十数年ぶりに中国・上海を訪れた。聞いていた通りの街の変貌ぶりに驚きながらも、それが全てではなく、昔と変わらない部分もまだ沢山残っていることも知る。当時はなかった地下鉄に乗って、上海火車站下車。火車とは中国語で列車のことで、蒸気機関車から来ている言葉であろう。昔はそれが中国に似合っていたし、実際、田舎に行くとまだ蒸気機関車が普通に見られたが、今のモダンな上海からはちょっと違和感を感じる。でも言葉はそういった時代の変化を超えて生き続ける。日本は「汽車」が「電車」に取って変わったが、「火車」という言葉は中国では時代を超えて使われ続けそうだ。
その火車駅前に立つと、さっきまで見てきたモダンな上海とは違う、一昔前の中国も健在であった。いかにも田舎から出てきた風体の、大きな荷物をいくつも担いだ人などでごった返している。そして切符売場には長蛇の列。といっても、昔よりは随分と良くなっている。昔はもっと列が長く、しかも割り込みなどが当たり前で、よほどずうずうしくならないと、駅で切符など買えなかった。今は列車ごとの空席有無の電光掲示板などもあり、それなりには進歩しているのであった。 折角久しぶりの上海だが、短期訪問で、まとまった自由時間は今日だけなので、ちょっと汽車に乗って地方にも出てみたい。でもいきなり駅に行って切符など買えるだろうか。是非とも行かねばならぬなら、何としても切符を買わねばならぬが、そうでもないのに、昔のように、意地でも切符を手に入れるぞというパワーもない。しかも、1時間以内に出る列車は満席が多い。この上海駅前の風景を見るだけでいいかな、と考えながら、しばらく駅前をうろうろしていた。 と、駅舎に向かって左手、地下鉄の出口からは遠い方なのだが、そこに軟座・軟臥専用の切符売場と待合室があるのを発見。つまり一等専用である。そこはガラガラで、切符を買っているお客は一人しかいなかった。汽車に乗るとしても、もとよりそんなに遠い所に行くつもりはなく、短距離ならむしろ中国人民の体臭漂う普通車を体験したかったのだが、切符を買う面倒を考えると、軟座なら楽そうだ。しかも運賃は日本などに比べると非常に安く、気にするような金額ではない。軟座専用切符売場は係員の愛想も良く、1時間後に出る列車で蘇州まで、そして蘇州に2時間滞在して上海へ戻るという軟座の切符が難なく買えた。夜は上海で約束があるのだが、それにもちょっと余裕を持てそうな、理想的な時間帯だった。蘇州は前にも行ったことがあり、懐かしいものの、特に目的も見たいものもあるわけでなく、ただぶらぶらするのなら2時間は手頃だ。 地下鉄は先進国と変わらぬ感覚で乗れるのだが、中国で汽車に乗るのはまだ大ごとらしい。上海の駅が特に大きく、人が多いからかもしれぬが、まず最初の改札を入ると荷物検査がある。だだっ広い構内も人でごった返している。そして各ホームへの入口にまた待合所がある。そしてホームへ入るのにまた切符のチェックがある。これではまるで飛行機に乗る手順ではないか。とにかくそういう構造のため、早めに構内に入ったところで、あちこちのホームに降りて見物したり写真を撮ったりすることはできない。 乗る列車は軟座専用列車で、無錫行き。途中は昆山に停車して蘇州までほぼ1時間。中国の軟座つまり一等車は、最近の日本の特急の普通車程度の設備と居心地であった。人口過密で輸送力不足の中国ではまだ仕方ないだろうし、中国の中では軟座専用列車は特別な列車なのだろう。ホームの雰囲気にもゆとりがあり、各車輛の入口のドアごとに、女性服務員が立って客を迎える。笑顔の愛想はないが、不親切というわけでもない。少なくとも昔よりはだいぶ良くなっている。 発車してしまえばどうということはない普通の列車だ。しばらくは上海の街並みを抜けるが、段々と郊外に、そして田園地帯になる。しかしこのあたりは広い中国の中でもトップクラスの外国企業進出地。しばしば新しい工場などが車窓を横切る。昔の車窓がどうであったか、定かな記憶はないが、建物の新しさでもわかる。とはいえ、田園地帯はまだしっかり残り、この上海一時間圏が工場で埋め尽くされてしまうようなことにはならなそうだ。 途中は昆山に停車、この列車が無錫行という短距離列車だからかもしれないが、一駅の僅かな乗車で軟座から降りる人もそれなりにいるが、乗ってくる方が多い。でも軟座は立席を売らないらしく、立ち客はいない。座席はほぼ満席で、最近の日本なら「今日は混んでいる」と不機嫌になりそうだが、中国の水準ではこれは非常に快適な旅行なのだろう。乗客の身なりその他は特に良くも悪くもなく、軟座の運賃を気軽に出せる富裕層が十分にいることがわかる。 そして蘇州についた。大きく立派な駅だ。かなりの乗客がここで降りた。蘇州といえば風光明媚な観光地でもあるが、軟座専用にもかかわらず、この列車から降り立った客に観光客っぽい人は少ない。駅を出ると、やはりというのか、客引きが寄ってくる。結構しつこい。 蘇州といえば、運河が縦横に街を巡っており、十数年前はまだ手漕ぎの舟が多く、その情緒だけでも簡単に絵になる写真が撮れたものだった。流石に今はそういう舟は見られなかった。時たま行き交う観光船も荷物を運んでいるような船も、当然にエンジンがついている。しかも残念ながら天気が悪くてどんよりしており、絵になるようないい写真は撮れそうにない。それでもしばらく街を歩き、市場なども見て、2時間の散歩を堪能し、夕方の軟座列車で上海へ戻った。戻る列車は夕方のせいか、軟座には西洋人観光客の姿も目立った。
by railwaytrip
| 2005-11-09 13:15
| 中華人民共和国
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