EU内の国境審査を廃止して人の流れを円滑にするための協定により、世界的に名が知られるに至った、ルクセンブルク南東端の村、Schengen(シェンゲン)。ここは首都ルクセンブルク市から見ると、はずれのはずれである。と言っても、もともと小さな国の中での話。直線距離では23キロ程度である。鉄道はなく、ルクセンブルク市から行くには、バスを2本乗り継いで行かなければならない。
Schengen は、ライン川の支流、モーゼル川沿いの長閑で小さな村である。モーゼル川流域は良質な白ワインの産地として知られる。Schengen もその一つで、周囲のなだらかな丘の多くがブドウ畑になっている。 この村はモーゼル川の左岸にある。村の中心に橋があり、渡るとドイツの Perl(ペルル)である。そしてここからモーゼル川をちょっと遡ると、そこはもうフランスである。Schengen は、これら3つの国の境界にある村であるゆえに、協定の締結地に選ばれた。実際の調印は、モーゼル川に浮かぶ船上でなされたというから、象徴的である。 Schengen には鉄道はない。けれども対岸のドイツ・ペルルには、ペルル駅がある。Schengen の村の中心から5分も歩けばたどりつける。こことTrier(トリアー)の間に、ドイツ国鉄DBが平日日中は1時間に1本の普通列車を走らせている。モーゼル川右岸をゆく長閑な路線で、モーゼル川の風情を楽しませてくれる、地味ながら好ましい路線である。 線路は Perl から南へも続いている。ほどなくフランスに入り、入って間もなく、Apach(アパック)という駅がある。Perl から2キロ弱で、並行道路もあるので、歩いても30分弱という近さである。そのApachからはフランス国鉄が、モーゼル川上流のThionville(ティオンヴィル)まで、ローカル列車を一日数本、走らせている。 つまりこの路線は、ドイツの Trier とフランスの Thionville を結ぶ、2ヶ国にまたがる国際路線である。にもかかわらず、国境の僅か2キロの区間、Perl~Apach 間の一駅だけは、列車がほとんど走っていない。ほとんど走っていないが、皆無ではない。それが面白いというか不思議である。 具体的に言うと、平日は国境を越える旅客列車は1本もない。しかし土日のみ、Trier~Perl~Thionville~Metz という快速列車が1日2往復、走っている。Perl から Thionville の間には、駅が5つあるが、この国際快速は1つを除いて通過する。フランスの国境駅 Apach にも停まらない。 この不思議な列車に乗るため、前日からルクセンブルクに泊まっていた私は、土曜の朝、ルクセンブルク駅前9時10分発のバスに乗った。約25分、Mondolf(モンドルフ)という所で別のローカルバスに乗り換える。そして約20分、Schengen にやってきた。10年ほど前にも来たことはあるが、今回もまた時間が止まったようなのんびりした田舎の静かな村である。変わったと言えば、前回は無かった高速道路が山の上のはるか高い所でモーゼル川を跨いでいる。 モーゼルの河畔に、Schengen 協定締結の記念碑があり、ドイツ語、フランス語、英語で解説がある。上にはEUの旗がたなびいている(写真左下)。対岸はドイツの Perl の村である。そのすぐ脇に、ドイツへ渡る国境の橋がある。橋の手前に、フランス2キロ、ドイツ1キロ、という道路標識がある(写真右下)。最近、大雨が続いていたので、モーゼル川は氾濫寸前というまでに水かさが増していた。 冬の土曜の朝だからか、車は結構通るが、歩行者は全く見かけない。ましてや観光客など皆無である。歩いて橋を渡り、ルクセンブルクからドイツへ入る。橋から見下ろせる位置に Perl 駅がある。以前と特に変わった様子はないが、駅前は何やら工事をしている。駅へ行くなら、橋を渡り終わったところで歩行者専用の階段を下りていくのが早い。 ドイツ側の終着駅で、Trier からのほぼ全ての列車がここで折り返す。折り返し前提の駅だからか、複線だが、ホームは片面しかない。古いながらも立派な堂々たる駅舎だが、今は無人化されており、駅舎の一部はパブになっている。切符はホームに自動券売機がある。 ドイツという国は無賃乗車に厳しいというか、容赦ない国で、切符を持たずに乗ると理由を問わず、否応なしに高額の罰金を取られるという。全ての駅に自動券売機があるので、無人駅から乗ったというのは理由にならないそうだ。 私はルクセンブルク国内限定の乗り放題切符を買ってあるので、ここドイツの Perl からフランスの Thionville を経由して、ルクセンブルクに入った最初の駅 Bettemburg(ベッタンブール)までは、別途切符を買わなければならない。自動券売機の表示を英語に変えて、あれやこれやと試してみたが、Bettemburg までの切符は買えない。それどころか、乗換えなしの Thionville すら買えない。壊れているのかと思って、試しに Trier を入力してみると、すぐに切符の種類や値段が出てきたので、壊れているわけではない。ドイツ国内専用なのかと思って、ルクセンブルクと入れてみると、これも値段が出てきた。しかし、私の乗るルートではなく、何と遠回りの Trier 経由での運賃が出てきた。ここからルクセンブルクへ、わざわざ Trier 経由の列車で大回りして行く人がいるとは思えないが、とにかくそういうことになっている。結局、土日に2本しか運行されないこのルートを通る切符は、データが入っていないため、買えないということのようである。 そうこうするうちに発車時刻が近付いてきたのだが、列車は現れないし、人の姿も全くない。本当に列車が来るのだろうかと心配になったが、3分遅れで、トリアー方面から赤い車輛の列車が見えてきた。 それはフランス国鉄の車輛であった。僅か1輛だが、真新しい車輛である。Perl では2人の下車客があった。Trier から Perl までの区間は日常的な利用者がいるので、たまたまこの列車があったから乗ったという人だろう。乗車は私だけで、車内に入ると、空いてはいるが、一応席の半分弱が埋まるぐらいの客は乗っていて、大きな荷物を持った人も多い。観光客でもなさそうで、用事があってある程度の距離を移動する人が、たまたまこの列車があるから利用したという感じに思われる。 Perl を発車し、今渡って来た道路橋の下をくぐる。どこが国境かは定かではないが、すぐに国境を越えてドイツからフランスへ入った筈である。そのあたりはゆっくりと走る。やがて右手、モーゼル川との間に沢山の線路が広がってくる。国境駅独特の風景で、貨車がいくらかは停まっていたが、広大な敷地のほとんどはガランとしている。そんな所にある国境駅 Apach を通過。ここから先は、フランス国鉄の区間列車が平日4往復、休日2往復ある。この運転本数は究極のローカル線である。だがとにかく、毎日列車が走っている区間に入ったからか、新型気動車はスピードを上げた。 乗客は中高年のお客が多く、新聞を読んだりおしゃべりしたりしている。景色を眺める人はほとんどいない。土日に2往復しかない列車だから、たまたま乗り合わせたというよりは、この列車に合わせて乗っている人であろうが、この列車が無ければ別のルートで移動するのであろう。私のように、こんな珍しい不思議な列車があるからと意識して乗っている人は誰もいないようであった(写真左下)。 Apach の次が、停車駅の Sierck-les-Bains(シエルク・レ・バン)で、古いが立派な駅舎がある(写真右上)。下車はなく、おばさんが一人だけ乗ってきた。切符を買っていないので心配という風情で右往左往している。ホームに降り立った車掌が、いいから乗れ、と合図をしている。 発車後、その車掌が回ってきて、まずそのおばさんに切符を売る。次いで私の前にもやってきた。私が Perl で乗ったのもお見通しのようである。フランスの車掌で、言葉もフランス語であった。恐らくドイツ語もできるのであろうが、既にフランスに入っているし、ルクセンブルクでもそうだが、一般に仏独両国圏の人は、外国人に対してはフランス語を使う。実際、ドイツ語よりフランス語の方が国際語としては上であろうが、こちらはフランス語もカタコトしか理解できない。 その車掌が携帯発券機で、Bettembourg までの切符を出そうとするのだが、いくらやっても出てこないようである。Perl の自動券売機同様なのか、困ったものである。そしてしまいには何やらフランス語で長々と説明をしつつ、切符を売って料金を徴収した。あまり理解できなかったのだが、切符を見ると、この列車の終着、Metz までとなっている。どうやら同じ料金だからこの切符でBettembourg まで乗っていい、と言っていたようである。しかし次の列車で検札が来たら、すんなりと通るのであろうか。ちょっと不安ではある。 列車は相変わらず右手にモーゼル川のおっとりした流れを見ながら、流れに沿ってカーヴを繰り返しながら走る。それでも Thionville が近づいてくると人家が増えてくる。さらにはモーゼル川の対岸に大規模な施設が見えてくる。火力発電所かと思ったが、後で調べると原子力発電所であった。フランス第三の規模で、相当なものらしい。 そうしているうちに、モーゼル川とも離れ、列車は Thionville 駅に滑り込んだ。Thionville は中規模の街で、ルクセンブルクに近いので、ルクセンブルクへ通勤する人も多いらしい。ロレーヌ北部の代表的な都市はこの列車の終点 Metz だが、ここもそれに次ぐぐらいの規模がある。 Thionville では乗っていた客の3割ぐらいが下車した。代わりに乗り込む人が何倍も多く、僅か1輛の列車はほぼ満席になったようである。ここから先は1時間に1本以上の列車が走る高頻度区間である。そういう区間だけ利用する人は、たまたまこの列車が来たから乗っただけであって、この列車が土日しか走らない Trier からの珍しい列車であることなど、意識にもないであろう。 ※ この区間は、ドイツとフランスとにまたがりますが、フランス側の方が距離が圧倒的に長いため、便宜上、フランスのカテゴリーに分類しました。
by railwaytrip
| 2011-01-08 10:42
| フランス
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