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奥羽本線・さくらんぼ東根駅・東根駅

 山形県東根市は、一般には影の薄い町だと思う。しかし市であるから、昔から特急や急行が停車していた。その中心駅は東根駅であった。

 それが、新在直通の山形新幹線の新庄延伸にあたり、従来の東根駅の代わりに、新しく、さくらんぼ東根駅というとてつもない名前の駅が新設された。さくらんぼ東根駅は、東根駅から2.5キロ山形寄りで、東根の市街地にはこちらが近いらしい。町の中心駅をどこに設けるかについては、町とJRの協議で決めるのが正しく、よそ者が口を挟むことではない。ただ、この駅名はどうかと思う。東京あたりで大人がこんな行先の切符を買うのも躊躇してしまわないか。普通なら、新しい駅を東根として、昔からの駅を「本東根」か「北東根」などに改称するか、あるいは新幹線新駅の定番として、新しい駅を「新東根」とでもするところだろう。しかし、東根市はさくらんぼの生産が日本一らしく、それを売り込むため、このように大胆な駅名が選ばれたらしい。


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 まず新幹線で、そのさくらんぼ東根に降りてみる。相対ホームのある普通の橋上駅だ。新幹線といっても、新在直通のこの区間では、新幹線ならではの雰囲気はない。ホームも狭い、普通の地上駅だ。しかしエレベータはついていた。やはり新幹線開業に合わせた新駅だからか、駅舎はかなり立派で、意気込んで造ったのが見て取れる。駅前広場も広い。


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 しかし、市街地や市役所に近いとはいえ、繁華街と呼ぶには程遠い。もとは駅がない場所だったのだから、当然かもしれない。これから新たな市街地が開けていくのかというと、それもどうなのだろうという気がする。駅からすぐの所に住宅が多い。それも新しい新興住宅という感じの家が多い。観光地らしい雰囲気も地方都市の風情も皆無である。もし駅名に惹かれて、東京から新幹線に乗って観光に訪れた人がいるとしたら、高崎線あたりの郊外の駅に降りたのと変わらないじゃないか、と感じるかもしれない。


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 もちろん、あらかじめ調べて来れば、あるいはちゃんとした目的があれば良いのであって、悪く言うつもりはない。つまり、僅かな時間しかない旅人が、旅情を求めてぶらっと途中下車、というのであれば、全くお勧めできない駅だということである。

 ついでに言うと、この駅ができる前には、ここから北へ600メートルほど東根に寄った所に、蟹沢という小さな無人駅があった。さくらんぼ東根は、蟹沢が移転して発展したということらしいが、ともあれ、蟹沢は廃止された。さくらんぼ東根の改札を出る時、駅員に「昔の蟹沢駅はどちらですか」と聞いたら、しばらく考え込んで、反対方向の山形寄りだと教えてくれた。私もその時は知らず、帰ってから調べて逆だとわかったのだが、蟹沢駅自体はそれほどに存在感が薄い駅だったのだろう。あるいはこの駅員がたまたまこのあたりの人ではなく、新幹線開業後にここに赴任してきたのかもしれない。ともあれ、幸か不幸か、十分な時間がなかったので、駅員の間違った情報を頼りに、駅跡を探してうろうろしたりすることにはならなかった。

 次に普通列車に1駅乗って、東根駅へ行ってみる。2輛編成のローカル鈍行だが、新幹線に合わせた標準軌を高速で快走するので、こう言っては失礼だが、このあたりのローカル客は恵まれていると思う。地方のローカル線に乗ると、車に完敗のノロノロ列車も珍しくないからだ。


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 さて、東根駅は、かつて特急が颯爽と停車した主要駅のはずである。当然、交換駅であっただろう。しかし単線化されてしまっている。さくらんぼ東根が交換駅として整備されたので、僅かな距離に続けて交換設備を残す意味もなかったのであろう。

 単線のホームは、もとの下り線だけ残されたのであろうか。もとの上りホーム側に駅舎があるのだが、その上りホームは撤去されてしまったようだ。よって、単線にもかかわらず、駅舎のある出口へは橋を渡る必要がある。けれども、かつて駅裏だった反対側にも出口が設けられて、そこはホームからすぐに下りることができる。どちらにしても無人駅だから、それで良いのだろう。

 最初にその新しい裏口に出てみる(写真左下)。駅前は真新しい民家がパラパラあり、あとは果樹園などの畑である。林檎の実がちょっとだけ実っている。遠くには雪をうっすらと被った山が望める。しかし他に何もないので、特に面白い所ではない。


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 橋を渡って昔の駅舎が残る出口へ行く(写真左下)。特急停車駅であった名残で、それなりの規模の駅舎であるが、無人化されてガランとしている。駅前は、というと、一応駅前らしい雰囲気はあり、店もちょっとあるが、やはり寂しく、人も歩いていない。特急停車駅だった頃からあまり賑やかではなかったに違いない。というか、それだからこそ、新幹線開業に当たり中心駅を移したのだろう。


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 跨線橋から新庄方面を見ると、先の方に結構な住宅やビルの集積がある。あのあたりが東根温泉だろう。東根駅からならば徒歩でも何とか行ける範囲に、温泉街があり、ここ東根駅にはその温泉旅館の名前の並んだレトロな看板が今も残っていて旅情を誘う(写真右上)。しかし今は、温泉への下車駅は、さくらんぼ東根と案内されているようで、普通しか停まらない東根から徒歩でどうぞ、とは、旅館も案内していないようである。言うまでもなく、さくらんぼ東根から温泉街へは、歩けるような距離ではない。逆に言うと、奥羽本線が開通した当時、市街地に近いとは言えないこの場所が東根駅に選ばれた理由の一番が、東根温泉に近いことだったという話もあるようだ。

 何はともあれ、市街地と温泉と駅の立地と移転と、小都市ながら不思議な関係だなと思う。今年はその、山形新幹線延伸、さくらんぼ東根開業、蟹沢廃止から10年にあたる。
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by railwaytrip | 2009-11-20 12:00 | 東北地方

花輪線・荒屋新町駅

 関東から東北地方にかけての小縮尺の地図を見ると、概ね宇都宮から盛岡あたりまでは、東北新幹線・東北本線と東北自動車道が大体並行して通っている。しかし、盛岡から北は、高速道路の方は、東北本線ルートと大きく外れ、安代、鹿角、大鰐といったところを通り、青森へ至っている。その安代で八戸自動車道が分岐し、八戸に至っているので、そちらが東北本線ルートにやや近い。

 その安代ジャンクションという所は、一般にはなじみが薄いが、今は合併して八幡平市となってしまった、旧・安代町にある。その旧・安代町の中心駅が、荒屋新町という、これまた一般にはなじみの薄い駅である。

 花輪線は、ローカル線ではあるが、かつては急行列車が走り、盛岡から大館・弘前方面への長距離客も運んでいた。しかし、高速バスに全く太刀打ちできず、今はローカル輸送に徹した路線となっている。それでもかつての急行の面影を残す快速「八幡平」が1往復だけある。それに乗って大館方面から来て、この荒屋新町駅で降りてみた。列車は4輛もつないでいたが、ガラガラに空いていた。荒屋新町では乗降とも数名。


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 路線のほぼ中間地点にある運転上の拠点駅の一つで、機関庫が残っているが、今は使われていないようで、レールも錆びていた。昔ながらの構内踏切を渡り、これまた昔ながらの木造駅舎を抜けて改札を出る。みどりの窓口もあるが、駅員は一人だけのようである。


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 ガランとした駅前広場。駅前食堂がある。歩くと少し広い道路にぶつかる。そこが町の中心のようで、昔ながらの、歩道もない二車線道路であるが、高速やバイパスが増えたおかげでか、自動車の交通量は少ない。両側には古い家屋が多い。旅館も銀行もあり、この地域の中心らしい貫禄は十分だが、ご多分にもれず、平日日中のこととて、人影は少なく、特に若い人を見かけない。


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 食事をしたいような店が見つからず、駅前に戻って、駅前食堂に入る。今は鉄道の駅は町の中心からはずれ、町の人の多くにとって、それほど重要ではない場所になってしまったのだろう。それでも駅前食堂が営業しているのは嬉しい。ごく普通の定食ものが中心であったが、味はとても良かった。

 そうやって時間をつぶすこと1時間あまり、そろそろと思って駅で待っていると、大型のJRパスがやってきた。これは盛岡発浄法寺行という路線バスで、盛岡からここまでは、高速経由で、花輪線経由よりも安くて速いということになってしまっている。ただ、本数は1日2本しかないので、荒屋新町の人が盛岡に行くには、列車と両方をうまく使いこなす必要はあるのだろう。とはいえ、結構な乗車率で、ここで下車する人も多い。


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 かつて、地方では当たり前に見かけた、国鉄の駅で接続する国鉄バス。JRバスになってもしばらくは引き継がれたが、近年は民間や自治体への路線移管と廃止が進み、かなり数が減った。ここ荒屋新町は、今や数少ないJRバス乗り換え駅の一つとして健在である。駅のホームの乗り換え案内は、国鉄バス時代から使っていると思われるものである。今、ここで列車とバスを乗り継ぐ人が、一日に一体何人いるのだろう。そんな稀少な乗り継ぎを果たした私は、このバスで終点、浄法寺へ行き、さらに別のJRバスに乗り継いで二戸へと、珍しいルートをたどってみた。今や、ローカルバスをスムーズに乗り継いでこんな旅をするのは、ローカル線乗り継ぎ以上に難しい時代かもしれない。私にとっては恐らく二度と乗る機会はない路線だろうが、JRバスとして末長く存続してほしいものである。
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by railwaytrip | 2009-11-19 12:25 | 東北地方

東武日光線・柳生駅

 東京の私鉄で一番長い複々線区間を持つ東武伊勢崎線も、東武動物公園で伊勢崎線と日光線に分岐すると、いずれもローカルムードが漂ってくる。それでも最近は地下鉄乗り入れ区間が延びて、その先まで地下鉄の車輛が入ってくるようになった。しかしそれも日光線は南栗橋までで、その次の、東北本線乗り換え駅、栗橋を出ると、首都圏脱出という感じになってくる。

 このあたりは県境が複雑に入り組んでいて面白い。東北本線は、栗橋、古河、野木の連続する3駅が、埼玉、茨城、栃木と、全て違う県に属する。太平洋に面した東の茨城県が内陸に無理やり突っ込んできた感じの所である。古河市は茨城県である。他方、東武日光線の栗橋の次には新古河という駅があるが、ここは茨城県古河市ではなく、埼玉県北川辺町になる。東武日光線は茨城県を全くかすめない。その新古河の次、柳生までが埼玉県北川辺町で、その先で群馬県板倉町に入り、板倉東洋大前という新しい駅に停まり、そこを出ると今度は栃木県藤岡町に入り、藤岡に停まる。よってここも、柳生、板倉東洋大前、藤岡の3駅が、埼玉、群馬、栃木と、3駅連続で県が変わる。板倉東洋大前は1997年開業の新しい駅で、できる前は、東武日光線は群馬県を通りながら、県内に駅が一つもないという状態であった。

 そんな北関東3県と埼玉県の県境が入り組んだあたりの地図を眺めているうちに、柳生駅が埼玉・栃木・群馬の3県の県境に極めて近いことがわかる。駅から歩いて5分程度で、その3県の県境にたどりつけそうである。もっとも県境というのは川だったりして、厳密な県境に立つことのできない場所も多い。しかしここはごく普通の平地のようである。

 柳生は東京の通勤圏を少しはずれたローカルムードも漂う駅であった。もっともホームは長く、跨線橋もあり、駅の雰囲気は全くの田舎のそれではない。しかし駅舎は昔ながらの木造の小ぢんまりしたもので、駅前も商店や住宅があるものの、東武動物公園以南のベッドタウン駅に比べると鄙びている。利用者もそのあたりとは比較にならないぐらい少ないが、昼間の乗降客が僅かしかいない本当のローカル駅と比べれば、ちゃんと利用されている感じだ。本数は1時間に3本程度。


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 駅の改札を出て、線路に沿った細い道を左へ、左に下りホームを見ながら歩く。道端に蜜柑の木があり、実がなっている。ちょっと長閑な気分になれる。1分も行くと踏切がある。踏切を渡ると、道路はすぐ左右に分かれる。左への道には「渡良瀬遊水地 谷中湖中央エントランス あと900m」という看板があり(写真右下)、一応観光客向けのウォーキングコースになっているらしいことがわかる。


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 そこを左へ行く。まっすぐずっと行けば谷中湖だが、私は、ほどなく続いて現れるT字路の2つ目を右へ曲がる。ここはまだ埼玉県である。そして1分と歩かないうちに小さな交差点がある。その交差点の手前は埼玉県だが、交差点そのものは群馬県に属する。写真左下がそれで、写真を撮るために立っている場所は埼玉県だが、交差点は群馬県である。


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 その交差点を過ぎてさらに100メートル弱で、T字路にぶつかる。そのT字路のすぐ手前までは群馬県であるが、T字路自体は埼玉県である。写真右上は群馬県から撮っているが、突き当たりは埼玉県である。手前は空き地だが、向こう側は写真のように住宅が並んでいる。

 そのT字路を左に曲がると、曲がった瞬間に群馬県に戻るが、群馬県は20メートル程度しか続かず、その先、今度は栃木県に入る。写真左下は栃木県に入った先から撮ったもので、車が2台停まっているあたりまでが栃木県、その先ちょっと群馬県で、3軒目の家からは埼玉県である。手前右にあるミラーの柱には、ちゃんと「藤岡町」という栃木県の町名が書いてあった。


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 つまり、このあたりがまさに3県の県境なのである。柳生駅から直線距離では300メートル程度であろうか。そして、その道路に沿って数軒並んでいる住宅のうち一つが、3県の県境にあるようである。こういう家の住所表示や固定資産税などは一体どうなっているのかと思うが、ごく普通の民家であり、プライバシーを詮索してはならないので、覗き込んだりせず、遠くから写真だけ撮って終わりにする。ちなみにその隣の家は、ほぼ埼玉県だが、庭のほんの一部分が栃木県にかかっていそうである。写真右上は、埼玉県に戻った側から振り返って撮った写真で、左奥の家は栃木県で、間に群馬県がちょっと入っている。

 この辺の詳しい地図を見ていると、ここ以外にも、このあたりには、2軒並んだ家が両方とも埼玉県と栃木県にまたがっている所があったりと、県境が地形や道路と関係なく走っていて、県境を無視して土地家屋が所有や賃貸されていると思われる所が多い。

 今回は寄らなかったが、北へもう少し歩けば谷中湖がある。その北側は広大な渡良瀬遊水地である。かつてはもっと広い範囲が池であったが、今は大半が渡良瀬緑地になっており、自然の宝庫となっているようである。渡良瀬遊水地は足尾の鉱毒を下流に流さないための調整目的で作られたというのが定説であり、今も場所によっては土壌に銅などの鉱毒物質がかなり含まれているという。谷中湖のあたりには、その昔、谷中村があったが、この遊水地を作る頃、強制移住により廃村になっている。このあたりはそういった、日本の公害の原点とも言われる足尾の鉱毒とも縁が深い場所だ。しかしそれと、この県境の走り方とは、あまり関係がないと思われる。

 余談であるが、埼玉県は、北関東3県の他、東京、千葉、山梨の、計6都県と都県境を接している。そのうち東京・千葉・茨城・群馬県とは、県境を越える鉄道も国道も存在する。これらの都県境を越えたことのある人は山ほどいるだろう。山梨県との境はもっぱら山で、国道が1本、隧道で超えている他は、ハイキングコースの山道しかない。そして、埼玉県と栃木県の県境は、このあたりの平地ではあるが、距離にして2キロ程度しかなく、この県境を越える鉄道も国道もない。唯一、県道が通っているが、この県道がまた面白い。栃木県道・群馬県道・埼玉県道・茨城県道9号佐野古河線というらしく、僅か1キロほどの間に、埼玉、栃木、群馬、埼玉、栃木と、県境が目まぐるしく変わる。これが唯一、一般に埼玉と栃木の県境を越える、道らしい道で、それ以外は路地のような小さな道がいくつかあるだけである。よって、埼玉と栃木の県境を越えたことがある人は極めて少ないであろう。今回、この柳生駅付近を訪問した私も、埼玉栃木県境は越えなかった。訪問した3県の県境に近い地点からあと2~3分も歩けば、超えることができたのだが、それをせずに立ち去ったのがちょっと心残りであった。
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by railwaytrip | 2008-11-14 12:10 | 関東地方

Lichfield Trent Valley Station

 バーミンガムは、中部イングランドの中核都市の一つで、市の中心に近いニューストリート駅を中心にして、30分に1本程度の近郊列車が各方面へ走っている。日曜日の夕方、その1つで、ほぼ真北へ向かう路線に乗ってみる。終点は、リッチフィールド・トレント・ヴァレー(Lichfield Trent Valley)で、約40分かかり、途中12の駅に停まる。終点の一つ手前が、Lichfield City 駅で、そこがこのリッチフィールドという市の中心に近いらしい。朝夕はこの駅で折り返す列車もある。それに対して終点の Trent Valley 駅は、乗換駅であり、駅こそ大きいが町は小さいらしい。その程度の知識で出かけてみた。この Trent Valley という名前は、近くに美しい渓谷か何かがあるのかと思わせるのだが、地図で見る限り、平坦地のようだ。実際、英国の平地を象徴する運河が近くを流れている。それも不思議である。

 Birmingham New Street からの列車は3輛編成で、最初はそこそこ賑わっていたが、駅ごとに少しずつ客が下車し、Lichfield City まで来ると、残っていた客の大半が下車してしまった。ガラガラとなった列車は、牧草地の中を走り、そして停まった。他の線区との合流駅なのに、そんな気配もなく、横から別の線路が近づいてくるわけでもなく、いきなり停まった。そこが、終着の Lichfield Trent Valley 駅であった。


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 終着だから、皆、下車するが、その数は多くない。ホームに降りてみてわかった。ここは高架の上にある単線のホームの3番線であり、1番線と2番線は下にあるのだ。つまり立体交差になっているのであった。一応複線なので、4番線のホームも残っているようだが、使われていないらしい。駅だけ単線にして、1本の列車が着いては折り返すという仕組みになっているようだ。線路は先へも続いているようだが、今は少なくとも旅客列車は走っていない。貨物などがあるのかどうかはわからない。

 細い階段を下りていくと、簡素な駅舎があり、そこからホームに入ると、1番線である。相対ホームで、間は追い越し線がある。新幹線の途中駅のような構造である。向かいの2番ホームには、グラスゴー266マイル、ロンドン116マイルと書いた立派な石の碑のようなものがある。伝統ある幹線なのであろう。


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 駅舎に戻って時刻表を見る。バーミンガムには、できれば同じ線で戻るのではなく、この線でどこかへ行って、別の線で戻りたい。しかし全く駄目であった。日曜日の今日は、何と列車が1本もないのである。平日は数本があるようだが、非常に少ない。こちらの方が明らかに立派な幹線なのに、一体どういうことであろう。やはり主要都市のバーミンガムを通らないルートなので、寂れてしまっているのだろうか。

 帰ってから調べてみると、この線は、ラグビー(Rugby)からスタフォード(Stafford)までが区間の、Trant Valley Line という名称のついた歴史のある路線だということである。今も、ロンドンからマンチェスター・リヴァプール方面へ、バーミンガムを経由せずに抜けるルートとして、それなりに使われているらしい。ただ、そういう特急列車は、このあたりの途中駅には停車しないようだ。そのため、ここを含むこのあたりの駅に停まるローカル列車の本数が極端に少ないようである。そうと知ると、次回はそのローカル列車に乗ってみたいと思う。
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by railwaytrip | 2008-09-07 16:50 | イギリス

徳島線・学駅

 徳島からは、高徳本線、徳島本線という2つの本線が出ている。但し現在、JR四国は本線と呼ぶことを廃止して名称を変えてしまった。いずれにしても、元・本線はこの2線である。一般的に考えると、県庁所在地間を結ぶ高徳線の方が幹線らしい幹線で、県内の阿波池田とを結ぶ徳島線の方はローカル線ではないかと思える。確かに特急の運転本数を見るとそうなのだが、ローカル列車に関しては逆で、県境を越える高徳本線は、途中で本数が激減するし、実際乗ってみると県境付近はかなり寂しい。それに対して徳島線は、吉野川沿いの開けた所を走るので、どこまで行っても結構人家も目立ち、普通列車の利用者がそれなりに多い。これもひとえに大河である吉野川のおかげであろう。

 徳島から普通列車で40分ほどの所に、学(がく)という漢字一文字の駅がある。特急の停まらない小駅であるが、駅舎もあり、交換設備もある、ローカル幹線の中級クラスの駅である。いつの頃からか、受験生のお守りとしてこの駅の入場券が売れ始めたため、結構良く知られている。もっとも受験生がわざわざこの駅まで入場券を買いにくるわけではなく、郵送での注文が殆どらしい。ともあれ話題性のある駅、ちょっと下車してみた。


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 相対ホームの交換駅で、構内は結構広い。長大編成の列車同士が十分行き違いできるが、今は3輛ぐらいまでであろう。駅舎は木造で、上に櫓がついているのがユニークだ。この地方の標準建築というわけでもなく、このあたりでも学駅だけらしい。とにかく思ったよりは立派な駅らしい駅で、駅前には「学タクシー」もある。但し商店はない。待合室には、列車を待っているのかどうか、地元の人が2人ほどいる。切符売場の窓口もあるが、閉まっている。

 駅前に車が停まり、おばさんが降りてきた。駅舎に入ってきて、「あら、閉まっているのね」という。待合室にいた人が「午前中だけですよ」と答える。「あらそうなの、残念ね。車で通りかかって、ああ、ここかあ、と思って寄ってみたんですよ」とのこと。もとより鉄道マニアでも切符収集家でもない普通のおばさんと思われるが、そういう人がこんな風に立ち寄ってくれる程度に知名度も上がっているようだ。


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 阿波池田行の列車がやってきた。平日の昼下がりで乗客は少ないが、地元の人が数名下車した。駅名以外にこれといったことのない平凡な所であるが、地元の利用者がしっかりいる。こういう輸送機関としての鉄道本来の姿がまだしっかり見られるのは嬉しい。
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by railwaytrip | 2008-07-02 13:49 | 中国・四国地方

羽越本線・勝木駅

 新潟県は細長くて広い。糸魚川地方だと北陸という雰囲気が濃いが、村上あたりまでくると東北のようだ。羽越本線を新潟からだいぶ走ったあたりで、まだ東北地方ではないのか、と海を見ながら思った人もいるだろう。国境は、奥州三大関所の一つ、念珠(ねず)の関所、鼠ヶ関である。この駅からが山形県だが、駅は構内南端の一部が新潟県にかかっているという国境駅でもある。

 その鼠ヶ関の2つ手前に、勝木(がつぎ)という小駅がある。勝という字を「がつ」と読ませる名前の不思議さもあり、また海の景色が素晴らしい笹川流れも終わったあたりの地味な立地ということもあり、ちょっとどんな所だろうかと降りてみた。夜行の「ムーンライト越後」から2本乗り継いで、到着はまだ早朝5時台である。

e0028292_5174869.jpg 羽越本線の村上より北は、海の眺めが素晴らしい区間で、各駅とも海辺にあるが、ここ勝木だけは、駅から海が見えない。それどころか、駅の海側に大きな病院がでんと構えており、それより先の風景を見せてくれない。改札口と駅舎を兼ねた1番ホームは山側だが、この病院のためであろう、海側にも簡易な駅への出入口がある。駅員のいた国鉄時代には作れなかった出口かもしれないが、何はともあれ、ローカル線の利用者は高校生か病院通いのお年寄りというのが定番みたいだから、その病院が駅前にあることは、多少の鉄道利用者増に結びついているには違いない。羽越本線は勿論、ローカル線ではなく、廃止の心配はないが、それでもこういう小駅に降りると、ついついそういう方向に発想が行ってしまう。

 駅の構造は、上下の相対ホームの二面二線というやつだ。間は跨線橋で結ばれている。もともとは二面三線の、国鉄の幹線標準型だったようだが、海側の待避線は使われておらず、線路も大体撤去されているようで、そこに直接外へ出られる病院側の出口が作られているというわけだ。羽越本線のこのあたりは部分的に複線化がなされており、勝木の場合、越後寒川側は複線で、府屋側は単線である。だから、交換駅というわけでもないし、普通の複線区間の途中駅とも違い、列車交換待ち合わせの停車もある。幹線だからホームは長く、長距離普通列車が行き交った時代の面影は今も十分だ。


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 駅前は静かだが、旅館が1軒ある(写真左上)。立派な店構えで、タバコ屋・雑貨屋を兼ねている。それ以外には特に店もなく、静かな集落である。そんな所にある駅前旅館とは、一体どういう人が泊まるのだろう。駅前にあっても今は車での利用者が殆どかもしれない。駅のすぐそばには切り出した材木を積んである所がある(写真右上)。海が近くても山も近く、林業も産業として活きているようだ。

 そんな観察をしながらホームへ戻り、上り新津行を待っていると、駅前に車が停まり、お母さんが高校生の息子を降ろした。続いて病院の前を女子高生が歩いてきて、下りホームに入り、跨線橋を渡って上りホームへとやってきた。その後は、高校生が、まさに続々という感じでどんどんとやってきた。車での送迎、自転車、徒歩、色々である。思ったより多い。村上への通学列車なのであろう。ここは新潟県最北端の地、山形県への越境通学が駄目となると、通う高校は必然的に村上市の高校になるのであろう。

e0028292_520184.jpg 定刻に列車がやってきた。鼠ヶ関始発で勝木6時58分発新津行、3輛編成の国鉄型ディーゼルカーである。この区間ではこれが始発列車だ。この区間は電化されているが、交直流の切り替えがあるのに、普通列車用には高価な交直両用の電車が導入されておらず、気動車でつないでいるのである。しかも多くが古い国鉄型であり、それも魅力の一つでここを訪れた。確かに昔懐かしい気動車のキハ40ではあったが、中はロングシート化されていた。しかも、勝木に着く前に既に座席の大半は埋まっていた。殆どが高校生である。先客の彼らは鼠ヶ関か府屋から乗ったのであろう。勝木での乗車も最終的には20名以上はいたか、思ったより多い。少子高齢化が進む中でも、まだこれだけの高校生が早朝から列車通学をしているわけだが、それでも昔はもっとずっと多かったのかもしれない。村上着は7時36分で、始業には少し早すぎるのだろうが、この後の普通列車は約2時間後になってしまう。やはり閑散区間ではある。だからこそ気動車で賄っているのでもあろう。
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by railwaytrip | 2008-06-27 06:58 | 中部地方

参宮線・二見浦駅

 その昔、今のように気軽に旅行できない時代、お伊勢参りは一生に一度は行きたい庶民の夢であったという。日本最初の鉄道が明治5年に東京~横浜間に開通してからわずか17年後には、早くも参宮鉄道という会社が設立され、明治27年には津から宮川までの鉄道が開通、翌年には山田(今の伊勢市)まで延長された。この鉄道の主たる目的は、伊勢神宮への参拝客輸送であり、ゆえに参宮鉄道という社名だったのである。庶民のお伊勢参りの夢は、この鉄道によってだいぶ現実的になったことであろう。明治40年には、鉄道国有法により国鉄となる。そして今、戦後60年が経過した。そして国鉄からJRになった。そんな長い歴史を経て今日まで、伊勢線でも鳥羽線でもなく、参宮線という線名のまま残っている。

 しかし今や、参宮線に乗ってお伊勢参りに行く人などほんの僅かである。今の参宮線の役割は、この地域のローカル輸送であるが、このあたりは近鉄がかなりの路線網を張り巡らしているため、参宮線の重要度はお世辞にも高くない。それでもJR東海になってから、名古屋から鳥羽まで、「快速みえ」という料金不要の優等列車を作り、近鉄特急に対抗しだした。けれども、名古屋から、津、松阪、伊勢市、そして鳥羽へ、近鉄ではなくJRの快速みえを利用する人の比率はかなり低いらしい。何しろ2輛編成が1時間に1本なのだ。近鉄特急と比べてみれば、その差は歴然としている。

 今回、二見浦という駅を訪問したのは、この駅こそ、参宮線の役割が今なお重要な駅の筆頭ではないかと思ったからである。最近の市町村合併で伊勢市に編入されたが、もともとここは二見町という町であり、二見浦駅はその玄関口である。このあたりは近鉄の線路ははるかに離れた山の中を走っており、旧・二見町地域では、参宮線が唯一の鉄道になる。

 二見浦といえば、夫婦岩という有名な岩が海中より突き出ており、古来より参拝の対象となるなど、観光地としても知られる。旅館も多く、温泉も湧いている。観光地として栄えていそうだが、実際は昔と比べるとかなり寂れているらしい情報も得た上での訪問であった。


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 駅舎は、夫婦岩を模してデザインした、ガラス張りのモダンなものであった。駅員がいて切符を売っているが、委託職員のようである。そして駅前に鳥居がある。しかし駅付近は見事にガランとしている。人通りは時折あるが、とにかく静かだ。伊勢といえば、折から赤福の偽装問題でゆれており、この時も赤福の各店は営業停止中。二見浦の駅前通りを行くと、古風な和菓子屋「酒素饅頭」の木造の立派な店があった。赤福とは関係ないだろうが、ここもしっかり閉まっていた。


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 駅に戻る。とにかくホームが長い。10輛編成ぐらいの列車は問題なく停まれそうである。その昔は長い客車を連ねた列車が発着したのであろう。屋根のある中央部は、決して長くないが、堂々たる鉄骨に支えられた立派な屋根を持つ、風格のある駅である。ホームと改札口の間は地下道で結ばれているが、このクラスのローカル線では比較的珍しい。


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 その長いホームに、鳥羽行き2輛編成の普通列車がやってきた。乗降客は少ないが、多少ある。続いて反対側の松下寄りの隧道から、快速みえが出てきた。やはり2輛編成だ。戦前の参宮線は複線だったというが、今は単線なので、この駅で行き違うのだ。これほど長いホームに僅か2輛の列車同士の交換では、貫禄負けするが、今や全国至るところで、こうした風景は見られる時代だ。小型1輛のローカル線に比べれば、まだ風格ある二見浦にどうにか釣り合っているような気さえした。
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by railwaytrip | 2007-11-26 11:50 | 中部地方

近鉄大阪線・三本松駅

 私鉄らしからぬ長大幹線、近鉄大阪線。東半分は山岳地帯も多く、車窓の変化も楽しい。大阪上本町から奈良盆地南部を貫き、大和三山を眺めて桜井を過ぎるとやがて山峡に入る。知らなければもはや大阪の通勤圏も果てたかと思える。榛原を過ぎ、一駅の距離が俄然長くなるあたりでは、急行なども各駅停車になる。だが、その先、三重県に入ったあたりに名張、桔梗が丘といった住宅地があり、かなりの人が大阪まで通勤しているという。

 そういう日常利用者も、そしてたまに乗る人も、恐らく下車したことのある人は珍しいと思われる駅の代表が、奈良県最後の駅、三本松ではないかと思う。このあたり、急行は各駅停車になっているが、そのひとつ上の区間快速急行というのが、榛原以東では三本松のみ通過している。こういう駅があると、どういうところであろうかと、気になってしまう。車窓から見ても人家も少ない山峡にある小さな駅である。 通るたびに気になっていたが、このたび桔梗が丘へ行く途中に少し時間ができたので、途中下車をしてみた。


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 三本松は、山の中腹にある相対ホームの駅である。進行左手は山、右手に谷が開けている。一番大阪寄りに構内踏切があり、小さな駅舎がある。するっと関西が導入されているので、自動改札機や自動精算機があり、駅員もいるが、下車した客は僅かであった。とはいえ、大都市近郊私鉄の水準としては少ないものの、下車そのものを駅員に珍しがられたり、奇異な目で見られたりするような田舎の駅ではない。休日にはハイキングの客も観光客もいるであろう。

 ここは元々、隣の室生口大野とともに室生村であったが、2006年1月1日、榛原町その他との市町村合併で宇陀市となった。旧室生村の中心は、隣の室生口大野駅のある大野地区であろうか。

 駅前には商店が1軒。あとはこれといって何もなく、狭い道を谷へと下りてゆくと、やがて国道に出る。この国道右手に道の駅宇陀路室生ができている。かつてこれが無い頃は、もっとひっそりした山村だったのだろう。道の駅のせいで、そこまで田舎という気がしなくなるが、周囲は田園が広がっている。


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 橋がある。流れているのは宇陀川で、水は綺麗だ。大阪から1時間、やはり別天地である。この川は、何となくこれより奥の青山峠の方から流れてきているのかと勝手に思ってみたが、逆で、名張方面へ流れている。後で調べてみると、水源は榛原の南の大宇陀の山の中で、名張から名張川と名を変えて北上し、ぐるりと円弧を描いて今度は西へ向かい、月ヶ瀬、木津などを通って木津川とまた名を変え、田辺などを通って最後は樟葉のあたりで淀川に合流し、大阪湾に注いでいるのである。この上流には室生ダムがある。

 このあたりから見る駅は、いかにも山肌にへばりついている感じで、その昔は難工事だったのかもしれない。この区間の開通は昭和5年で、当初より高速鉄道を想定していたため、ローカル線のように川の流れに沿って急カーヴを繰り返すような設計はしていないのであろう。


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 駅に戻る。大阪方面から延々と走ってきた、青山町行の急行がやってきた。こんな山深い地なのに、乗客も結構乗っているし、お客の身なりが都会風なことで、田舎のローカル線とは違う、近鉄の大幹線であり、大阪への通勤路線でもあることを改めて思う。ここ三本松駅で見る限り、そのギャップが面白いと思う。
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by railwaytrip | 2006-10-08 10:45 | 近畿地方

八高線・金子駅

 西武池袋線の所沢~飯能間は、1970年代以降、東京のベッドタウンとして急速に住宅地化したが、それ以前は武蔵野の面影を残す雑木林と茶畑の多い、農村地帯であった。狭山ヶ丘までが所沢市、武蔵藤沢から元加治までが概ね入間市、そしてその先が飯能市。飯能まで来ると、関東平野の端まで来たという感じになる。

 このあたりの西武沿線の住民でも、入間市内の駅を全部言えという問いに即座に正答できる人は少ないだろう。藤沢あたりはまだ所沢かな、とか、元加治は飯能市なのではあるまいか、と迷わない人でも、途中の稲荷山公園だけが実は狭山市であることを知る人は少ない。そして、それも知っているよと得意そうに言う人でも、忘れがちなのが、八高線の金子駅なのである。そう、ここが入間市だと聞くと、意外な感じを受ける人が多い。それどころか、入間市にそんな駅があることすら知らない、埼玉都民である入間市民も少なくないだろう。

 かくいう私も、実はその昔、この西武沿線に長く住みながら、そしてごくたまに八高線も利用する機会がありながら、金子には一度も行ったことがなかった。およそ用事があって出かけるような所ではなく、用がなければ行く必要はないのだが、しかし非電化の当時、西武池袋線沿線から最も近い、ローカル線の小駅の雰囲気を味わえる駅だったのである。わざわざ出かけるだけの価値もあったし、それほど近いのであるが、いつでも行けると思っているうちに、行かずに引っ越してしまったというのが現実である。

 そして時代は下って、ローカル線だった八高線も電化され、都内の主要線区と同じような通勤型電車が走るようになった。本数も増えたし、もはやかつてのローカル線の面影はないかもしれないと思いながら、東飯能から八王子行きの、4輛編成の電車に乗ってみた。

 単線だから、列車交換がある。相対ホームで跨線橋があるが、屋根無しの、歩道橋タイプである。そして、思ったより乗降客が多い。けれども嬉しいのは、昔ながらの木造駅舎が残っていることである。首都圏のJRだから、簡易スイカの機械はあるが、自動改札までは設置されていないのも嬉しい。この古風な木造駅舎に自動改札は、絶対に似合わない。


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 駅周辺は、駅前からすぐ住宅地で、新旧の住宅が混在している。駅前商店街といったものは一切なく、食堂も喫茶店もコンビニもない。少し行った所にスナックが1軒あった程度で、駅に近い所にあるのは、不動産屋、学習塾、写真屋であった。東飯能寄りに歩いていって踏切を渡った所には、スーパーなどお店が数軒あったが、商店街というほどのことではない。少し歩くと茶畑もあり、狭山茶処は今も健在なのが嬉しい。

 駅前からは、駿河台大学へのスクールバスが出ていた。こんな所にそんな大学があるのも知らなかったが、しばらく駅周辺を散歩して駅前に戻ってきた時、ちょうど大学からのバスが着くと、夕方ということもあり、かなりの学生が降りてきた。寄り道するような喫茶店一つない駅前だからか、全員がぞろぞろと改札口を入っていった。後で調べてみると、やはり割と近年になってこの近く(飯能市内)に開かれたキャンパスだそうだ。


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 そういう都会風の若い学生の他、スーツ姿のビジネスマンもいて、ここ金子駅の夕方、電車を待つ人々は都会的である。駅もそれなりに綺麗になり、やってくる電車も最新型。古い木造駅舎だけが、ローカル線時代の八高線の面影を今にとどめているように思われた。
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by railwaytrip | 2006-07-03 15:00 | 関東地方

Hoofddorp Station

 オランダ・アムステルダムのスキポール空港は、ヨーロッパ有数の巨大な空港だが、その割とスムーズで、飛行機を降りてから列車に乗るまでの時間が短くて済む。なので、2時間弱の乗り継ぎの待ち時間を利用して、鉄道旅行!流石にこれは無茶かもしれない・・・

 入国審査官のおばさんに、珍しく質問された。「オランダのどこに行くのか」と。困ってしまって、「乗り継ぎの間、空港周辺をうろうろしたい」「待ち時間はどれぐらいか」「2時間だけ」「それでは無理だ、ここは大きな空港で、出国審査やセキュリティーチェックにも時間がかかるよ、中で待っていなさい」と、入れてくれない感じ。多分、半分親切のつもりなのだろうが、それでも最後は、入国するか否か、決めるのはあなた、という感じで、どうするかと聞いてきたので、「イエス」と言うと、スタンプを押してあっさり通してくれた。

 最近確かに各地の空港のセキュリティーが厳しくなっていて、昔に比べて飛行機に乗るまでの時間がかかるようになっている。それでも2時間あれば、アムステルダム中央駅まで往復して、中央駅付近の運河の雰囲気にちょっと浸って戻ってくることもできる。しかし何度も行っているそのような場所ではなく、反対方向に行こうと思って時刻表を見る。3駅目がライデンで、そのあたりまで行って戻ってくるのはさして難しそうではないが、本数が少ないので、あまりに慌しいのもなんだなと思い、スキポールの隣駅、Hoofddorp(ホーフトドルプ)という所にとどめることにした。昨年、パリで飛行機に乗り遅れたばかりなので、きわどいことをするのはやはりちょっと心配という気持ちもある。こんな遊びで乗り遅れたのではしゃれにもならん。

 というわけで、まず券売機で往復切符を買う。3ユーロ。1駅だから安いとは言えないが、まあこんなもの。すぐに2輛編成の短い、Hoofddorp止まりの列車が入ってくるので乗る。そういう列車があるため、ここまでならば本数も多い。


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 残念ながら、面白い場所ではなかった。まあ、空港の近くだし、あまり期待はしていなかったが、駅周辺には商店すらなく、無機質な感じの駅の周囲は、ただただ近代的なオフィスビルばかり。それもトマスクックだとかキャノンだとか、一流企業も多く、国際都市アムステルダムの空港に近いビジネスパークになっているようであった。

 あとは駅にバスがかなり頻繁に発着している。折から夕方、ここからバスで郊外の住宅地へと帰宅するオランダ人にも、この駅はかなり利用されているのであろう。このあたりで勤務を終えて帰宅するビジネスマンも、この時間、ある程度の乗車がある。そんな場所であった。


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 ホームがえらく長い。その長いホームの一番スキポール寄りから歩いて来る人が時々いるので、行ってみると、そこにも、もう一つの出口がある。人が行き来していなければ、あちらにも出口があるとは想像つかない。そちらは落書きの多い階段を下りて下の道路へ出るだけであった。改札口のない欧州の鉄道では、こうして出入口を増やすのも容易だ。それでもその高架下に自動券売機は置いてあった。
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by railwaytrip | 2005-07-11 18:10 | オランダ