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カテゴリ:中部地方( 13 )

上越線・越後湯沢~水上

 越後湯沢8時05分発水上行普通列車は、東京ではもう殆ど見られなくなったという意味で、今や懐しいと言ってもよい、かつての国鉄の標準型近郊電車115系だ。5輛という比較的長い編成なのは、長岡始発で、途中で通勤通学時間帯にかかっているからであろう。越後湯沢でざっと見たところ、思ったより座席は埋まっている。しかし最後尾車輛までいくとガラガラであった。

 まだスキーシーズンであり、山にはかなりの雪が残っている。けれども朝の上り列車にスキー客らしき人はいない。学生を除くと用務客っぽい人が多く、中年の男性が多い気がする。観光客らしきグループも散見される。

e0028292_20325982.jpg 最初の停車駅は岩原スキー場前。駅名の通り、スキー場のために作られた駅で、当初は冬季だけの臨時駅であった。しかしその後、駅付近に湯沢高校が移転したため、年間を通じて営業するようになった。ここで早速、十数名の高校生が下車した。上越新幹線開通以来、このあたりには首都圏住民のセカンドハウス向けといった感じの高層マンションなども増えている。よって駅付近も結構賑やかな感じだが、一般の乗降客は殆どいない。

 ここを出ると、昔から岩原の大カーヴとして知られる大きなカーヴで、ぐるりとほぼ180度、向きを変える。このあたりはまだ田園地帯で、一見平坦に見えるが、この大カーヴも勾配緩和のためであろう。実際、気をつけていると、徐々に登っているのが感じられる。そして次が越後中里。ここまでは隧道もなかった。駅前がスキー場で、その昔、新幹線開通以前は、冬の間だけ特急も停車したりして、首都圏からのスキー客が多かった所だ。現在はローカル線化した上越線も、新潟県内はそれなりに地元住民の利用があり、ここがその南限、長岡方面からこの駅止まりの普通列車が何本かある。今はここも、昔と違ってマンションなどが目立つ町になっており、決して寂しい所ではないが、この列車での乗降客は皆無であった。

 越後中里を出ると、線路は川端康成の「雪国」以来、良く知られた険しい国境越えに挑む。この区間の日常的な流動はごく僅かだ。それでも新幹線開通前は、特急「とき」や急行「佐渡」が頻繁に行き交う大幹線であったが、今は夜行や貨物を除くと、普通列車が一日5往復するだけの、超ローカル線になっている。但しスキーシーズンの冬季だけ、季節列車が数往復加わる。撮影名所として知られた魚野川の鉄橋を渡ると人家も途切れ、こちら上り線は、隧道に入る。そして列車は右へ右へとひたすらカーヴする。そう、ここはループ線なのである。ループ線は上り線のみ2ヶ所ある。当初単線で開通した当時の上越線は、この上り線であり、現在の下り線は後からできたため、隧道が多く、ループにはなっていない。

e0028292_20334279.jpg ループ一周のカーヴが終わり、直線になっても、列車はしばらく隧道を出ない。出るとそこはもはや人家も全くない険しい山峡で、そんな所をしばらく走ると土樽に着く。駅裏に山荘があるだけで、一般の人家は見られない、寂しい駅だ。しかも、少し前までは小さなスキー場があったが、今は閉鎖されたそうだ。中央に、かつて特急の追い越しに使われた本線が通り、普通列車はホームのある待避線に入る。立派な駅で、駅舎もあるが、乗降客はいない。

 土樽を出ると、右手に慰霊碑が見える。これは清水隧道建設にあたり犠牲になった人たちを祀る碑である。当時としては大変な難工事だったに違いない。そして列車は清水隧道に入る。こちら、上り線は、最初に単線で開通した清水隧道であり、下り線はそれよりずっと長い、新清水隧道である。下り線は、湯檜曽・土合の両駅のホームが隧道の中にあるという面白い構造で、あちらはあちらで乗ってみると面白い。けれどもその分、景色の見える区間が少ない。山の景色をゆっくり楽しむなら、やはり上り線である。土樽~土合間は殆どが清水隧道であり、出た所が土合。立派な山小屋風の駅舎も、今は無人駅で、ここも乗降客はなかった。下り線ははるか下方の隧道の中を通っていて、下り線ホームまでは延々と階段を下りていかなければならないという、変わった構造の駅で知られる。


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 土合を出ても隧道が多いが、2つ目の隧道を出ると右手には奥利根の渓谷と湯檜曽の温泉街が見えてくる。そして列車はループ線の上に出る。右手下方に湯檜曽駅を見下ろすことのできる箇所があり、この区間のハイライトだと思う(写真左下)。今、この景色に接する機会を持つ人はごく僅かだろう。しかしその昔は日々、首都圏と新潟を行き来する大勢の人がここを通っていた。逆に、湯檜曽駅で上り列車を待っていると、山の中腹を列車が通るのが見えて、それから3分ほどすると、その列車がホームに滑り込んでくるという、これまた面白い経験ができる。


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 ここも右へ右へとカーヴを続け、ぐるりとループ線を一周する。最後の隧道を抜けると、さきほど見下ろした利根川を渡り、どことなく寂しげな温泉街を見ながら湯檜曽駅に滑り込む。ここも下り線は隧道の中なので、上り列車からは見えず、一見、単線ホームの駅のようだ。湯檜曽は、土樽や土合と違ってある程度の人家があるが、集落や温泉が駅と少し離れていることもあり、一日5往復だけになった上越線の普通列車を利用する人は少ないのだろう。かつては急行が一部停車した立派な湯檜曽駅も、今はやはり無人駅で、下車客はなく、若い男性が1人乗ってきただけであった。そして湯檜曽を過ぎてさらに谷を下り、幾度となく利根川を渡り、急に人家が増えてくると、終着駅水上に到着した。


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 水上は言うまでもなく著名な温泉地である。しかし、新幹線に見離されて以来、以前の賑わいはなく、寂れてきているようだ。上り列車で降りた客の殆どは、跨線橋を渡って水上始発の高崎行普通列車に乗り継ぐようで、改札を出る客は少ない。駅前は土産物屋が並び、それなりに観光地の風情があるが、活気は感じられない。乗り換えの客を改めて良く見れば、若い女性のグループなど、都会風の若い人も多い。春休みだし、青春18切符の季節でもあるので、こうして鈍行を乗り継いで長距離を移動する人もいるのであろう。ということは、普段はもっと客が少ないに違いない。そう考えると上越線のこの区間は、貨物や夜行がなければ、横川~軽井沢と同様、廃線の憂き目に遭っていたかもしれない。今のところその心配は無さそうだが、遠い将来、ここはどうなるのだろう。日本全国でも第一級の車窓を有するこの区間、いつも新幹線にばかり乗っていないで、たまには時間を取って鈍行旅行を楽しんでいただきたい、と、多くの人に伝えたい区間である。

※ この区間は、中部地方(新潟県)と関東地方(群馬県)とにまたがりますが、新潟県側の方が若干距離が長いため、便宜上、中部地方のカテゴリーに分類しました。
by railwaytrip | 2007-03-29 08:05 | 中部地方

飯田線・小和田駅

 天竜川中流域の険しい渓谷地帯を、川に沿って縫うように走っているのが飯田線。さらに上流に行くとおだやかな伊那谷になるのだが、このあたりの中流域では、それが嘘のような険しい地形が続いている。ダムも多く、かつて、そのダム建設による集落移転や線路の付け替えなどもあり、昔と比べても沿線住人は減っている、過疎地帯である。

 そんな区間にある駅の一つが、ここ小和田駅。列車交換もできる相対ホームをもった駅だが、今や信号場に格下げしてもよさそうなぐらいに、駅の利用者は少ないという。飯田線のこのあたりには、他にも利用者が殆どいなくなってしまった駅がいくつかあるが、その中にあって、ここは列車交換のできる立派な駅であり、ホームだけの停留場ではない。そして今や貴重となった木造駅舎も健在である。

 上り列車で降りてみる。もちろん他に乗降客はいない。車掌が、下車客がいるのに驚いて切符を回収に走ってきた。列車が大嵐方の隧道へと去ってしまうと、人影ひとつなく、静寂があたりを支配する。

 いい駅である。狭い相対ホーム、構内踏切と木造駅舎。ホームから見える天竜川。線路は両側が隧道。それだけで、人家も何もない。駅前には使われなくなった飲料の自動販売機が放置されている。勿論稼動していない。


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 この駅は、駅前に車の乗り入れができない。今どきこういう駅も珍しい。駅周辺に人家がなくても、車が停められれば、車でやってきて列車を利用する人がいる。ここはそれも不可能で、駅を出るといきなり天竜川に向かって狭い坂道がころげ落ちていくばかりだ。まるでハイキングコースの山道に出たかのようだ。


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 その坂をちょっと降りた所に、小さな展望台のようなスペースがあり、そこに妙なベンチがあり、その両側に折りたたみの椅子が3脚ほどあった。このベンチは二人用で、何と大きな赤い字で「愛」と書いてあり、その上下には「小和田発ラブストーリー」「お二人の幸せを呼ぶ椅子」と書いてある。これは一体何かというと、皇太子妃雅子様の旧姓が小和田(おわだ)だったため、そのご成婚の時、この小和田(こわだ)駅がそれにあやかって大賑わいになったのだそうで、その際に作られたものだそうだ。その時はこの人里離れた無人駅が大賑わいになったという。そういう物好きが数名程度いるなら話はわかるが、その程度では済まない大量の人がこの駅を訪れたというから驚く。それにしてもこの椅子、誰が座るのだろう。かつて訪問者が多かった頃は、ここにカップルが座って記念写真などを撮っていったのであろうか。そんないっときのブームもとうに去り、今は訪問者もめったにいない寂しい駅に戻っている。

 下りホームには、三県境界の駅ということで、静岡県、愛知県、長野県を指し示す木製の標識が立っている。そういう場所なのだ。実際には小和田駅は静岡県に属するが、次の駅、中井侍は長野県になる。驚くのは、最近の市町村合併で、ここが浜松市に編入されたことだ。こんな山奥が浜松市だと言われても誰もピンとこないであろう。


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 古い駅舎は、よくぞ残ったという感じである。安全上の問題もあり、取り壊されるのも時間の問題かもしれない。その駅舎にくっついている古い駅名標も実に味がある。対照的にホームにはJR東海の標準仕様の駅名標が設置されている。いくら乗降客が少なくても、駅である以上、全ての駅に標準の駅名標を設置するのが、分割民営後のJR東海のポリシーらしい。


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 そんな観察をしているうちに、隧道の奥から光が見え、下り岡谷行の列車がやってきた。乗降客は当然、私一人だ。
by railwaytrip | 2006-10-19 16:05 | 中部地方

桃花台新交通・小牧~桃花台東

 鉄道の廃止も新時代に入り、田舎のローカル線ばかりとは限らなくなった。日立電鉄あたりも、それなりの利用者がありながら廃止になったが、それ以上にすごい所が、ここ、名古屋郊外の小牧市にある桃花台新交通、通称ピーチライナーである。名古屋通勤圏にあるニュータウンの足として作られた新交通システム。しかし、累積赤字がかさみ、資金尽きて廃止だそうな。というわけで、廃止前に一度乗ってみようと思い、でかけてみた。

 起点の小牧のある小牧市は、昔の名古屋空港が小牧空港として知られていたので、聞いたこともない人は少ないだろう。けれども、こう言っては失礼だが、それを除くとさほどの市ではない。愛知県や近辺の人はともかく、東京や九州の人が、西尾だとか江南だとか津島だとか聞いても普通はピンとこない。小牧もそのクラスの衛星都市の一つに過ぎない。けれども大規模なニュータウンができるぐらいの人口はある。それがまさかの廃止だとは。これも結局、この鉄道を利用することが、名古屋の中心部への最短経路ではない、ということに尽きるようである。

 どちらかというとローカル私鉄に近い、名鉄小牧線に乗り、小牧に降りてみる。立派な地下駅だが、駅周辺は案外閑散としており、特に活気は感じられない。小牧自体にもっと買い物その他の魅力があれば、多少は運命が違っていたのだろうが、これでは、ニュータウンからわざわざここで乗り換えて、さらに終点の平安通で乗り換えて名古屋の中心部へ通勤通学、という風な利用者は獲得できない。結局そういうことのようだ。


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 この新交通システムは、両端の終着駅では、折り返し運転はせず、そのままぐるりと半周して向きを変える仕組みだ。そのための楕円形というのか、風船の縁をたどるような形の線路が、威圧感をもって駅のそばを走っている(写真右上)。これも廃止後は撤去するのであろう。というか、こんなコンクリートの塊の建造物を、廃止後もいつまでも残したら、それはそれで不気味だ。しかし、撤去費用だけでも相当かかるらしく、それをどうするといった議論もなされているそうだ。


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 小牧駅は島式ホームで、降車ホームと乗車ホームに分かれる。桃花台東からの列車がやってきて、10人足らずの人を下ろす。ワンマンで小型4輛の列車はそのまま運転手が乗って、ぐるりと回って乗車ホームに戻ってくる。

発車間際に乗車が少しあり、結局こちらも10名ほどの客を乗せて発車。平日日中とはいえ、やはり少ない。地下から地上に出てきた名鉄に沿って1駅、小牧原へ。おばさんが1人乗ってきた。ここから角度を90度変えて、名鉄と分かれる。高架なので景色は良い。次の東田中も1人乗車、そこを出るとしばらく、結構な農村風景が広がる。


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 次の上末は乗降ゼロ。そして桃花台ニュータウンが見えてくると、最初にその入口ともいうべき、桃花台西に停まる。しかしここは2人ほど降りただけだった。ここからは高層団地などの間を走り、次の桃花台センターで、乗客の殆どが降りる。といっても大した人数ではない。それでも駅名の通り、桃花台ニュータウンの中心地のようで、駅に隣接してショッピングセンターなどがある。列車はあと1駅走り、終点の桃花台東。ここで降りたのは私の他、3名であった。小さいながら、自動改札などもある都市型の立派な駅だ。しかし気味悪いぐらいガランとしている。

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 駅前は見事に閑散としている。とはいえ、ニュータウンの中で、徒歩圏内にかなりの人が住んでいるであろうことはわかる。駅前からは中央線の高蔵寺へのバスが出ており、桃花台から名古屋へは、このバスで高蔵寺へ出て中央線に乗り換えるのが早いらしい。それが桃花台新交通が利用されない理由らしく、高蔵寺との間を結んでいたなら、違った結果になったであろうと言われている。

e0028292_335295.jpg 平日昼間だからか、さほど人の気配を感じないニュータウンではあるが、間違いなく相当数の人が住んでいる。朝夕はもう少し通勤客が乗るのであろうが、名古屋への通勤のメインルートとはならなかったがために、採算が全く取れず、開通15年にして廃止決定だそうだ。住人の方には申し訳ないが、訪れた日がぱっとしない曇りだったこともあってか、とてもここには長くはいられない、そんな気持ちにすらなりそうな、不気味に静まり返った桃花台東駅前であった。1991年3月開通、2006年9月末で廃止予定。

※ その後、2006年9月末で予定通り廃止されたということです。
by railwaytrip | 2006-06-26 14:30 | 中部地方