、通勤時間だからで、通常は4輛で使われる編成が2編成つながっているようである。

 佐倉からしばらくは、複線の成田線と単線の総武本線が並んで走る。どちらが本線か、というような眺めである。佐倉の街もすぐはずれて長閑な眺めが続く中、並走は3分ほど続く。やっと成田線が左へ去ると、ほどなくスピードが落ち、ポイントを渡り、田舎の景色が変わらないままに、島式ホームの南酒々井に到着する。


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 反対ホームには千葉行の普通列車が先に着いて待っている。当然、あちらの方が乗客が多い。先に着いていたので、南酒々井で乗車した人がどのぐらいいたのかわからなかったが、とにかくホームには人の気配もなく、下り列車の乗降客は私以外にいなかった。左上は佐倉方面に走り去る上り列車。ホームやや前方に屋根のない歩道橋のような跨線橋がある。出口は北側のみで、南は山で、出口を作りようがない。右上は跨線橋から見た駅前の眺め。


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 ポツンと小さな赤茶色の駅舎がある無人駅だ。範囲内だからスイカは使える。駅前もガランとしている。線路に沿って駐車場はあり、駐輪場もあるが、どちらも空きスペースは沢山ある。目に入るのは昔ながらの住宅ばかりで、東京近郊とは思えない静かな佇まいである。右上は駅舎を出た目の前正面の風景。


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 駅前商店があるが(写真左上)、営業しているのかどうかはわからない。自動販売機すら無いので、営業していないのかもしれないし、朝早いから閉まっているだけかもしれないが、どちらにしても、そんなに人が通りそうな場所ではない。車も滅多に通らない。ここは主要道路ではなく、交通量は非常に少ない。駅前をまっすぐ行くと、車一台がやっと通れそうな、非常に細い上り坂の道がある(写真右上)。急坂を上がると何があるのだろう。行ってみたい気もするが、雨だし、やめておく。


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 その代わり、線路に沿って榎戸方向に歩く。途中の道もひっそりと静まり返っている(左上)。3分ほど歩くと踏切がある。成田屋踏切という名前である。その前後も森が鬱蒼としている。夜など一人で歩くのは恐いかもしれない。かように東京近郊とは思えない所ではあるが、その先には大きな道路が高架で通っている。これは東関東自動車道で、このあたりで目に入る唯一の現代的なものと言っては言いすぎであろうか。それほどにこの一帯は、昔ながらの田舎の風景が続いている。

e0028292_42432.jpg 次の9時02分発銚子行に乗るべく駅へ戻る。乗客は誰も現れない。やってきた新型電車の銚子行にはパラパラと客がいたが、ここでの乗降客は、やはり私だけである。今度は列車交換はなく、すぐ発車する。

 次の榎戸で上り列車待ち合わせのためしばらく停車したが、その榎戸の千葉方面ホームは、列車待ちの客がかなり沢山いたし、駅周辺も新興住宅として開発されていた。昔は南酒々井と乗降客の少なさを争うぐらいの駅だった筈だが、一方は全くもって変わってしまっていた。対する南酒々井は、もうこれからの時代、発展することはないかもしれないし、しないでいつまでもこのまま残って欲しいものだとも思う。
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by railwaytrip | 2009-11-17 08:36 | 関東地方

Lichfield Trent Valley Station

 バーミンガムは、中部イングランドの中核都市の一つで、市の中心に近いニューストリート駅を中心にして、30分に1本程度の近郊列車が各方面へ走っている。日曜日の夕方、その1つで、ほぼ真北へ向かう路線に乗ってみる。終点は、リッチフィールド・トレント・ヴァレー(Lichfield Trent Valley)で、約40分かかり、途中12の駅に停まる。終点の一つ手前が、Lichfield City 駅で、そこがこのリッチフィールドという市の中心に近いらしい。朝夕はこの駅で折り返す列車もある。それに対して終点の Trent Valley 駅は、乗換駅であり、駅こそ大きいが町は小さいらしい。その程度の知識で出かけてみた。この Trent Valley という名前は、近くに美しい渓谷か何かがあるのかと思わせるのだが、地図で見る限り、平坦地のようだ。実際、英国の平地を象徴する運河が近くを流れている。それも不思議である。

 Birmingham New Street からの列車は3輛編成で、最初はそこそこ賑わっていたが、駅ごとに少しずつ客が下車し、Lichfield City まで来ると、残っていた客の大半が下車してしまった。ガラガラとなった列車は、牧草地の中を走り、そして停まった。他の線区との合流駅なのに、そんな気配もなく、横から別の線路が近づいてくるわけでもなく、いきなり停まった。そこが、終着の Lichfield Trent Valley 駅であった。


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 終着だから、皆、下車するが、その数は多くない。ホームに降りてみてわかった。ここは高架の上にある単線のホームの3番線であり、1番線と2番線は下にあるのだ。つまり立体交差になっているのであった。一応複線なので、4番線のホームも残っているようだが、使われていないらしい。駅だけ単線にして、1本の列車が着いては折り返すという仕組みになっているようだ。線路は先へも続いているようだが、今は少なくとも旅客列車は走っていない。貨物などがあるのかどうかはわからない。

 細い階段を下りていくと、簡素な駅舎があり、そこからホームに入ると、1番線である。相対ホームで、間は追い越し線がある。新幹線の途中駅のような構造である。向かいの2番ホームには、グラスゴー266マイル、ロンドン116マイルと書いた立派な石の碑のようなものがある。伝統ある幹線なのであろう。


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 駅舎に戻って時刻表を見る。バーミンガムには、できれば同じ線で戻るのではなく、この線でどこかへ行って、別の線で戻りたい。しかし全く駄目であった。日曜日の今日は、何と列車が1本もないのである。平日は数本があるようだが、非常に少ない。こちらの方が明らかに立派な幹線なのに、一体どういうことであろう。やはり主要都市のバーミンガムを通らないルートなので、寂れてしまっているのだろうか。

 帰ってから調べてみると、この線は、ラグビー(Rugby)からスタフォード(Stafford)までが区間の、Trant Valley Line という名称のついた歴史のある路線だということである。今も、ロンドンからマンチェスター・リヴァプール方面へ、バーミンガムを経由せずに抜けるルートとして、それなりに使われているらしい。ただ、そういう特急列車は、このあたりの途中駅には停車しないようだ。そのため、ここを含むこのあたりの駅に停まるローカル列車の本数が極端に少ないようである。そうと知ると、次回はそのローカル列車に乗ってみたいと思う。
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by railwaytrip | 2008-09-07 16:50 | イギリス

Paris Est ~ Meaux

 パリの東駅は、北駅と歩けるほど近い。ユーロスターなどの発着する北駅に比べると地味な印象がある。実際にはTGVの発着本数は多く、鉄道ターミナルとしての貫禄を保っている。しかし、通勤・近郊列車の発着は少なく、郊外鉄道RERも、ここには発着しない。


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 今日のパリは祝日。飛行機の時間まで予定外に数時間の空きができたので、この駅にぶらりと来てみたのだが、TGVなど優等列車の発着が多く、近郊鉄道としては、モー(Meaux)という所までが30分毎と、割と頻繁に走っているぐらいで、他は少ない。近くても、本数の少ない所にうっかり行ってしまって、飛行機に乗り遅れてはいけない。突然できた空き時間で、下調べもしてなかったので、おとなしく Meaux までの往復切符を買い、乗り込んだ。2階建て4輛編成で、乗車率は2~3割程度か。中途半端な時間に中途半端な郊外まで走る列車であれば、そんなものであろう。

e0028292_4171777.jpg 何とここでは昔懐かしいジリジリジリという発車ベルがレトロ感たっぷりに鳴って、11時30分、定刻に発車。ちなみにフランスでも今は電子音の発車ベルが主流だし、そもそも欧州ではそういうベルなど一切鳴らないことの方が多い。それがこんなパリの主要ターミナルで聞けるとは思ってもいなかったが、いい音であった。やはり鉄道はこれでなくては。ましてや最近のJR東日本の下品なメロディーなど論外であると、久々にこの音を聞いて改めて思う。

 発車すると多数の線路を掻き分けながら進む。周囲は昔の操車場跡もあり、車輛基地もあり、その他にもわけのわからぬ多くの線路があり、パリの都心に近い一等地に、鉄道の土地が山ほどあることがわかる。いつの間にか、地下から出てきて合流してきた郊外鉄道RERの線路が右手に並んでいる。あちらにはこまめに駅があるが、こちらには駅がない。10分ほど走り、そのRERの駅を3つほど過ぎたあたりから、車窓はビルが減ってきて、一戸建て住宅が多くなる。

e0028292_4175767.jpg 最初の駅は、Chelles Gourney で、RERはここが終点である。既に十分郊外という感じの風景だが、東駅からノンストップのこの列車では、15分しかかかっていない。パリは欧州でも著名な大都市だが、東京に比べると都市の規模は小さい。というより、やはり東京が異常なのであろう。パラパラと下車客があり、RERから乗り換えてきたと思われる客が若干乗車する。

 RERが各駅停車とすれば、こちらは区間快速だ。ここからは各駅停車だが、日本の郊外鉄道よりは駅間距離が長く、1駅5分ぐらいかかる。次の Vaires Torcy は、いかにもベッドタウン駅という感じであった。

e0028292_4182667.jpg その次の Lagny Thorigny も同様で、駅に隣接してバス乗り場がある。Lagny Thorigny を出ると、家並みが途切れ、畑作地帯となる。隧道もある。この景色をパッと見ると、もはやパリ郊外とは思えない、フランスの田舎の農村風景である。次が Esbly。支線が分岐する乗換駅だが、これまでで一番閑散とした駅だ。ある程度の下車客があり、ここから乗ってくる人も僅かながらある。駅周辺は、パリ近郊というよりは、フランスの片田舎の風情である。けれどもパリ東駅から30分しかかからない。このあたりで田舎暮らしのできる家に住んで、パリに通勤している人も、それなりにいるに違いない。

 Esbly を過ぎると、再び完全な農村風景が展開し、空いた列車は快走する。次が終点の Meaux で、約8分、途中駅はない。日本の大都市周辺なら、途中にも駅ができて、住宅開発が進むところだろうが、パリは大都市とはいえ、そこまで大きくならないようだ。


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 にわかに家が増えて、町並みが見えてくると、終着駅の Meaux に着いた。終点のここまで乗ってきた人は割といた。ここから先は本数が激減するようで、また他に乗り換え路線もないので、この列車で着いた人は、ほぼ全員、この町に住んでいたり用があって乗ってきた人のようである。


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 何の知識もなく来たこの町を、ぶらりと散歩してみた。パリの東40キロ、静かな郊外の小都市で、地味ながら落ち着いており、風格もある。町を流れるのは、セーヌ川の支流、マルン川で、かなりの蛇行を繰り返しながらパリ市内へと流れ込んでいる。町はチーズやマスタードなどで一部にその名を知られる程度だが、観光地として発展することもないであろう。それでも流石にパリへ通勤可能な距離とあって、不動産屋は目立ち、売家と貸家の両方とも取引は盛んそうに思われた。
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by railwaytrip | 2007-11-01 11:30 | フランス

日豊本線・小倉~別府

 梅雨末期のこととて、午後から大雨の予報だったが、広島から博多への移動途中、ちょっと余った時間で往復してきた。実は、大分の少し先まで往復する時間がある筈だったが、途中から雨が強まり、列車が徐行運転となり遅れ始めたので、別府に着いた時点で先へ行くのを断念し、引き返すことにしたのであった。

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 南小倉は、小倉から2駅目だが、小さな島式ホーム1面の駅で、周囲は住宅地と見受けられた。この先の下曽根などは、駅付近に郊外型の大ショッピングセンターができていて、昔と様相が大きく変わっていたが、小倉に近いこの駅あたりの方が、むしろ余り変わっていないように思われた。次の城野も比較的昔の面影が濃いかもしれない。

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 行橋は、前に降りたのがいつだったか思い出せないが、このような高架駅ではなかったのは確かだから、割と最近、高架化されたのであろう。かなり新しくて綺麗な、立派な駅であった。元国鉄田川線の平成筑豊鉄道が、4番線のホームの一角を切り欠いたような5番ホームから出るようになっている。JRが4番線までの長いホームを持つのと対照的であった。

 小倉~行橋間は、かなり都市近郊鉄道という感じになっているが、行橋の先、新田原あたりを過ぎると、ローカルな小駅も現れ、ちょっと旅情が湧いてくる。駅も、高架化された中津を除けば、昔ながらのスタイルを良くとどめており、好感が持てた。

 高架の中津から、津で終わる駅が、東中津、今津、天津と、4駅連続するのが面白い。海に沿った地域だから、~津という地名が多いのは不思議ではないが、こういう駅名が続くと、それぞれの駅の特色なども混乱しやすいのは不思議なことだ。

 ローマ宇で書くとUSAとなり、アメリカ人が喜ぶという宇佐は、宇佐天満宮を象徴してか、柱などに赤色を多用した情緒のある駅である。しかしここは駅が市街地と離れていることもあり、利用者はあまり多くないようであった。

 この区間のハイライトは、国東半島のたもとを横切る、宇佐~杵築間であろうか。西屋敷、立石のあたりはかなりひなびた風情が感じられた。

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 杵築は、風格の溢れる昔ながらの駅であった。そもそもこの駅は昔から、杵築市の市街地とはかなり離れた寂しい場所にあり、車が今ほど一般的でなかった昔は、駅から「杵築市行き」のバスが連絡していたのである。今は駅のそばに有料駐車場がいくつかあり、パーク・アンド・ライドがそこそこの利用度と見受けられた。別府・大分方面への通勤者であろうか。

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 亀川は、大分・別府の郊外といった感じの駅で、このあたりでもご覧の通り、駅裏に高層マンションが建っている。特急が停まらない駅の中では比較的大きく、乗降客もそこそこ多い。この先、別府までは、海に沿っているものの、建物も目立つ地方都市といった感じの沿線である。
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by railwaytrip | 2005-07-09 11:20 | 九州・沖縄地方

東海道本線・辻堂駅

 東京都心で時間が3時間ほど空いた時、何をするか、どこへ行くか。選択肢は山ほどありそうで、意外と悩む。この日はふと思い立って東京駅から湘南電車に乗ってみた。昔ながらの湘南色の113系という車輛が余命いくばくもないと聞いたからでもある。それでどこまで行けるかというと、小田原はきついが、大磯あたりまでなら行って戻って来られそうだ。けれどもとんぼ返りの忙しいのもいやだと思い、辻堂で降りてみた。

 辻堂で降りるのは、多分20年ぶり以上だと思う。昔の記憶も殆ど残っていないのだが、橋上駅でなかったことは確かだ。当時は国鉄の駅らしい駅で、情緒のある駅舎があったと思う。つまり、川崎、横浜、大船、藤沢と、主要駅ばかりに停まってきた湘南電車が、ようやく普通の小駅に出会う、その最初の駅が辻堂というわけだ。子供の頃「東京から大阪まで全部の駅に降りて写真を撮りながら行きたい」とある大人に言ったら、「そんな事わざわざしなくても、辻堂の写真を撮っておけば、あとは皆似たようなものだ」と言われたことがある。勿論そんなはずはないが、辻堂とは、そういう乗り換えもない東海道本線の小駅の象徴、というイメージも少しあるのである。


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 勿論、今日の辻堂は、もう少し先の大磯とか、早川、根府川あたりと較べても、相当に異なった、都会風の駅になってしまっている。立派な橋上駅で、駅周辺も高層マンションも多い。東京近郊のベッドタウンの数多い駅の一つに過ぎず、旅情を感じるには難がある。それでも、このあたりが湘南ですよ、と言われれば、意識すれば何となくそんな空気が漂っているかなあ、と思うが、その程度にまで、このあたりでは地域性というか個性が薄まってしまったと思う。


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 橋上駅を出て北口側は、駅前にえらく広い空き地があるが、ここは関東特殊製鋼の跡地だそうで、藤沢市が中心に再開発を進めているそうだ。南口が昔からの駅前で、古い商店も多少はあるが、概して最近の発展とともに進出してきたチェーン店や新しいモダンな店などが多く、これらも今の辻堂駅を没個性化しているには違いない。

 用もないのに久しぶりの辻堂に降り立って、それなりに感じることはあり、つまらなくはなかった。しかし旅としては、格別のこともなく、ましてここで旅情を感じるのはもう無理だと悟った。もう一生乗降しないかもしれないと思いながら、やってきた113系東京行きの客となった。
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by railwaytrip | 2005-07-06 18:00 | 関東地方