東京の私鉄で一番長い複々線区間を持つ東武伊勢崎線も、東武動物公園で伊勢崎線と日光線に分岐すると、いずれもローカルムードが漂ってくる。それでも最近は地下鉄乗り入れ区間が延びて、その先まで地下鉄の車輛が入ってくるようになった。しかしそれも日光線は南栗橋までで、その次の、東北本線乗り換え駅、栗橋を出ると、首都圏脱出という感じになってくる。
このあたりは県境が複雑に入り組んでいて面白い。東北本線は、栗橋、古河、野木の連続する3駅が、埼玉、茨城、栃木と、全て違う県に属する。太平洋に面した東の茨城県が内陸に無理やり突っ込んできた感じの所である。古河市は茨城県である。他方、東武日光線の栗橋の次には新古河という駅があるが、ここは茨城県古河市ではなく、埼玉県北川辺町になる。東武日光線は茨城県を全くかすめない。その新古河の次、柳生までが埼玉県北川辺町で、その先で群馬県板倉町に入り、板倉東洋大前という新しい駅に停まり、そこを出ると今度は栃木県藤岡町に入り、藤岡に停まる。よってここも、柳生、板倉東洋大前、藤岡の3駅が、埼玉、群馬、栃木と、3駅連続で県が変わる。板倉東洋大前は1997年開業の新しい駅で、できる前は、東武日光線は群馬県を通りながら、県内に駅が一つもないという状態であった。 そんな北関東三県と埼玉県の県境が入り組んだあたりの地図を眺めているうちに、柳生駅が埼玉・栃木・群馬の三県の県境に極めて近いことがわかる。駅から歩いて5分程度で、その三県の県境にたどりつけそうである。もっとも県境というのは川だったりして、厳密な県境に立つことのできない場所も多い。しかしここはごく普通の平地のようである。 柳生は東京の通勤圏を少しはずれたローカルムードも漂う駅であった。もっともホームは長く、跨線橋もあり、駅の雰囲気は全くの田舎のそれではない。しかし駅舎は昔ながらの木造の小ぢんまりしたもので、駅前も商店や住宅があるものの、東武動物公園以南のベッドタウン駅に比べると鄙びている。利用者もそのあたりとは比較にならないぐらい少ないが、昼間の乗降客が僅かしかいない本当のローカル駅と比べれば、ちゃんと利用されている感じだ。本数は1時間に3本程度。 駅の改札を出て、線路に沿った細い道を左へ、左に下りホームを見ながら歩く。道端に蜜柑の木があり、実がなっている。ちょっと長閑な気分になれる。1分も行くと踏切がある。踏切を渡ると、道路はすぐ左右に分かれる。左への道には「渡良瀬遊水地 谷中湖中央エントランス あと900m」という看板があり(写真右下)、一応観光客向けのウォーキングコースになっているらしいことがわかる。 そこを左へ行く。まっすぐずっと行けば谷中湖だが、私は、ほどなく続いて現れるT字路の2つ目を右へ曲がる。ここはまだ埼玉県である。そして1分と歩かないうちに小さな交差点がある。その交差点の手前は埼玉県だが、交差点そのものは群馬県に属する。写真左下がそれで、写真を撮るために立っている場所は埼玉県だが、交差点は群馬県である。 その交差点を過ぎてさらに100メートル弱で、T字路にぶつかる。そのT字路のすぐ手前までは群馬県であるが、T字路自体は埼玉県である。写真右上は群馬県から撮っているが、突き当たりは埼玉県である。手前は空き地だが、向こう側は写真のように住宅が並んでいる。 そのT字路を左に曲がると、曲がった瞬間に群馬県に戻るが、群馬県は20メートル程度しか続かず、その先、今度は栃木県に入る。写真左下は栃木県に入った先から撮ったもので、車が2台停まっているあたりまでが栃木県、その先ちょっと群馬県で、3軒目の家からは埼玉県である。手前右にあるミラーの柱には、ちゃんと「藤岡町」という栃木県の町名が書いてあった。 つまり、このあたりがまさに三県の県境なのである。柳生駅から直線距離では300メートル程度であろうか。そして、その道路に沿って数軒並んでいる住宅のうち一つが、三県の県境にあるようである。こういう家の住所表示や固定資産税などは一体どうなっているのかと思うが、ごく普通の民家であり、プライバシーを詮索してはならないので、覗き込んだりせず、遠くから写真だけ撮って終わりにする。ちなみにその隣の家は、ほぼ埼玉県だが、庭のほんの一部分が栃木県にかかっていそうである。写真右上は、埼玉県に戻った側から振り返って撮った写真で、左奥の家は栃木県で、間に群馬県がちょっと入っている。 この辺の詳しい地図を見ていると、ここ以外にも、このあたりには、2軒並んだ家が両方とも埼玉県と栃木県にまたがっている所があったりと、県境が地形や道路と関係なく走っていて、県境を無視して土地家屋が所有や賃貸されていると思われる所が多い。 今回は寄らなかったが、北へもう少し歩けば谷中湖がある。その北側は広大な渡良瀬遊水地である。かつてはもっと広い範囲が池であったが、今は大半が渡良瀬緑地になっており、自然の宝庫となっているようである。渡良瀬遊水地は足尾の鉱毒を下流に流さないための調整目的で作られたというのが定説であり、今も場所によっては土壌に銅などの鉱毒物質がかなり含まれているという。谷中湖のあたりには、その昔、谷中村があったが、この遊水地を作る頃、強制移住により廃村になっている。このあたりはそういった、日本の公害の原点とも言われる足尾の鉱毒とも縁が深い場所だ。しかしそれと、この県境の走り方とは、あまり関係がないと思われる。 余談であるが、埼玉県は、北関東三県の他、東京、千葉、山梨の、計六都県と都県境を接している。そのうち東京・千葉・茨城・群馬県とは、県境を越える鉄道も国道も存在する。これらの都県境を越えたことのある人は山ほどいるだろう。山梨県との境はもっぱら山で、国道が1本、隧道で超えている他は、ハイキングコースの山道しかない。そして、埼玉県と栃木県の県境は、このあたりの平地ではあるが、距離にして2キロ程度しかなく、この県境を越える鉄道も国道もない。唯一、県道が通っているが、この県道がまた面白い。栃木県道・群馬県道・埼玉県道・茨城県道9号佐野古河線というらしく、僅か1キロほどの間に、埼玉、栃木、群馬、埼玉、栃木と、県境が目まぐるしく変わる。これが唯一、一般に埼玉と栃木の県境を越える、道らしい道で、それ以外は路地のような小さな道がいくつかあるだけである。よって、埼玉と栃木の県境を越えたことがある人は極めて少ないであろう。今回、この柳生駅付近を訪問した私も、埼玉栃木県境は越えなかった。訪問した三県の県境に近い地点からあと2~3分も歩けば、超えることができたのだが、それをせずに立ち去ったのがちょっと心残りであった。 ※ 補足 この旅行記は、書いた当時のグーグルマップに基づいています。しかし当時のグーグルマップは今より不正確で、今、同じ所の地図を見ると、県境が違っています。この旅行記は訂正しませんが、実際には、埼玉→群馬→栃木と歩いたのではなく、埼玉から群馬を通らず栃木に歩いていることがわかりました。また、この三県境は、この旅行記の訪問時には全く話題になっておらず、それを示す標識も何もありませんでしたが、今は有名となり、一種の観光地になっているようです。
by railwaytrip
| 2008-11-14 12:10
| 関東地方
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